「ノワール」
「……んー……」
「そこ、どいてくれませんか」
少し目を離した隙に、縁側に畳んで置いておいた布団にノワールが埋まっていた。ノワールはふかふかで気持ちがいいのか、幸せそうに布団に頬摺りしている。
幸せそうな弟を起こし、引き剥がすのは気が引けたが、ゴーシュには布団を押入に仕舞うという使命があるのだ。これは、仕事をさっさと片付けてくつろぐという素晴らしい時間を手に入れるためでもある。
本日は晴天なり。昼下がりのこの時間、日は高く昇り、やわらかな日差しが降り注いでいた。あたたかい風が吹き抜けていく。その心地よさにゴーシュは目を細めた。買い出しに行ったシルベットとロダはもうすぐ帰ってくるのだろう。ゴーシュは、それまでには布団を仕舞って、シルベットとロダと、ノワールとお茶でも飲みながらゆっくりと過ごしたいと考えていた。
しかしノワールはというと、ぐてっと布団にダイブした状態のまま、一言「いやです」と呟いただけに終わった。すぐにでも眠ってしまいそうな声色なのはいつものことではあるのだが、今回ばかりは本当に眠たそうである。
「わがまま言わないでください。ほら」
このまま眠られてしまってはまずい、とゴーシュはだらんと伸びきった腕を掴んで引っ張るが、ノワールはというとふかふかの布団から離れたくないようで、しっかりと布団を握りしめていた。綺麗に畳んでおいたはずの布団の形が崩れ、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
畳み直しだなぁ、とゴーシュは苦笑する。ノワールは閉じていた目を薄く開き、ゴーシュの腕を取り、思い切り引っ張った。
「っわ」
引っ張られた先に待ち受けていたのは当然布団で、更にぐちゃぐちゃになってしまったのは言うまでもない。その柔らかさと太陽の匂いに、ゴーシュも一瞬そこでそのまま眠りたい衝動に駆られたが、寸でのところで持ち直し、叱るべくノワールの方を見た。
そこには思いの外近くにノワールの顔があってゴーシュは不覚にもどきりとしてしまう。同じ暗褐色の瞳の筈なのに、ノワールのそれはどこか黒みを帯びていて、ゴーシュはそれが綺麗だと思う。
「ゴーシュ」
「お兄ちゃんって言いなさい」
いつも言っているのにこの弟はどうにも自分を「お兄ちゃん」と呼ぶことを嫌うようだ。勿論ゴーシュも最早本心では言っていない。昔から言ってきているため癖のようなものになってしまっているのだ。
ノワールはもう一度「ゴーシュ」と呼び、じっとゴーシュの目を見た。そしてゆっくりと、彼のいつも通りとも言える眠たそうな口調で宣った。
「一緒に寝よう」
「……は?」
いつもより微妙に真剣味を帯びたその表情とは似つかわしくない、彼の口から発せられた内容にゴーシュは一瞬耳を疑ってしまった。数秒固まっていると、ノワールが再び、先程よりもゆっくりと口を開いた。
「一緒に、寝よう」
真剣なノワール。強く掴まれたままの腕。その上布団のおかげで上手く身動きが取れない。
答えは、決まったようなものだった。


ただいま、と家に元気よく入っていったにも関わらず、いつもあるはずの出迎えがない。靴はあるから家にいるはずなのに、とシルベットは少し寂しい気持ちになりながら家に上がった。続いてロダも家に上がる。
今日は意図せずタイムセールに当たったため、少し買い物が長引いてしまった。しかし、その代わり食材を大量に安く仕入れることができたので、よしとする。お兄ちゃん褒めてくれるかな、と頬を緩めながら、台所に重くなった買い物袋を苦労して置いた。ふと、視界の隅に小さく白いものが映る。
「あら」
綺麗に敷かれていない布団の中で、二人の兄が丸まるように、まるでハムスターのように眠っていた。
一番上の兄がこんな状態で、こんなところで眠ることをよしとしない性格なのをよく知るシルベットは、こうなるに至った経緯を簡単に推測し、笑った。
「ロダ、お茶にしましょうか」
シルベットは微笑ましい兄たちの姿を眺めながら、お茶の支度に取りかかったのだった。


2010.02.09 blog


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