「君、最近ぼくに対して厳し過ぎやしないかい?」
「……はぁ、そうでしょうか」
「厳しいよ。絶対厳しい。厳しすぎる」
そうだそうだ、ぼくは館長。館長たるぼくにはもっと優しく接するべきだね。
ロイドは自分一人で勝手に納得しているのか、腕組みをしてうんうん、と誰にともなく力強く頷いて
いた。
アリアはそれを「また館長が馬鹿なことを言い出した」と呆れながら見ていたのだが、ロイドはそん
なことには一向に気付く気配もなく、自分がいかに大事にされなければならない存在かを演説し始め
た。
アリアはそれをほとんど無視していたが、それでもロイドの言葉は止まる気配を見せない。いい加減
、止めなければ。アリアは一度、大きく息を吐いた。
「……べきだろうか? 否! 部下の横柄な態度を見逃している、この事実は実に嘆かわしいものだ。
ぼくも君達の自由を抑制するような真似はできることならばしたくない。……しかし、君達がその態
度ならばぼくも黙って見ている訳にはいかないのだよ。ぼくは心を鬼にして君達を」
「館長」
優しい声だった。
間違いなく優しい声。しかし、どこか底冷えのするような響きを感じたのは気のせいだろうか。
ロイドはアリアへと視線を移し、しかしすぐに逸らしてしまう。というか、直視できなかった。
簡単に言えばアリアは笑顔だった。とんでもなく笑顔だった。それはもう、不自然な程に。
「仕事、しましょうね」
「…………ハイ」
笑顔の重圧に、先程まで饒舌に言葉を紡いでいた口は堅く閉じ、身を縮めて肯定の言葉を小さく吐き
出すことしかできなかったのだった。
***
「絶対、厳しすぎる」
ロイドは大きめの机にぐったりと顎を乗せながら呟いた。
目の前には何枚もの書類が山を作っているのだが、ロイドはそれを意に介すことなく独り言を続けた
。
「朝からずっと書類書類書類……流石のスーパー頭脳を持つぼくと言えどもこのままじゃおかしくな
っちゃうよ。ていうか飽き……あ、いや、うん。何だ……そう、ぼくの頭がもし悪くなっちゃったら
アリア君のせいだ。そうだ。大体ぼく、デスクワークに向いてないんだよ……くそ、館長職がこんな
に大変だったなんてなぁ。BEEの時は座って偉そうにしてればいいだけの職業に見えたのに。あぁ、
もう、とんだ誤算だったよ、引退後のゆったりスローライフの夢が脆くも崩れ去っていく……」
いくら文句を言おうとも、ここにアリアは居ない。というより、もし居たとしたらまた説教漬けにな
ることは目に見えていた。
「あぁ、どうしよ……この書類の山」
目の前には50cmにもなろうかという書類の塔が二つもそびえ立っている。それも、すべて今日中に処
理しなければならないものだ。
本来なら、ロイドが本気を出して処理にかかればこのような書類の山は1、2時間もあれば裁けるの
だ。ロイドの能力は他の者よりも高い。高いのだが、彼がその能力を発揮するのは書類の期限が本当
に目の前に迫っている時だけなので、普段はただのぐうたら館長にしか見えない。まったくもって宝
の持ち腐れである。
あそびたい。博士のところに行って何か面白そうな薬品を見せて貰いたい。ジギー・ペッパーにいや
がらせかと思えるほど下らない手紙を送り付けてやりたい。ゴーシュ・スエードの仕事の邪魔をして
うざがられたい。アリア・リンクと−−、
「……あそびたい」
そのためには。
「やりますよ。やればいいんだろちくしょう」
ロイドは聳え立つ白い悪魔達を睨みつけ、遂に処理へと乗り出したのだった。
***
「あら」
どうせサボっているのだろうとため息混じりに入った館長室には、処理されて右手側に積まれた書類
と、やりきった満足感からか、嬉しそうな顔をしたまま眠りについているロイドが存在していた。
書類をチェックしてみても、流石は館長ともいうべきか、抜けも無く完璧に仕上がっているようだっ
た。
「いつもこれくらい頑張ってくれれば……ん?」
書類を整理していると、5センチ四方程の小さな紙がひらりと落ちていった。
「…………ふふ、館長、明日は少し、時間があるかもしれません。皆呼んでお茶でも飲みましょうね
」
アリアは間抜けな顔で眠るロイドの額に軽くキスを落とし、その場を後にした。
小さな紙はロイドの机に置かれたまま。そこには、眠気を紛らわせるために書いたのか、他の書類の
きちんとした字とは比べ物にならない程汚い、ミミズののたくったような字で、『明日は皆で遊びた
い』と小さく書かれていた。
2012.11.05