「用事って何だと思う? 急いだ方がいいんじゃないかなぁ……」
「いーや、あの館長のことだぜ? 絶対下らないことに決まってる。もし本当に急用なら伝令がもっと切羽詰まった感じに呼びに来るとか、何かあるだろ」
ザジは嫌そうな顔を隠しもせずに言った。頭の後ろで腕を組みだらだらと歩くザジとは対照的に、ラグはあわあわとしながら早足になったりしている。それを眺めながらコナーもザジに賛同した。
「ラグはまだテガミバチになったばかりだから知らないかもしれないけど、館長ってどうでもいいことでちょくちょく人を呼ぶんだよね。この前は……そうそう。茶柱が立ったから見に来いって呼ばれたよ」
「俺はサインが上手く書けたから見に来いって呼ばれたな」
「…………そ、そんなことで……」
ラグ早くなりかけていた足の運びを緩め、がっくりと肩を落とした。
「な、分かっただろ。館長はロクな人間じゃねーんだよ」
「いや、そこまで言わなくても……」
確かに無意味なことで人を呼ぶというのは分かったが、館長は館長であり、あくまでも上司なのである。上司に対して尊大な口をきけてしまうザジをちょっと尊敬の眼差しで見つめつつ、ラグはぱたぱたと手を団扇のようにして扇いだ。
「それにしても、暑いよね……」
「あー……言うなよ、余計暑くなる」
「うぐ……ガスが余計重く感じるよ……」
三者それぞれため息をつき、遠くなったようにさえ感じる館長室への道をぐったりとしながら歩いた。相棒であるガスはいつものようにコナーに背負われているが、それでもやはり暑そうにしている。
ニッチとヴァシュカは意気投合しているようで、何かを意志疎通しながら歩いている。こちらはまるで暑さを感じていないようにも見えた。
暫く歩けば、勿論目的地に着いてしまう。ラグは先程聞いた館長の逸話を思い出して再びため息をついた。下らないことだったらさっさと話を聞いて、当たり障りのない受け答えをして、そして家に帰ろう。ラグ、ザジ、コナーの三人はそう心に決めてノックの後館長室の扉を開いた。
「失礼しまーす」









