ナジャは目の前に広がる惨状に頭を抱えた。
自分が席を外したのはたったの五分程度だった筈だ。しかし、五分前とは明らかに違ってしまっているそれ。呆れるとか、怒るとかを通り越して最早凄い、と言わざるを得ないレベルだ。
「あ、あのな、これはほら、遊び心? というかー……」
こうしてしまった張本人であるアガンは、どこか気まずそうに視線を彷徨わせた。流石にちょっとヤバかったかなぁ、くらいには思っているようである。
ぎこちなく笑うアガンをよそに、ナジャはそれ――少し前までケーキになりそうだったものに目を向けた。
何故か黒く変色してしまい、そしてどうやって重力に抵抗しているのか聞きたくなるくらい様々な箇所から歪な突起が生えていた。
黒地にショッキングピンクの、なんとも目に痛い配色でデコレーションもしてある。ちなみに桃色の明日は待っていない。
「遊び心でここまでになるんですか……」
「いやー、こうした方が格好良いんじゃね? って思いながら色々やってたらこうなっちまったんだよなぁ」
「……ケーキに格好良さが必要なんですか」
「何者にも格好良さは必要さ! こう、宇宙に飛び出すくらいの」
「ケーキは宇宙に飛び出せません」
瞳を輝かせ、格好良さとは何か、と熱く語り始めたアガンに、ナジャは脱力した。
なにはともあれ、とケーキと呼んで良いのか疑問な物体を見る。そもそもケーキ作りを始めたのはアガンが頼み込んできたからなのである。
最初は断ったものの、執拗に「作り方教えてくれ」「ケーキが食べたい」と言われては、流石にナジャも折れる他なかった。キリエが居れば押し付けていたところだが、生憎外出中であった。テーブルの上に置かれていた「夕方には戻ります。お昼は冷蔵庫の中の肉じゃがをあたためてね」の紙が今は憎い。
「取り敢えず、食べますか……」
「え、食うのこれ」
アガンは、うへぇ、と嫌そうな顔をする。自分で作ったというのに。
「食べ物(一応)を粗末にする訳にはいきません。まぁ、新種のウニか何かだと思えばなんとか」
「え、えぇー……甘いウニは嫌だなぁ……。というか今食べ物、の後ちょっと間があかなかったか?」
「気のせいです」
「そうか……?」
その間にも、ナジャは手際よくケーキ(仮)を切り分けていく。それらが皿に乗り、そして運命の時を迎えた。
「行くぞ」
「……はい」
戦場にでも向かうかのように真剣な顔をする二人。やらなきゃやられる、と言わんばかりだ。
しかし二人が対峙しているのはケーキなのである。例えウニのような姿になってしまっているとはいえ。
意を決して、ナジャがケーキを口に運ぶ。これは、ケーキ、これはケーキだ、と暗示をかけながらの行為である。
甘いものが好きなナジャである。取り敢えず甘ければなんとかなる、と考えての事だ。
「……おいしい」
ぽつり、とケーキを飲み込んだナジャが呟く。
「え」
「美味しいですよ、これ」
幸せ全開とばかりに顔が緩んでいくナジャ。アガンもそれを見て、躊躇っていた手を動かす。
「……確かに、美味い」
ナジャは既に完食してしまい、二切れ目に突入している。凄く幸せそうである。
「なんでだろ、あれとか入れたのにな。スナクジラの」
「その先は言わないで下さい」
「んー……、ま、美味くなったのはあれだ。俺の愛が詰まってるからだな!」
アガンは人差し指を立てて、自信満々に言ったのだった。



2008.10.13
2010.08.10 再up


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