テガミバチの仕事は体力的にも精神的にも疲れる仕事だ。勿論、それに見合うだけの遣り甲斐も報酬もある。しかし、疲れるものは疲れるのだ。町では疲れ切った顔をしたテガミバチの姿もちらほら見かける。
本日のテガミバチとしての仕事を終えたラグ・シーイングは見慣れた道を走る。その足取りに疲れは一切見えない。途中にある商店の店員に「今日も元気ね」やら「またいらっしゃい。オマケするよ」やら声をかけられ、それに走りながら律儀に返す。
そうして走っているうちに目的地――自宅が見えてきて、ラグは笑顔を浮かべ、速度を上げて、文字通り家の中へ飛び込んだ。
「ゴーシュ! ゴーシュ!」
「わわ、どうしたんですかラグ」
ゴーシュは勢い良く飛び付いてきたラグをよろけながらも優しく抱き止めた。
ラグはゴーシュのそういうところが好きだった。優しい腕だとか、困ったような笑顔だとか。
何故か妙に嬉しくなって頭をぐりぐりとゴーシュに押し付けた。
「ほらほら、着替えてきてください。アリア・リンクに美味しい茶葉を頂いたので一緒に紅茶でもどうです?」
「あ、うん、貰う! 着替えてくるねっ」
「走ったら危ないですよー」
苦笑混じりのゴーシュの言葉を聞き流し、ラグは階段を駆け上った。ゆっくり着替えなんてしていられない。
今日はゴーシュは非番、ラグは半ドンで久しぶりに早い時間から二人で過ごす時間が出来たのだ。こんな日は滅多にない。
ゴーシュは優秀なテガミバチだ。当然、任される仕事の量も危険度も人一倍で、休みなんてあってないようなものなのだ。ラグもテガミバチとして働いている以上、非番だけでなく半ドンでさえも重なるのは奇跡のようなことだ。
今日は何をしよう、どうやって過ごそう。紅茶を飲みながらまったりするのもいい。二人でどこかに出掛けるのもいいだろう。
緩む頬をそのままに、ラグは手早く着替えを済ませ来たときと同じように階段を降りた。
リビングではゴーシュが本を片手に紅茶を飲んでいて、それを見るだけでも幸せな気分になれる。
――なんか、ゴーシュってぽややんとしてて、癒されるんだよなぁ。
ラグが来たのに気付くと、ゴーシュは「いらっしゃい」と微笑んで紅茶を淹れてくれた。とても良い香りだ。一口飲むと口の中にふわりと紅茶の味が広がり、自然と体の力が抜けていった。
「美味しー……」
「そうでしょうそうでしょう」
うんうんと得意気に頷くゴーシュは妙に子供っぽくて可愛く見える。それから思い出したように「そうだ」と呟き、戸棚から何やら白い箱を取り出した。さほど大きくはない箱だが、その見慣れた形状から、ラグは期待を隠せずにはいられなかった。
「じゃあん。ケーキですよー」
「やっぱりっ!」
「えへ、美味しそうだったので買っちゃいました」
出てきたのが期待通りケーキで、ラグは瞳を輝かせた。苺のショートケーキとチョコレートケーキの二種類で、どちらも美味しそうだ。ラグはどちらを食べようかと二つのケーキの間に視線を彷徨わせた。
その視線に気付いたらしいゴーシュが未だに迷っているラグに提案した。
「どちらも食べたいなら、半分ずつ食べ合えばいいんですよ」
「! で、でもゴーシュ、いいの?」
「勿論」
目の前に差し出されたのは苺のショートケーキ。逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと一口、口に運ぶ。甘すぎず、上品な味わい。美味しいし、食べやすい。
ラグはそのあまりない語彙の中から必死にこのケーキの味絶賛しようと試みが、結局は「美味しい」の一言に集約された。
「ラグ」
「ん?」
「はい、あーん」
「あーん」
ぱくり、と差し出されたチョコレートケーキに食い付く。ゴーシュは「ラグが釣れましたね」と笑いながら二口、三口目とラグの口に運ぶ。
四口目に食らい付いたところで、ラグははっと我に返る。
「って! ゴーシュが僕にくれてばっかじゃないか! ほらっ、こっちのもあげるから!」
「そうですか? じゃあ……」
あーん、とケーキをもらい受ける準備をするゴーシュに、ラグはう、と息を詰まらせた。
口を開けるゴーシュ、自分の片手には一口サイズのショートケーキ。これは、恋人同士がよくやる「あーん」というやつなのではないか。今更ながら、それに気付いたのだった。
――これは……予想以上に恥ずかしい……っ!
今まで自分がこれをやって貰っていたのかと思うと、恥ずかしくて涙が出そうだった。顔を真っ赤にしてあー、やらうー、やら唸るラグを見て、何を勘違いしたのかゴーシュは首を傾げながら言った。
「一人で食べたいならいいんですよ、ラグ・シーイング? 僕はこちらのだけでも十分……」
「いやっ! ちが、違うんだ! ごほん、じゃああげるからね、覚悟してよね!」
「覚悟?」
またもや首を傾げ、口を開ける。
ラグは顔を赤くしたまま、心の中で「そりゃ!」と掛け声をかけながらケーキを差し出した。
ぱくり、とゴーシュがそれを口に入れ、するとみるみる顔が緩んでいく。「おいしーですね」と幸せそうに笑うゴーシュを見ると、全てがどうでもよくなった。恥ずかしいとか、そんな感情はどこかに行ってしまったのだ。
――ヤバい、これハマるかも。
餌付けされているかのようにケーキを食べるゴーシュ。幸せそうな顔。仕事中のあの格好よさからは想像もできない(まぁ、普段からドジなところはあるが)、ゆるゆるな姿。
見ているこっちも幸せになってくる。

これは、とある休日の午後。幸せな日。





*******後書き***
休日は子供のようにゆるゆるふやふやなゴーシュ。可愛いと思います。
それにしても……素晴らしいお題が勿体なく思えてきますね。頑張らなきゃ

2009.11.13


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -