「どうしたんですか、これ……」
「やー、最近珍しく暑いでしょ? まとめ買いしちゃったー」
「しちゃったーじゃないですよ」
てへ、とキャラ作りに徹しているロイドの前には大きな保冷ボックスが置いてあり、その中には様々な種類のアイスが詰め込まれていた。ゴーシュは額に手を当て深くため息をついた。
急用だ、と呼び出され、手伝っていたテガミの仕分け作業も放り出して駆けつけてみたらこれだ。この館長はそろそろ常識というものを知るべきだとゴーシュは思う。だがロイドはそんなゴーシュの胸中を察することもなく、しゃがみこんでごそごそと保冷ボックスの中を漁り始めていた。
普段の気候は寒く厚着が当たり前のこのAGにも、珍しく夏と呼べる季節が到来していた。気温としてはさほど高くはないものの、普段寒い中暮らしている人々にとって、この気温は猛暑以外の何物でもなかったのだ。厚着で作業をしていた者はあまりの暑さに倒れたものだから、ここ数日、ハチノス内では薄着が推奨されている。
「でもさ、ゴーシュ。まとめ買いすると安いんだよ、何物も」
「それはそうかもしれませんが……、こんなに大量にどうする気なんですか」
「え? 勿論食べるに決まってるじゃないか。皆で」
「皆、って……」
「うん、皆。捕まる奴には声掛けといた」
ロイドはお目当てだったらしいモナカをもりもりと頬張りながらぐっと親指を立てた。この館長、仕事をする気はあるのだろうか。ゴーシュは本気で問いたくなったが、一応仕事自体はこなしているので、言うだけ無駄だということは簡単に理解できた。
「……館長」
ゴーシュが再び頭痛を感じていた時である。地の底から這い上がってくるような声が、背後から聞こえたのは。ロイドはぎぎぎ、と音がしそうな程にぎこちなく振り向き、そして見てしまった。そこに佇む、大量の書類を抱えた鬼を。
「や、やぁ、アリア。今日も一段と暑いね、はは……」
「そうですね、この暑い中私が走り回らなくてはならない理由は何だと思われますか」
「僕が、仕事をサボっているから、かな」
「ご名答です」
アリアはにっこりと微笑み、ロイドの腕を力強く掴んで隣の部屋へ押し込んだ。そこにあった机の上に大量の書類をどすんと下ろし、何か言いたげなロイドを無視して扉を閉めてしまった。その一連の動作は流れるように行われており、ゴーシュは彼女がテガミバチとして活躍していた頃を思い出した。
ロイドがきちんと仕事をこなしているとは言っても、そこには「やらされている」という要因も大きく関わっている。現在、ロイドはアリアに仕事を「やらされている」状態なのだ。
「……ゴーシュ」
「…………っあ、え、な、何、アリア」
「食べたいなら食べればいいでしょうに」
溜息混じりに言われ、ゴーシュはいつの間にかカップアイスを手に持っていたことに気付く。それはまったく無意識のことで、アドリブに弱いゴーシュはそのカップアイスをわたわたと背後に隠した。そんなことをしても無意味なのだが。
「遠慮しなくてもいいのに」
「で、でも、今は仕事中で、そう、仕事中仕事中仕事中……」
目の前でカップアイスを見つめながら自己暗示を始めたゴーシュに、アリアは再び溜息をついた。
「はぁ、まったく。ゴーシュ、副館長命令よ、今から休憩時間にしなさい」
「仕事ちゅ……って、え……アリア?」
「今日だってノルマはこなしているでしょう? もしあなた指名でテガミが来たら頼まなければならないけれど……たまには休んだらいいじゃない」
ハチノスのエースであるゴーシュの元へは、時折彼を指名して重要なテガミが来る。指名とあれば勿論ゴーシュがそのテガミを配達しなければならない。通常業務に加え、臨時の配達をも行っているためゴーシュ・スエードにかかる負担はこのハチノスの中でも大きい。
手に持っていた書類を見、今現在ゴーシュ指名でテガミが来ていないことを確認してのアリアの言葉である。
「あ、ありがとう」
「お礼なんて」
いつも必要以上に働いてくれているのだから、とアリアは笑った。
「それじゃあ、私は館長を見張らなくてはならないから行くわね。ゴーシュ、ゆっくりしていっていいのよ」
「うん、ありがとう」
隣の部屋に消えていったアリアに再度お礼を言い、アイスの蓋を開けた。蓋に付属していたスプーンを手に取り、アイスを一掬いしてみる。柔らかすぎず、丁度良い硬さのアイスにスプーンがすっと入っていく。それを口に運べば、その瞬間にアイスは溶けてほのかに苺の味が口内に広がった。美味しい。
「あ、ひとりだ」
少しの間アイスに舌鼓を打った後、ゴーシュはぽつりと呟いた。この部屋にはゴーシュ以外誰もいないため、その呟きに反応する者は誰もいない。言葉は静寂の空間の中に消えていく。
「少し寂しい、かなぁ」
一度気付いてしまえば、意識から外すことは難しい。
少し前のゴーシュならば一人でも何も問題はなかったかもしれない。しかし、今は彼の周りには常に人がいる状態なのだ。その賑やかさに、楽しさに慣れてしまったからには、一人という今の状況は途方もなく物足りなく感じてしまう。
広い部屋の中、ぽつんと一人でアイスを食べるゴーシュの耳に、複数の足音が聞こえてきたのはその少し後のことだった。





*******後書き***
「ゴーシュとアイスと周りのみんな」でした。
夏真っ盛りに書き上げる予定だったのですが……、すっかり涼しく、というか寒くなってしまってからで申し訳ありません。
しかも続きます。後編もなるべく早く書けるよう頑張ります。

2010.09.24


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