「あー資料室とかツイてねーなぁ」

ザジは大きく溜息をついてその手に抱える大量の資料を睨みつけた。
事の発端は数分前、報告にと訪れた館長室でのことだ。必死に書類の処理をしていた(させられていたと言ってもいい)ロイドは、入ってきたザジに目を輝かせ、丁度いいとでも言わんばかりにうず高く積まれた資料を指し示してこう宣った。

「報告はいいからこれ資料室に置いてきて」

いつもならふざけんなと一蹴しているところだが、ロイドがそう言い終わると同時に入ってきたアリアにまでも申し訳なさそうに頼まれたのでは断ることができるはずも無かった。どうやら書類の処理は今日も順調に滞っているらしい。

「マジ何考えてやがんだあの館長。今度会ったら心弾ぶち込んでやる……」

今ならとんでもない「悪意」を弾に込めることができそうだ。
あの野郎をいつ襲撃してやろうかと考えを巡らせていると、今まさに入ろうとしていた資料室からばさばさと紙の束が落ちる大きな音が響いた。ザジは一旦襲撃の計画を練るのをやめ、入り口の横に大量の資料を置き、恐る恐る中をのぞき込んだ。

「なっ……何だぁ?」

見ると、奥の方の資料が崩れたようで、そこだけ棚に何も乗っていないような状態になっていた。
ハチノス館内の僻地である資料室はロクに掃除もされていないのだろう。何年にもわたって積もった埃が資料が崩れた影響で辺り一面に充満している。

「……これってまさか、俺が片付けなきゃいけないのか?」

ここに居るのは恐らく自分だけだろう。ということは、自分のせいでなくとも、決して自分のせいで資料が崩れた訳ではなくとも、自分の責任になってしまうのだろう。どちらにしても見ぬ振りをしてここを後にするのは後味が悪い。
ザジは深いため息をついて埃の充満する資料室へ足を踏み入れた。一歩足を踏み入れた瞬間、古い、独特の臭いが鼻をつき、思わず引き返したくなったが、そこはぐっと堪えて目的の場所へと足を運んだ。今日はとことんツイていない。

「うわー……派手に崩れてんなぁ。……どこに戻せばいいんだかさっぱり分からねー」

まぁ、テキトーに戻して置いても大丈夫だろう。資料室を利用する奴なんて滅多にいないだろうし。
はぁ、と深くため息をつき、ザジは崩れ落ちている大量の資料へ近付いた。すると、もぞ、と資料が動いたように見えた。

「……あ?」

鼠か? と首を傾げて資料をばさばさどけていく。
すると、すぐにザジも同じく身に纏う見知った青が姿を表した。

「うぅ……」
「あ、え!? ゴーシュさん!?」
「あれ、ザジ」

ぱちぱちと瞳を瞬かせてこちらを見ているのはよく知っている人物、ゴーシュ・スエードその人であった。








「ふぅ、すみません。助かりました」
「大丈夫ですか、怪我とかありません?」
「大丈夫ですよ、そんなに重い本とかもありませんでしたし」

恥ずかしいところを見られちゃいましたね、と頬をかくゴーシュを見ていると、何故だか先程までの憤っていた気持ちが急速に消えていくのが分かった。本当、癒しの人だな、とザジは思う。

「ゴーシュさんはどうしてこんな所に?」
「ちょっと資料を見に来たんですよ」
「え、でも」

資料室といえばハチノスの館内で一奥にあって、しかも埃っぽい。大量の資料が置かれているものの、整理は殆どされていないので欲しい資料を探すのも大変なのだ。そのことをゴーシュに問うと、彼は何でもないことのようにこう言ってのけた。

「あぁ……書類の場所は大体ですが覚えていますから」
「へー、覚えて………………はっ!?」

先程から落ちてきてばらばらになった資料をすいすいと棚に戻していると思ったら、いい加減に戻しているのではなくきちんと場所を覚えていて、その上で戻していたということなのだろうか。一体何なんだこの人、超人過ぎやしないか。
ハイスペックにも程がある。

「ザジはどうしてまたこんなところに?」
「あ、俺はあれを戻しに来たんですよ」
「あぁ、この間館長が大量に持っていった資料ですか。確かそれはあちらの棚にあったものだと思います」
「うわ、本当に全部覚えてるんですね」
「全部はいくらなんでも把握できていませんよ」

自分の興味のあるものだけ、という感じでしょうか。
そう言って恥ずかしそうに笑うゴーシュは、そうは言ってもその興味のあるもの、が広範囲なのだろう。実質、この資料室の全てを把握しているといっても過言ではないのではないだろうか。

「ここの資料は、新しい資料室ではまだまとめきれていないものもありますから。あちらで分からないことがあっても、ここに来れば大体は解決出来るのですよ」
「そうだったんですか。道理であっちは内容が薄いと」
「そうなんですよ、ちょっとした調べものならあちらでも問題ないのですが」

詳しく調べようと思うと、いつもこちらに入り浸ってしまう、とゴーシュは苦笑した。
それで資料に集中し過ぎた結果が、今回の事故(という程でもないが)という訳らしかった。

「だからって、ちゃんと周りに気を付けないと、また資料に埋まりますよ」
「うぅ……ラグにもよく注意されます……」

やっぱりラグも注意しているらしい。
手紙の配達中とは打って変わって抜けているところが目立っているゴーシュは、申し訳なさそうにしゅんと肩を落としてしまった。
別に責めている訳ではないのだが、それでもこんなに抜けている人だと分かると心配で仕方ないのだ。どうもこの人には、誘拐犯相手でもほいほい着いていってしまいそうなぽわぽわ感がある。
きっとそれが彼の良いところでもあるのだろうけれど。
以前、ラグが「ゴーシュはちゃんと見ていてあげないと危なっかしい」とか言っていたのを思い出す。その時は、常のゴーシュ・スエードを知らなかったため、「何を言ってんだお前は」と一蹴してしまったが、今なら分かる。ラグ、お前は正しかった。

「っし、片付けも終わりましたし、一緒に飯でもどうですか。手伝って貰っちゃったんで奢りますよ」
「えぇっ、そんな、僕の方こそザジに手伝って貰ったじゃないですか。というか僕の方が片付ける量多かったんですが……」
「俺なんて持ってきた資料適当に片付けようとしてましたからね。正しいところに戻せたのはゴーシュさんのおかげなんですよ。それに、日頃の感謝も込めて。いつも奢って貰ってばっかじゃ、申し訳ないですし」

ずっと子供扱いされているようできまりが悪い、という事を言外に伝えれば、ゴーシュはそれを察したのか、引き下がってくれた。

「…………そうですか。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「そうそう。大人しく奢られていればいいんですよ」
「ふふ、ご馳走になります」

今日は自分のお気に入りの定食屋に連れて行ってあげよう。
お洒落とは言い難い店ではあるが、その味は天下一品なのだ。

自分の気に入っている店を紹介出来ることに上機嫌になったザジは、ゴーシュを急かしながら廊下を歩くのだった。

2012.12.27


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