1.

 最近、ゴーシュ・スエードの顔色が悪い。

気付いたのはいつのことだったか、とラグは考えを巡らせるが、次の瞬間にはそんなことはどうでもいい、という結論に達して頭をぶんぶんと振った。そう、そんなことは問題ではないのだ。
ここ最近、ラグはなかなかゴーシュに会うことができないでいた。この時期、なぜだかテガミの量が通常の1.5倍程に増え、仕事量もそれに伴い増しているのが原因だ。ラグはまだまだ新米なので任される仕事も限られてくる。つまるところ、いつもとさほど変わらず、ちょっと忙しいかな、という程度の仕事量なのだが、ユウサリ中央ハチノスの誇るテガミバチであるゴーシュ・スエードはそうもいかないらしい。
見かけたときに少し目で追ってみるとゴーシュはどことなく具合が悪そうに見えるのだ。肌の色はいつも白い彼だが、今は色白というよりは蒼白、何とも不健康そうな色だ。彼が最近家に帰ってくるのはラグが寝た後、朝はラグが起きるよりも早く出勤してしまっている。そんな日が続けば体調を崩すのは当然だと、ラグは思う。
それでも周りが何も言わないのは何故なのだろう。気付いていないはずはないだろうに、今ゴーシュと和やかに談笑している副館長もそれについては触れていないようだった。
まさかとは思うが、この前にふらふらとしながら柱に思い切り激突した事実は「いつものこと」として認識されているのだろうか。そのまさかがありそうで怖いな、とラグは普段のゴーシュの姿を思い浮かべた。仕事中はそれはもう鬼のように真面目になり私情を一切持ち込まない(自分がテガミだった時にそれは実証−−体験済みだ)彼だが、普段はどちらかといえば抜けている方なのだ。鎧虫と対峙している時はあんなに隙を見せないというのに仕事以外では別人のように隙だらけ。自分のマフラーを踏んで転んだのは傑作だった。
普段のふにゃふにゃに抜けていてドジなことをしでかすゴーシュは大好きだ。転んで涙目になる姿とか、その後照れたように笑う姿とか、ドジなゴーシュは最高だとラグは常々思っている。だが、それが引き起こされる原因が天然ドジっ子によってではなく、不調によってだとするのならば、話は別である。
「いやー……ふらっふらだなぁ、ゴーシュさん」
二階からゴーシュと副館長の姿を眺めていると、いつの間にか隣にやってきていたザジが呆れたような声色で言った。しかしそれは呆れ、というよりは、心配の色を多く含んでいて、ザジもザジなりにゴーシュのことを心配していることが窺える。
「うん。休み、ないのかも」
「かも、ってお前一緒に住んでなかったっけ」
「最近家で見てなくて。多分帰ってはきてるんだろうけど、ぼくたちが寝るよりも遅くに帰ってきて、起きるよりも早く出掛けてるみたい。昨日の夜、結構遅くまで起きててみたんだけど全然帰ってこなくて、帰ってきてるのは本当に真夜中みたい。シルベットは夜遅くまで仕事してることあるから、時々は会ってるみたいだけど」
「マジかよ……。でもま、ゴーシュさんって自分からは休まなそうなイメージあるしな。誰かが言わなきゃ休まないんじゃないか?」
ザジがヴァシュカを撫でながら何気なく言った一言に、ラグはばっと勢い良く顔を上げた。その勢いにザジは気圧されたように一歩後ろに下がる。
そんなザジの肩をがしっと力強く掴み、ラグはぷるぷると振るえた。ザジはその姿に何やらただならぬものを感じた。
「な、なんだよ。どうしたラグ」
「それ! それだよザジ!」
大きな目をきらきらと輝かせ、そう叫んだラグは、眠たそうに目をごしごしと擦っているニッチを掴んでそのままどこかへと走り去っていった。昨夜、ゴーシュを待つために夜更かししてしまったニッチは引っ張られている事実に気付かないまま目を擦り続けている。
「……な、なんだぁ?」
ザジはもの凄いスピードで廊下を駆け抜けていく友人の後姿に、ただただぽかんとするしかなかった。





2010.12.20


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -