ゴーシュ・スエード。僕が目覚めた時に目の前で気の抜けたような顔をしてスープの缶を開けようとしていた男の名だ。
僕は最初、その気の抜けたような顔ですら凶悪な、嫌な顔付きに見えてしまっていた。直感では分かっていたのだ、彼は自分を傷付けない。頭のどこかで理解はしていたが、あの時は混乱してしまっていた。
世界の全てが敵に見えたのだ。
だから、その端正な顔付きに、柔らかな表情に気付いたのは結構後になってからだった。


「……ゴーシュ」
「え、あ。はい。何ですか? ―――ぅわあ!?」
躓いた。躓いたよこの人。
僕は思わず溜め息をついた。この溜め息は今ので何回目だろうか。今日一日だけで一生分の溜め息をついたような気さえする。
ゴーシュは体勢を立て直し、溜め息をついた僕のことをむっとしたように睨んだ。
「今のは君が声をかけたのが悪いんですよ、ラグ・シーイング。君に注意が逸れたせいでこうなってしまっただけです」
「ふぅん。じゃあいつもゴーシュの注意はどこかに逸れてるんだね。さっき岩に頭ぶつけたの忘れたとは言わせないよ」
「……む」
ゴーシュは何か言いたそうにしていたが、結局押し黙ってしまった。肩を落として暗いオーラを纏いながら歩く姿が少し哀れに見えた。
「……あ。それでさっき僕を呼んだのは何だったのですか?」
くるりと振り向いた彼の顔は純粋に疑問だけを浮かべており、暗い表情はしていなかった。切り替えが早い。
「あぁ、そうそう。ちょっと気になったんだけどね、ゴーシュってモテるのかなぁって」
「もて……?」
ゴーシュはマフラーに埋めた首をこてんと傾げた。頭の上に疑問符が浮いているのが嫌でも分かった。
「……ロダ、君って大変なんだね」
ロダは「分かってくれるか」とでも言うように僕を見上げて小さく鳴いた。
「な、何ですか二人して。僕はロダに大変な思いはさせていません」
「はぁ……」
こんなに鈍いのでは相棒たるロダが気を揉むことも多いのだろう。
ゴーシュは端正な顔付きをしている。その容姿を裏切らない冷静沈着な性格も相まって、まさかモテない筈はないだろう(時々かなりドジで気の抜けているところは玉に瑕だが。後、味覚)。
「ゴーシュ」
「なんですか」
「夜道には気を付けてね」
「ここは常に夜ですが」
「あと、一人で出歩いちゃ駄目だよ」
「は?」
「ロダは本当に大変だなぁ、ていうかまだいるんだなぁ、こんな天然記念物みたいな人」
またも疑問符を飛ばすゴーシュを横目に僕はまた溜め息をついたのだった。





*******後書き***
ゴーシュが天然だと可愛いと思います。

2009.11.11


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