どんなやつが出てくるのだろう。
可愛らしい少女が、心の準備も待たずに呼んでしまった"怠け者の兄"の登場をため息をつきながら待った。

公私混同はしない。これが俺の仕事のスタイルだ。

何度も言うように、宛先がどんな場所であれ、どんな人であれ、俺には関係のないことなのだ。テガミを届けてサインを貰って、はいありがとうございました、と、さっさと退場すればいいだけの話であって、何もそう気構えることはない。

そう、思っていたのだが。

ガチャリと開かれたドアは、どうにも、俺の予想外のものを連れてきてしまったらしい。
「あぁ、すみません、出てくるのが遅くなってしまって……」
開かれたドアから顔を覗かせたのは、先ほどの美少女と同じ、銀の髪と暗褐色の瞳を持った青年だった。
「…………」
「テガミですか?」
「……あ、えっと」
「よくこんなところまで届けにきてくれましたね」
ありがとうございます、とにっこりと微笑んだその青年は非常に端正な顔をしていた。思わず目を奪われてぽけっとしていると、青年は「どうかしましたか?」と首を傾げたので俺ははっとして我に返った。慌てて懐から小さな紙を取り出し、青年へ向けて差し出す。その動作が意図せず勢い良くなってしまったことにまた慌てた。
「あっ、あああ、そ、そうです。こここ、ここにサインを……、あ、ありがとう、ございます」
サラサラと書かれていくサインは、これまた美しい形をしていて、これだけでも一種の芸術作品のような気さえした。
サインを受け取り、代わりにテガミを差し出すと、青年が俺をじっと見つめていてその綺麗な瞳と目が合った。何かやらかしてしまっただろうか、と不安になっていると、彼は一瞬何事か思案したような素振りを見せ、そして言った。
「外は寒かったでしょう、家でお茶でもしていきませんか。雨も降り出しそうですしね」
「えっ、でも、仕事が終わったらすぐに帰らなきゃいけない規則なので……」
「大丈夫大丈夫、あの館長は数時間帰りが遅くなったくらいじゃ気付きませんから。仕事するの嫌いな人ですからね」
青年は微妙に不機嫌、というか呆れたような、諦めたような表情でそう言った。
「えっと、館長とは親しいん、ですか」
「うーん……、まぁ。少しは親しい、ですかね」
曖昧に微笑んだ彼は、その話は終わり、とばかりに「さあさあ」と俺の背を押し、中へと招き入れた。
足を踏み入れた室内は、簡素にまとまっていて綺麗だ。装飾品と呼べるものは棚の上に置かれている花瓶くらいで、本当に必要なものしか置いていないといった印象。
床にゴミが溜まっているとか、そういうこともなくて室内は小綺麗にまとめられていた。
青年は温かそうな紅茶の入ったカップを二つテーブルに並べた後、椅子に座り、向かいの席を示して「どうぞ」と微笑んだ。その時、ハチノスに帰らなくては、という思いは消え失せ、言われるままに席についてしまった。何だろう、この青年の笑顔は不思議な力があるように感じた。どこか、安心できるというか。
「自己紹介がまだでしたね、ぼくはゴーシュ。ゴーシュ・スエードです、よろしく」
「あっ、こちらこそよろしくお願いします。ぼくは」
自分の名前と、彼−−ゴーシュさんの足下にじゃれついている小さい猫の相棒の名前を言った。
あいつ、俺にもそんなじゃれたことないってのに……。
俺の相棒はといえば、ゴーシュさんに優しく撫でられて嬉しそうににゃあ、と鳴いている。今のこいつの仕草だけ見れば「可愛い」とも言えるだろうが、普段の姿を知っているから苦笑しかできない。
「あっ、ゴーシュさんは、お仕事は何をなさっているのですか?」
館長からのテガミには"怠け者"だなんて書かれていたが、ゴーシュさんはどう見たって怠け者には見えない。むしろ、真面目な好青年といった感じだ。……しかも美人だし。
「今は働いていませんよ」
「……ええっ!?」
何か、大手企業のエリート社員的な答えを想像していたため、一瞬反応に遅れてしまった。まさか、この人は噂の「働いたら負け」の人なんだろうか。
そんな感じはしないが、まさに、人は見かけによらない、というやつなのだろう。テガミの宛名に書いてあった"怠け者"とはもしかしたらこういう意味だったのかもしれない。
妹の可愛らしい少女に家計の全てを任せきりなのだろうか。本当に、人は見かけによらない。
「今、失礼なことを考えませんでしたか?」
そう言われ、俺は慌てて「すみませんっ!」と謝った。心の中を読まれたのかとさえ思った。
普通そんなことはできないはずだが、彼の、全てを見通すような瞳を見ると、何故かそれさえも可能にしてしまうような気がした。
「いいんですよ。まぁ、そう思うのも当然でしょうね」
ゴーシュさんは、ふふ、と優しく笑ってくれた。
「仕事は生き甲斐でした。しかし、仕事を全うできなくなってきたので」
「え、でもお若いのに」
「三十路も近くなると辛いものですよ」
他の仕事を、というのも思いつきませんでしたし、と青年は笑う。唯一無二の仕事だったってことなのかな。
仕事に相当思い入れもあるみたいだし。さっきは「働いたら負け」の人だなんて思って、本当に失礼だ。
「一生暮らすには十分、ため込んでいたので。……ああ、妹が仕事に出かけるのは、あれは趣味のようなものですよ」
それってどんだけため込んだんだ!?  と思わないでもなかったが、この青年が一般職に就いている姿も想像できなかったので、高給取りだったのだろう。暮らしも豪華とは言えない、質素な、普通のもののようだし、それなら一生働かず暮らすことも可能なのだろう。
聞けば、妹のあの美少女は数年前まで車椅子だったという。それが完治してからは、今までの分を取り戻すように走って仕事に出かけるのだとか。曰く、「せっかく治ったのだから、足を使わなければもったいない!」ということだそうだ。
ゴーシュさんにつられるように、俺も自然と笑みを浮かべていた。笑っている自覚はなかったのだが、気付けば自然と頬が緩んでいたのだ。
仕事を楽しそうにこなしているという妹さんの話を聞くうちに、こちらも楽しい気分になってきてしまった。

仕事が楽しくできるなんていいな、とふと思った。

俺は、どうだっただとうか。楽しく仕事をした事があっただろうか。

「ゴーシュさん、あの、俺……」





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*******後書き***
ゴーシュは皆の頼れる兄さんだと信じて疑いません。

2010.07.13


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