ぽつり、ぽつりと雨が小さく窓を叩く。
土砂降りではないが、長く降り続きそうな雨にラグは溜め息をついた。
本日、ラグはゴーシュと散歩する、という計画を立てていた。これはもうかれこれ二週間前に取り付けた約束で、今日という日を楽しみにしていたラグは昨夜、眠れぬ夜を過ごした程である。
どこを歩こう。どこでお昼を食べよう。
次から次へと幸せな悩みを頭に思い浮かべ、居ても立ってもいられなくなったラグは、枕を力いっぱいぎゅうぎゅうと抱きしめていた。ベッドの上で足をばたばたと動かすラグは、正に幸せの絶頂に居たと言っても過言ではない。

ところが今日になってみれば、何のことはない。連日の晴天が嘘のように天気は雨。これでは、散歩になど出かけることはできない。
もし、ゴーシュが今日一日丸々休みだったならそれもあったかもしれない。「雨の日の散歩もいいものですよ」なんて微笑むゴーシュの姿が容易に想像できた。
しかし、生憎、今日はゴーシュの休みは午前中のみ。二週間前の予定では丸一日休みだった筈が、数日前、急に仕事が入ってしまったらしい。
申し訳なさそうにそれを伝えてきたゴーシュに、ラグは笑って「仕方ないよ」と言う他なかった。そもそも、ハードスケジュールをこなしているゴーシュと、何もせずに街中をぶらぶらしよう、という計画自体が無謀だったのだ。普段も一緒に出掛けたりはしているが、それは食材の買い足しであったり、昼食を食べに行ったりと、それはそれで目的のある行動ばかりだ。
目的もなく、午後から出勤だというのに雨の降る中を連れ出すのは流石に気が引ける。雨の中というのは、晴天時からすれば、何をするにしても手間がかかってしまうのだ。無意味に散歩に連れ出して疲れさせてしまうのは言語道断だ、とラグは思う。
「とは言え、残念なものは残念っていうかー……」
「何が残念なのですか?」
「そりゃあ、勿論、ゴーシュとの散歩がおじゃんに……って、わあっ!? ゴーシュ!?」
「おはようございます、ラグ」
ラグは朝が早いですね、なんてゴーシュは笑っている。
「あのね、ゴーシュ、雨が降っちゃったんだ。だから今回の散歩は諦めるね」
「ぼくは雨でも構わないのですが……」
「ぼくが構うの! ゴーシュ、午後から仕事でしょ? 雨の日の散歩もいいものだけど、でも、ゴーシュに負担かけたくないし」
「負担だなんて」
「濡れちゃったら? 風邪ひいちゃったら? ぼくそんなの耐えられない!」
もしそれで仕事に支障を来たすようなら、それこそ事だ。ゴーシュはこれから仕事を控えている身でもある。もし、雨が降り止まなかった場合、彼は雨の中仕事へと行かなければならないのだ。
ゴーシュと散歩に行くというプランは実に魅力的だ。しかし、「散歩に行けない」と「ゴーシュの負担になってしまう」を秤にかけたら、どちらが嫌かは火を見るより明らかだった。
「だから、今日は大人しくしてる。ごめんね、ゴーシュ……」
「ちょっと待って、ラグ」
ラグは無理に笑顔を作り、部屋に戻ろうとしたが、その腕をゴーシュに掴まれ引き戻される。
「ゴーシュ?」
ゴーシュはにこにことしたままラグの手を引き、とんとんと階段を上がっていく。
「ぼくは寒がりですから」
「え?」
招き入れられた先は彼の部屋。久しぶりに入ったそこは前に見た時とあまり変わっておらず、綺麗に、しかし機能的に、必要最低限のものが置かれていた。
ラグの、汚いとは言わないまでも雑多に物の置かれた部屋とは違う、すっきりとした部屋だ。
ラグはこの部屋が好きだった。まるでゴーシュ自身を見ているかのように綺麗な部屋。彼の内面が反映したかのようにきっちりと管理された部屋。ただただゴーシュの部屋だというだけで、安心できた。安心できる空間がそこにあった。
「ラグが一緒に散歩に行ってくれないのでぼくは寂しいです」
「えっと、でも、それは」
「だからせめて、ね?」
ゴーシュはほぅ、と本当に寂しそうにため息をついた後、にっこりと少し悪戯っぽく笑った。ゴーシュのこういう表情は少し珍しい。ラグは呆気にとられて小さく口を開けたままゴーシュをぽかんと見上げる。
が、それがいけなかったのか、次の瞬間、ラグの視界は暗転した。
