2.

「っと、言う訳で、お休みをくださいっ!」
「……何が"という訳"なのかなラグ・シーイング」
ラグが勢いよく扉を開いた先にいたのは紅茶を飲む姿勢のまま固まったラルゴ・ロイド館長であった。そんなロイドに気を遣うでもなく、ラグはもう一度「お休みをください!」と叫んだ。
ザジの言葉を聞いたラグは、ゴーシュが自発的に休むのを期待するのではなく、周りから説得をして無理矢理休んで貰うことにしたのだ。そこで足を向けたのが館長室である。色々と性格に難ありではあるが、これでも館長は館長、ゴーシュの上司に間違いはないのである。館長であるロイドに進言して貰えばゴーシュは休んでくれるだろうと、そう踏んだのだ。
書類の大量に乗ったデスクに両手をだんっと打ち付けて更に続ける。
「館長も気付いているとは思うんですけど、このままじゃゴーシュが倒れちゃいますよ! だから、ゴーシュに早くお休みを」
「あー……そういうこと。うん、でも、そうは言ってもねぇ」
ロイドは紅茶の入ったカップをソーサーに戻し、悩むように腕を組んで見せた。
「僕らが昔馴染みだからなのか、僕らが"休め"と言ったところできかないんだよ、彼」
「へ、え?」
「僕だって休ませてあげたいさ。でも、自分で"休む"と言わない限り休まないんじゃないかなぁ。結構頑固なところあるから」
将来は頑固親父になるのかなぁ、なんて周りに花を飛ばしたかのようにほのぼのと言うロイドに、ラグは叫んだ。
「そ、そんな事言ってないで無理矢理休ませるとか何かあるでしょう! 体調を崩したら仕事に支障が出るとか言ったらいちころなんじゃないでしょうか、ゴーシュは仕事命だし!」
「ところがねぇ、仕事効率変わらないんだよね」
「そうなのよ」
反射的に声のした方を振り向けば、紙の山を抱えたアリアが立っていた。
「ほら、仕事は仕事、で完全に区切りを付けている人でしょう? だからなのか、仕事の時ばかりはどんなに具合が悪くてもいつもと寸分違わずこなしてしまうのよ。一種の暗示のようなものなのか、無理をしているのか……。恐らくこのテガミの増量も一ヶ月程度のものでしょうから、それまで乗り切ってしまうでしょうね。本当に、休んでくれればいいのだけれど」
いくら仕事に支障がなくても具合が悪そうなのは見ていられない、とアリアは苦笑し、抱えていた紙の山をロイドの目の前に落とした。
「……何かなこれは」
「どう見ても書類でしょう。紅茶なんて飲んでいる暇があるのなら、一枚でも多く捌いて下さい。……まったく、館長はゴーシュの爪の垢でも煎じて主食にすべきです」
「…………はい」
積みあがった紙の塔を前にぐったりとうなだれるロイドは少しばかり可哀想に見えたが、ラグはそれに構わず、「失礼しました!」と叫んで慌ただしく館長室を後にした。
館長が言ってもきかないとなると、自分達で無理矢理休ませるしかない。しかし、ラグにはその方法が思い浮かばず、
考えは堂々巡りを続けるばかりだ。
「うーん……」
暫く館長室の前の廊下を行ったり来たりして考えを巡らせていると、ふいにニッチが「お」と声を上げた。ようやく眠気が去ったのか、海色の瞳をぱっちりと開き、階下を覗き見ている。
「ゴーシュだ、ラグ」
「うーん……ん? えっ、ほんと!?」
「うむ。ふらふらしているな」
ニッチにならって階下を見下ろせば、確かに仕事から帰ってきたばかりであろうゴーシュを見つけることができた。
先程、館長室に突入する前に見た時と変わらず、ニッチの指摘する通りふらふらとしている。周りはやはり何も言わない。が、それでも心配そうにゴーシュを見ているのが分かった。
「無理矢理にでも、休ませなきゃ……」
真っ正面から説得しようとしても「大丈夫ですから」と言われてしまうだろう。ならば、無理矢理休ませるしか方法はない。
ラグは「よし」と握り拳を作り、顔を上げた。
「とりあえずゴーシュを捕まえよう! 行けーっ、ニッチ!!!」
「まかせろ!」
「えっ……わわっ、ラグ、ニッチ!?」
館長に配達の報告をするためか、階段を上ってきていたゴーシュに向かってラグはニッチをけしかけた。
ニッチは、驚き目を見開いているゴーシュの後ろに回り込み、黄金の剣とも呼ばれているその髪で彼の体を拘束した。普段ならするりと抜けてしまうその拘束にも、今のゴーシュは苦戦している様子で、近付いてくるラグの姿にも気付いていないようだった。
「ごめんね、ゴーシュ……!」
「は……」
ラグは手刀を思い切りゴーシュの後ろ首に叩き込んだ。ゴーシュの体は力をなくしたようにかくりと崩れ落ちた。
「やっぱり、かなり疲れてたんだ……」
ハチノスに帰ってきても館長に報告するまでは仕事だ。ゴーシュはいつもそのように言っていた。
つまり、館長に報告する前である今は、まだ仕事、と考えているはずだ。それなのにニッチに簡単に後ろを取られ、しかもラグに気絶までさせられるということは、相当弱っている証拠である。
襲いかかってきた相手がラグとニッチだという、身内に対する油断もあったのだろう。しかし、それを差し引いても「ゴーシュ・スエード」という人間を気絶させる、という普通に考えたら常軌を逸した、狂気の沙汰としか思えない行為を遂行するのがあまりにも簡単すぎた。
「少しは休んでよ、ゴーシュ……」
近くで見れば、ゴーシュは益々具合が悪そうに見える。
ぐったりとしたゴーシュの髪を撫で、ラグはふう、とため息をついた。





2010.12.25


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