舌の上でとろけるような食感のバニラアイスに舌鼓を打っていたゴーシュ・スエードは、こちらに向かってきているらしい足音を聞き、扉に目を向けた。もし館長に用事のある者ならば、今彼は取り込み中なので、用件を聞いて今伝えるべきかそうでないかを判断しなければならない。
そんなことを考えている内にノックの音が響き、それに返事をしようとする前に扉が開いて見慣れた三人組が入ってきた。
「館長、用事って何ですかー……って、うわ、ゴーシュ!?」
最初に入ってきたラグは、室内にいたゴーシュを見付けると、びくっとしたように固まってしまった。それを見てニッチは何がどうしたのか分からないといったようにラグの目の前で手を振ったりしていたが、それでラグの硬直が解ける筈もなく、むなしく終わってしまった。
「え、ゴーシュさんもいるの?」
「何だこのアイスの山……」
ラグの後ろから姿を見せたコナーはガスを床に下ろして、肩を回してふうと息をついた。
ザジは部屋の隅に置かれている大量のアイスを呆れたように見つめている。
「ラグ、コナーにザジも」
ゴーシュは入ってきた予想外の小さなお客様に目をぱちくりとさせた。コナーとザジはそれぞれ「お久しぶりですー」とゴーシュに向かって軽く頭を下げた。
「ぼく達館長に呼ばれて来たんだけど……いないみたいだね」
「あぁ、館長なら……」
ゴーシュが事情を説明しようとしたその時、隣の部屋からロイドの悲鳴とアリアの怒号が響いた。三人は全てを悟ったように遠い目をして言った。
「あー、うん。想像できるね」
「懲りねーな、あの人」
「まぁ、自業自得だよね」
まったく、信頼のない館長である。
子供にまで呆れられている館長を思うと、ゴーシュは少し頭痛を感じた。館長は、きちんとやれば仕事は出来る、いわゆる"やれば出来る子"なのだ。ところが、その"出来る"部分を上回る怠け者気質が彼をより一層"駄目な大人"という姿へ導いているのだった。
そこでふと、部屋の隅に置かれたアイスの山を思いだし、ゴーシュは声を上げた。
「あ、皆さん、このアイス食べていいらしいので好きなものをどうぞ」
「え、いいの、これ?」
「はい、館長がまとめ買いしたらしいです」
それを聞くと、ザジはますます呆れた、という顔になった。
「はー……館長、俺らが汗水垂らして仕事してる時にアイス食ってた訳か」
ぽつりと呟いた言葉は、ザジにとってはいつもの館長への悪態の言葉なのであって、まったく他意の無いものだった。
しかし、それを聞いたゴーシュは大袈裟ともいえる程にびくりと肩を跳ねさせた。そしてその瞳に薄く涙さえ滲ませて、何やら悲痛な表情を浮かべている。それを目の当たりにしたザジはぎょっとして頭の後ろに組んでいた腕を解き、おろおろと手を左右に振った。
「す、すみません。ぼくも……アイスを……」
「って、え、あ、あの。ゴーシュさんはいいんですよ? 俺は館長のことを言っているのであって……」
「でも、ぼくも同罪です」
ゴーシュは己が仕事中にアイスをぱくついていた事を思い出してしまい、激しい自己嫌悪に陥っているようだった。「ぼくは仕事中になんてことを」とか「テガミより大切なものなんてないのに」とかぶつぶつと繰り返している。
アリアに休憩時間を貰ったとはいえ、本来なら今頃仕分け作業でも手伝っている筈で、それなのに自分は今館長室でアイスを食べている。アイスの誘惑に負けてしまった自分を激しく叱咤し、ゴーシュはもう涙目になってしまっている。
「だ、大丈夫だよゴーシュ! だってゴーシュ、いつも必要以上に仕事してるじゃない! これくらい休憩したって罰は当たらないよ!」
「で、でも……」
「今、配達の仕事入ってないんでしょ? そ、それに、仕分けの方は人足りてるからって、ぼくらも追い返されて来たとこなんだ」
嘘だ。
ラグは縋るような目でザジとコナーを見た。その視線の意味を理解し、二人も次々に口を開いた。
「そうですよ、ゴーシュさん。今人手足りてるから行く必要ないと思いますよ」
「そうそう。今日はテガミ自体あまり無いみたいで、ハチノスに居るBEEも多いっすから」
二人とも嘘だとは思わせないように自然に言ってのける。
「ほ、ほんとう、ですか……?」
「本当だよ。だから、ね、一緒にアイス食べよ? ぼくも、ゴーシュと一緒にアイス食べたいし……」
「ラグ……」
一緒にアイスを食べたい。その気持ちはゴーシュも同じだった。
加えて今日はラグだけでなく普段あまり一緒にはいられないザジやコナーまで居るのだ。
それに、この暑い日にアイスの誘惑には、勝てる筈もなかった。
「そう、ですね。今日くらいは、少しの間仕事を忘れることにします」
じゃあ何を食べようか、と保冷ボックスを物色しようとした所で、コンコンと軽いノックが部屋に響いた。
そして、すぐに扉が開く。
「館長、用件というのは…………ん?」
「あれ、ジギー・ペッパー」
「あ、ジギーさんお久しぶりですー」
現れたのはジギー・ペッパー。相棒のハリーを肩に乗せている。
ジギーは部屋には館長がいるものだと考えてやって来たため、室内にいた予想以上の人数に軽く驚いているようだった。
「え、わわわわわジギーさんんんんん!?」
平然と挨拶を交わしたゴーシュとラグとは対照的に、ザジは飛び上がらんばかりに驚き、喜び、狂喜していた。
ザジにとってジギーは憧れの人なのだ。無理もない。
「あ、ジギー・ペッパーだー」とアイスをかじりながらのほほんとしているコナーの肩をザジは無意識的に掴んで、ぐわんぐわんと揺さぶった。コナーはそれを気にすることもなくアイスをかじり続けていたが。
「館長はいないのか?」
「ええ、ちょっと……アリア・リンクに仕事をやらされているところで」
「ああ……成る程」
それだけでジギーは納得したようで、報告書を机の上に放った。そして、視線は大きな保冷ボックスの方へ向く。
「あれは、何だ?」
「アイスですよ。あ、ジギーも食べませんか? 館長もそれで呼んだのだと思いますし」
ジギーは普段、館長の呼び出しの大半を蹴っている。理由は、その呼び出しの内容が下らないものだったからだ。
今回は報告もしなくてはならなかったのでついでに呼び出しに応じただけに過ぎなかったが、室内にゴーシュがいるのを発見してジギーは少しだけ館長に感謝した。
どうぞ、と笑顔でアイスを差し出してくるゴーシュを見ると、仕事の疲れも吹っ飛ぶ。
差し出されたアイスを「ありがとう」と受け取り、口に入れた。アイスの冷たさが心地良い。
アイスを食べながら、ちらと隣に目をやると、ゴーシュがとても嬉しそうに笑って室内を見ていた。ゴーシュが笑っているというのはいつものことであるが、ジギーは少し首を傾げ、どうかしたか、と疑問を投げかけた。
「いえ……」
ゴーシュは何でもないことなんですが、と前置きし、再び笑った。
「皆いるって、楽しいなって思っただけです」





*******後書き***
遅くなって申し訳ありません、後編でした。
アリアさんに休憩を申し渡されたとはいえ、仕事中にアイスをぱくついてしまった己がどうしても許せない、でもアイスが美味しくてやめられない……そんなこんなでちょっと落ち込むゴーシュが書きたかったがためにこんなことに……。
リク内容が上手く反映されなくて困りました。これが、「キャラが思い通りに動いてくれない」っていうことなんですね……。いつかこのシチュエーションでリベンジしたいです。




*おまけ*

「すっげ……本物……本物が……ああああ、しかもゴーシュさんとツーショット……うわあああ本物が……」
「ザ、ザジ?」
「俺もう今日この日に死ぬのかなぁ? 人生の幸運全部使いきったような気分だぜ……」
「ザジ、帰ってきてザジー!」

↑ジギーさんとザジが同じ空間にいたらこんなのが展開されそうな予感。



2010.12.07


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