「え? わ、わ……!」
ラグは頭から被せられた、何かふわふわとしたものから必死にもがいて脱出した。ぷあ、と新鮮な空気を吸い込むと同時に、顔を隠すようにラグとは反対の方向へ背け、口元に手をやったままぷるぷると震えているゴーシュが目に入った。
ああ、この人、間違いなく……。
「わ、笑わないでよっ!」
「すっ、すみませ……、っふ、ふふ」
ラグはむぅ、と頬を膨らませ、お返しだっ、と被せられていたもの――毛布をぶわっとゴーシュに向かって被せようとする。
しかし、そこは流石の身長差。舞い上がった毛布はゴーシュの上へはまるで届かずに、彼の胸の辺りに達しようとしたか、くらいの高さまで上がった後に重力に従い落下した。……ラグの頭の上に。
「う、うわぁっ」
「……〜っ!」
「笑わないでってばぁあ!」
毛布を取り払ったラグの目に映ったのは、こちらに背中を向け、柱にもたれるようにしてぷるぷると震えているゴーシュの姿だった。
どうやらツボに入ってしまったらしい。
「もー、どうしてそんなに笑うかなぁ!」
「いやぁ、ラグがちっちゃくて可愛いものですから……」
「ぐっ……ど、どーせ小さいもん。ちびだもん」
「だからそういうところが……ふふ」
「むうぅぅ!」
再び笑い出したゴーシュに、ラグは抗議するようにぽこぽこと拳を繰り出した。とはいっても、勿論本気の攻撃ではなく、じゃれあいのレベルのものだが。そんなラグを見、ゴーシュは嬉しそうに笑った。
その直後、ふわりと暖かいものに包まれ、ラグは振り回していた手を止めた。見上げると、ゴーシュはにこにことしたまま言った。
「言ったでしょう? ぼくは寒がりなんです」
だから、とゴーシュは続けた。
「一緒に寝てくれませんか」
「……ふえ?」
「嫌、ですか?」
「いっ、嫌とかじゃ、全然!」
「じゃあ、お願いします」
ラグが頭をぶんぶんと振って、嫌じゃない、と告げると、ゴーシュは毛布に包まったままラグを抱き上げ、ふかふかのベッドの上に運んだ。
「ラグと一緒に寝るのも、久しぶりですね」
「ん、そうだね」
「ラグ、なかなか一緒に寝てくれませんからねー」
「そ、そーかな」
「そーです」
ちょっと寂しいんですからね、とゴーシュはラグをぎゅっと抱きしめた。
ラグは久しぶりのその感覚にどぎまぎとしながらささやかに反論した。
「で、でもさ。ゴーシュはぼくと一緒に寝てたら休めないんじゃないかなぁって……迷惑なんじゃないかなぁ、って、さ」
「ラグは、そんなこと気にしてたんですか?」
こくこくと頷くラグに、ゴーシュは笑って頭を撫でた。
「子供は、そんなこと気にせずに甘えて下さい」
「でも」
「甘えられるうちに甘えて下さい。ぼくも、ラグに甘えられると嬉しいんです」
ね、と再び優しく頭を撫でられ、ラグは意識がとろんとしてくるのを感じた。もう、目を開けていられない。瞼が瞳を覆った。
「じゃ……もっと、甘えちゃう……から……」
「どうぞどうぞ。……ふふ、おやすみなさい、ラグ」

ラグの意識はそこで完全に途切れた。しかし、全身包む柔らかくて暖かい感覚と、安心感だけはそこに確かに残っていた。

この数時間後、シルベットが階下からフライパンを高々と打ち鳴らすまで、この幸せな二度寝は続いたのだった。





*******後書き***
ゴーシュもゴーシュで、ラグとお出かけするのが楽しみだったのだろうと思います。
ラグとゴーシュが可愛くてたまりません。兄弟みたいですよね。
タイトルは、「幸せをつかまえる」若しくは、「ぼくもゴーシュみたいな余裕のある大人になってやる!」て感じです。ラグならきっとゴーシュ並の落ち着きのある好青年に……なったらいいなぁ。
あ、でも好青年なのは間違いないでしょうね。ラグが好青年以外になるところを想像できません。
それにしても、あの時のラグが意地っ張りだったからって「自分が寒いから一緒に寝よう」って言えちゃうゴーシュは18に思えない程大人だと思うのです。

2010.11.19


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