テーブルいっぱいに並べられたチョコレートの数々に、ラグはふうっとため息をもらした。
毎年毎年、もうすでに慣れてきたとはいえ、それでもため息をつかずにはいられない。というか、毎年チョコレートの量が増してきている気がするのは、本当に気のせいなのだろうか。
ゴーシュの向かい側にあるソファに座ってそのまま彼を観察すると、非常に嬉しそうな笑みを浮かべて貰ったチョコレートを頬張っている。一つ一つ丁寧に上品に、しかしもの凄いスピードで平らげていくゴーシュからはもう目が離せない。あの細い身体の一体どこにこの量が収まっているのだろう。積み上げられた空の包みに、ラグは目眩がした。
食べ過ぎだと思わないでもないが、それでも毎年彼のスタイルにあまり変化が見られないのはハードなテガミバチの仕事のせいだろうか。
まぁ、ゴーシュがどんなにコナーのような感触人になったって愛せる自信はあるけどね、そんなことにはならないだろうけど!
何故かゴーシュは太るとかそういう言葉と無縁な気がするな、とラグはぼんやり考えながら、背後に隠してある箱を弄んだ。特に飾り付けなどしておらず、売店で買ったただのチョコレートが入った箱だ。日頃のお礼にと買ったもので、ゴーシュが帰ってきたら即座に渡そうとしたのだが、今年も今年で気合いの入っている箱を大量に持ち帰ってきた彼に、ラグは「こんな粗末な箱ではいけない」と思わず背後に隠してしまったのだ。
そして結局、行き場を失った箱はラグの後ろに隠されたままだ。
こちらはこんなにももやもやしているというのにゴーシュは幸せそうにチョコレートを頬張っている。
そう改めて意識すると何だか少し切ない気持ちになってしまう。ラグはそんなゴーシュに反撃してやろう、と、少しだけ嫌味っぽくなるように言った。
「幸せそうだね、ゴーシュ」
「はい、それはもう」
にっこり。そんな擬音が今にも聞こえてきそうな程素晴らしい笑みだ。
本当に、それはそれは幸せそうに微笑まれてしまえば、先程まで抱いていた反撃してやろうという気持ちも霧散してしまう。何だかもうゴーシュが幸せなら何でもいいんじゃないかとさえ思えてくるから彼の笑顔は不思議だ。
「……っ、いいんだけどね! ゴーシュが幸せならぼくも幸せなんだけどもね!」
「? ぼくもラグが幸せなら幸せになれますよ?」
「ゴーシュ……!」
ゴーシュの嬉しい言葉にラグは思わずゴーシュに飛びつこうとたが、恥ずかしさが勝り、結局ソファの上でクッションを抱きしめて足をばたばたとさせるにとどまった。こういうことを素で言えてしまうあたり、ゴーシュはやはり天然たらしなのだろう。
「ああ、そういえばこれも」
ゴーシュは思い出したように鞄を探り、一つの包みを取り出した。
「ジギーがくれたんですよー」
「……はっ!? ジ、ジギーってジギー・ペッパー!?」
ラグは抱きしめていたクッションから身を引き剥がしてがばっと跳ね起き、ゴーシュが鞄から取り出した箱をひったくる。先程までのほわほわとした幸せな気持ちはどこかへ飛んでいってしまった。
その綺麗な包装は、どう見たって「日頃お世話になっているから」とか、そういうレベルのものではなかった。何だか愛のオーラさえ見える気がする。というか。見える。愛のオーラが惜しみなく漂っているのが見える。
ジ、ジギーさんまでゴーシュを狙っていたのか! ど、どうしようこんなの予想外だよ!
かの男前がゴーシュに本気で迫ったら、純情なゴーシュはころっとやられてしまうのではないだろうか。その風景が見てきたかのように鮮明に想像できてしまうあたり、あり得なくない話かもしれない。彼ならゴーシュを幸せにしてくれるのだろうとも思えてしまうあたり、彼の男前は相当なものなのだろう。
「うう……ゴーシュ、ジギーさんと末永くお幸せにね…………ん?」
ゴーシュを取られてしまう。そんな喪失感から、ラグは泣きべそをかきながら成立してもいないカップルに向かってお祝いの言葉を口にした。先程よりは少し落ち着いたラグの視界に、綺麗な箱に付属していたらしい白い紙が見えた。
メッセージカードだ。ジギーさんがメッセージカードって何だかイメージじゃないなぁ、と無粋とは思いながらもさっとメッセージカードに目を通した。
だ、だって「結婚しよう」とか書いてあったら、ぼくはどう反応していいのか分からないじゃないか!
いきなり結婚なんてそんなのないとは思うけど、それでも、相手はあのジギーさんだ。「一生、責任を持ってお前の面倒はみる」とか書いてあっても何ら不思議はないっ!
ラグは意を決してその白い紙に踊る文字にさっと目を通した。
う、うわぁ、何だか初々しい文章の連続だな……。ていうか字、綺麗。
内容はと言えば、まるで 少女が憧れの人に書いた恋文か何かのようで、所々にテガミバチとしての仕事を誉めるような描写がされていた。その文章には所々恥じらいも見え隠れしていて…………って、何か、おかしい。
この文脈からは、テガミバチの仕事がまるで時間の決まった勤務のように書かれていたし、何日にも渡る業務もざらにあるというのに、毎日家に帰って来ることができるかのように書かれていた。また、業務に関しても表面的なことしか述べられていない。
ジギー・ペッパーはゴーシュと同期か、それに近い筈で、そうでなくとも、まさかゴーシュ・スエードを知らない筈がない。だとすると、これは−−?
「あれ、カードが付いていたんですね」
「あっ、ゴーシュ、これは……」
「ジギー宛のメッセージカードでしょうね」
そう言われ、ラグは再びカードに目をやり、今度は隅から隅へと余すところなく目を通した。すると、所々に「ジギーさんは〜」と、間違いなくジギー・ペッパーに宛てられたのであろう下りを発見することができた。
「うわ……思い切り"親愛なるジギー・ペッパーさまへ"って書いてあるね」
「食べきれない程貰ったのでしょう、羨ましい限りですよ」
「一応言っておくと、ゴーシュのそれも普通は食べきれない量だからね」
「そうですか?」
そう言って首を傾げるゴーシュの目の前にはもう半分程平らげられたチョコレートの箱が綺麗に積まれて置かれていた。これは異常だと思うものの、ゴーシュならいくらでもチョコレートを食べてしまいそうな気もする。
「それにしても……本命のチョコレート、というやつだったのでしょうか。貰ってきてしまって、ちょっと悪いことをしてしまいましたね……。明日あたりジギーにカードだけでもお返ししましょう」
「あーうん。その必要はない気もするけどね。むしろカードだけでも返したらかえってジギーさんが可哀想な気がするよ……」
またもや分からない、といったふうに首を傾げているゴーシュに、ラグはラッピングがどうこう悩んでいたのが馬鹿らしくなってきてしまった。苦笑し、ラグは背後に隠していた、シンプルな白い箱を取り出した。
「……ゴーシュ。その、ぼくからもこれ」
「ラグ、これ……」
「うん、いつもありがとうゴーシュ! ハッピー・バレンタイン!」





