「あー……」
木端微塵に粉砕されたそれを前に、ナジャは困ったような笑顔を浮かべていた。対面には割ってしまった犯人、モルテが不機嫌のような申し訳なさそうなどっちとも取れる顔で座っていた。

時は数分前に遡る。

珍しくキリエではなくモルテが買い物に出掛けたのが、そもそもの原因といえば原因だったのだろう。買いに行ったのは切らしていた牛乳や本日お買い得のトイレットペーパー等々。大荷物である。
帰って来たモルテは疲れきった様子でその大荷物をテーブルにどんと乗せた。それ自体に問題は無い。普通の事である。
しかし、その時の彼女にはテーブルの上を確認する余裕が無かった。
それに気付いて、あ! と声を上げるキリエ。焦りながら手を伸ばすトッピー。そして聞こえたぱりん、という音。
その音は間違いなく、悪夢への入り口だったのである。

「その……悪かった、わね」
モルテは割ってしまったもの――眼鏡を見つめながらの謝罪する。ナジャに目を合わせないのは、気まずいからだろう。
獣人嫌いのモルテがナジャに割りと素直に謝るのは仲良くなってきた証だ、とキリエは思う。最初はそれはそれは(一方的に)仲が悪く、会話するのは勿論謝るなど考えられなかった事だ。
モルテのそんな謝罪にも気を悪くせず、ナジャは穏やかに笑む。
「気にしないで下さい。そこに置きっぱなしにしてしまった私も悪いですし、そろそろ新しくしようと思っていましたからむしろ丁度良かったですよ」
ナジャはレンズが割れてしまった眼鏡をつまみ、ぷらぷらと揺らしている。
「じゃ、今から行きます?」
エプロンをたたみながらキリエが問い掛ける。
「え」
「眼鏡無いと不便じゃないですか?」
「あの、えーと、今日はもう暗いですし」
「このくらいだったら大丈夫ですよ」
「あ、明日。明日行きます」
「そうですか? そう言うならまぁ、明日でも」
「じゃ、今日はこれで」
もう休むというナジャを、キリエは慌てて引き止めた。
「ナジャさん、夕食まだですよっ!」
「非常に食欲をそそられるのですが、今日は遠慮しておきます――うぁ」
くるりと踵をかえしたナジャは壁にぶち当たった。比喩では無く、真っ白な壁に。それも思いきり。ごんという鈍い音が、頭を抱えて踞り震えているナジャへのダメージを物語っていた。
「い、った……」
「だだだ大丈夫ですかっ!?」
「へい、き……っ、です」
「涙目になってますよ!」
「うぅ……」


結局、眼鏡無しのナジャは朝食で砂糖と塩を間違えるというベタな失敗をし、洗濯物を干そうとすれば自分の尻尾踏みつけ転ぶという危なっかしいドジッ子に成り下がっていた。
涙ながらに謝るナジャを前に、今まで押しつけていたのだからと撲滅委員会メンバーは家事の手伝いをかって出たのだが、役に立たなかった事は言うまでもない。

眼鏡が直る本日の午後まで、キリエは一人で家事をこなさねばならないのであった。


2009.04.12
2010.08.10 再up


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