「ずるい」
「…………ラグ?」
「ずるいずるいずるーいっ!」
出勤前の朝。いつも朗らかな、ゆったりとした明るい雰囲気の漂うスエード家のダイニングルームに、ラグの叫び声が響き渡った。ラグはむっとした顔をそのままに、大声を張り上げて更にむくれた顔を作る。
ラグの発する「ずるい」というのが何を指すのか分からず、ゴーシュは小さく首を傾げた。
いつもと変わらず食卓で朝食を摂っていた時のこと。
いつもならば、朝食を摂り終えた後、きちんと歯磨きをして三人と二匹、仲良くハチノスへ出勤する筈だった。しかし、そこで冒頭のラグの叫びである。
「ラグ、どうかしましたか?」
「ラグはごきげんななめか」
「ニッチィィイイ! 君だよ! 君がずるいんだよニッチ!」
「ニッチが? 何故ですか?」
「ゴーシュ、ラグはきっとニッチがサラダをたくさん食べているのが羨ましいのだ。ニッチはおとなだからな、ラグにもサラダを分けてやるぞ」
「ちっがーう! 確かにそれもちょっと思ってたけど! でも今はそんなのどうでもいいよ!」
たくさんわけてやる、とサラダを差し出してくるニッチ。どうでもいいとは言いながらもラグはそれをしっかりと受け取り、しかし、その一瞬後には再び叫んだ。
「ゴーシュの膝の上からどいてよニッチ!」
「…………は?」
「やだ」
「何で!? 何でこんな時ばっかりはニッチ反抗するの!?」
いつもはラグの言うことならばそれなりに聞くニッチだが、今回ばかりはラグの言うことを聞き入れず、そればかりかつーんと横を向いてしまった。その口はサラダを頬張っているためもりもりと動いている。
ゴーシュはそれを見ると嬉しそうに膝の上に座るニッチの頭をやんわりと撫でた。
羨ましい。実に羨ましい。
「ここにいた方がごはんが取りやすい。それに」
ニッチはサラダを食べ終えた口を開き、そして視線を横から頭上のゴーシュへと向けた。
にこにことしたままニッチの頭を撫で続けていたゴーシュと、見上げる瞳とかばっちりと合った。
「ここはすごく心地よい。しやわっせになれる」
「分かってるよ! ぼくだってそこに行けたら超絶しやわっせだよぅう!」
ラグはついに頭を抱えて泣き出してしまった。
「仕方ないですね、ラグは」
「ゴ、ゴーシュ……!」
「すみません、ニッチ。少し降りていて貰えませんか?」
「むぅ……。ゴーシュが言うのならしかたないな、ニッチは大人だからな」
「ニッチ……!」
思いがけないゴーシュの言葉と、そしてどうやら譲ってくれるらしいニッチ。
ラグは感激し、先程とは違う種類の、感動の涙を流した。
「はい、どうぞ」
「……え?」
「サラダの取りやすい席が良かったのではないのですか? そこだと時計も見やすいし……」
「違う! 違うよゴーシュ! ぼくこんな勘違いはじめてだよ! ていうかまだサラダの話引っ張ってたの!?」
ゴーシュは席を移動し、再びニッチを膝の上へと乗せていた。ラグが求めていたのは「ゴーシュの膝の上」という特等席であって、勿論、席の位置で「そこがいい」と言った訳ではないのだが、ゴーシュにはいまいち伝わっていなかったらしい。
「違うんですか?」
「……っ!」
力強く否定してきたラグに、ゴーシュはようやく自分が間違っていたことに気付き、眉尻を下げた。
全面に「間違っていたら申し訳ない」というオーラを押し出し、まるで捨てられる寸前の仔猫の様な雰囲気を醸し出すゴーシュに、誰が強く出ることができるだろうか。いや、そんなこと出来る奴がいる筈ない! いたらそいつは人じゃなくて鬼だ!
「う……うぅ……そ、そうです。ぼくはサラダが取りたかったんです……」
「そうですか。良かったです。ね、ニッチ」
「うむ。それにしてもラグはまだまだこどもだな。ニッチの方がおねいさんだ」
「よしよし。偉いですね、ニッチは」
「うむ。もっとほめてもよいのだぞ」
間違っていない、と安堵し、ゴーシュはふにゃりと頬を緩ませた。
そして、自分を見上げて自慢気に胸を張っているニッチに優しく笑いかけている。

「何かぼく報われない……っ」

結局、ラグが手に入れたのは先程までゴーシュの座っていた椅子と、サラダの取りやすい場所だけだった。





*******後書き***
ゴーシュは完璧主義者なんじゃないかなとほのかに思っているので、きっと間違いを冒すのが怖いんじゃないかなぁ、と考えた結果出来たSS。
なかなか「これはラグゴです!」と胸を張って言える作品ができませんどうしたらいいですか。

2010.09.11


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