*******後書き***
全く推敲していない問題作。あ、いつものことか……。
それ以前にバレンタイン用SSをこんな時期に公開している時点で問題作です。季節外れもいいとこです。
書いておいてなんですが、UPするのを忘れていたので、今更ながら……。
AGにバレンタインはあるのか? 日本的なバレンタインでいいのか? 等々、疑問に思うところはあると思いますが、できればスルーして下さいorz

↓このSSのメモ書きに何やら色々書いてあったのをそのまま乗せてみます。
普段からこんな感じでメモ書きしているのですが、今回はそれが本編にまるで生かされてなかったのでここで(笑)
この時の私は何を考えていたのか……。

・ジギーさんはバレンタインをすっかり忘れていた。
・この時期にチョコレートを買いに行くのは恥ずかしいが、ゴーシュにチョコレートをあげたい。
・何故かチョコレートをいっぱい貰った。(ジギーさんも無自覚モテ男)
・よし、この中から適当に見繕ってゴーシュに渡してしまおう。
・と、言ってるそばからゴーシュがやってきた! チャンス!
・急にゴーシュが来て焦ったのでメッセージカードの存在に気付かず、「これでゴーシュも俺の気持ちに気付いてくれる」とか考えちゃう。
・遠足前夜みたいな感じで眠れぬ夜を過ごすジギーさん。
◎私の中でジギーさんが天然あほになった◎



*おまけ*

「ふぅ、たくさん頂きましたね、ロダ」
「クォン」
紙袋いっぱいに詰め込まれた箱を覗き込み、ゴーシュ・スエードは頬を緩めた。甘いものが好きなゴーシュにとって、毎年この時期は天国である。これらは全て、顔を赤らめて渡してくる新人のBEEや、食堂のおばちゃん、事務の女性等、職場の人間から渡されたものだ。手の込んだ包装紙を見ても、「日頃お世話になっているから」くらいの意味なのだろうと考えられるのはこのゴーシュ・スエードくらいのものである。
綺麗に、幾重にも包装された箱の中には美味しいチョコレートやクッキー、マシュマロといった甘い菓子が入っているのだろう。ゴーシュは満面の、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべて帰路を辿ったのだった。

「ゴーシュ・スエード」

暫く歩いたところで、背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、ゴーシュは後ろを振り向いた。
「はい……、ってジギー・ペッパーじゃないですか」
「これやる」
そう言ってジギーは唖然としているゴーシュに向かって小さな箱を一つ投げた。投げられたそれは綺麗な放物線を描いてゴーシュに手の上に見事収まる。
「え、えっと?」
「チョコレートだ」
「はぁ」
「じゃあな」
ジギー・ペッパーはそう言うと、鉄の馬を勢いよく加速させ、ハチノスの方向へ去っていった。その後ろ姿は既に小さくなっている。
「人に配らなくちゃならないほどたくさん貰ったのでしょうか。……羨ましいですね。ね、ロダ」
「……クー」
羨ましそうにジギーの消えていった方を見ているゴーシュに、ロダは脱力したように小さく鳴いた。



2010.07.14


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