とある日の午後。ゴーシュとラグ、そして遊びに来ていたジギーは仲良く談笑を楽しんでいた。時折このようにして集まっているのだが、ザジはまだ仕事が残っているということで名残惜しみながら出掛けて行ったのである。
ソファーの上にはゴーシュと、その膝の上にラグが座っていて、ジギーは近くにある椅子に腰掛けている。この前の仕事先での話、最近読んだ本の話、昨日のニュースの話等、くだらない話もたくさんあったが話題が尽きることはない。

暫くしてから、玄関のドアが音を立てて開かれた。息を弾ませながら入ってきたのは、制服姿のままのザジであった。仕事が終わってからここに直行したのだろう。
「こんにちはー」
「あっ、ザジー」
ラグはゴーシュの膝の上からぱたぱたと手を振った。ザジは「よぉ」と片手を上げてそれに応える。ゴーシュもザジに挨拶を返した。ジギーは「疲れたー」と言いながら歩いてくるザジに問いかけた。
「仕事はもういいのか」
「あぁ、配達と、細々した仕事は終わったんで」
「そうか、偉かったな」
ふわふわと、ジギーはザジの頭を撫でた。いつものように、自然に。条件反射ともいうのだろうか。ニッと愛嬌たっぷりに笑うザジを前に、思わず手を伸ばしてしまったのである。
とにかく、手触りのよさに幸せな気持ちになりながら手を左右に動かしていると、痛みとともにぱしっという乾いた音が耳に届いた。
「オレは」
「?」

「…………オレは、子供じゃない……っ!」

搾り出すように、怒りを滲ませながらザジは言い放つ。固まるジギーを睨みつけ、次には背を向けて走っていってしまった。
「……?、……?」
何故ザジがいきなり怒り出したのかがわからず、振り払われた手を呆然と見つめる。痛みは無いに等しいが、かすかに残る小さな痛みがやけに大きく感じられた。
「駄目ですよ」
ゴーシュはため息をつき、呆れたように言う。
「ジギー、君はザジを甘やかしすぎのようです」
「お前にだけは言われたくない」
ゴーシュはラグを抱き抱え、その頭に顎を置くようにしている。これは甘やかす以外の何物でもないのではないだろうか。
「ぼくはいいんです。ねぇ、ラグ」
「うん……このままでいいよー……」
ラグはラグでゴーシュに頭を擦り付けるようにし、幸せそうな表情を浮かべた。
「…………」
こいつら駄目だ。そう思ってしまうのも無理はない。もう、二人がそれでいいなら放っておくしかない。今はこいつらを気にかけている余裕はないのだ。
どうしたらいい、どうすれば。頭の中は考えが堂々巡りを続けている。いや、何も考えられない。武器を取り上げられた挙句袋詰めにされてグレン・キースの前に投げ出されたような気分だ。もしかしたらそれよりも追い詰められているかもしれない。
「追い掛ければいいじゃないですか」
もしそんな状況になっても袋から脱出して無事で済みそうな男、ゴーシュ・スエードが事もなげに言い放つ。
「ザジも寂しがりやさんですし、あなたを待っているんじゃないでしょうか」
「しかし」
ジギーは何か躊躇するようにその場に立ちすくんでいた。いつもなら、はっとしてすぐにザジを追うだろうにらしくない、とゴーシュは思う。
「お前から借りた参考書には、こういう時は追い掛けず静かに待つべしと書いてあった」
ジギーが続けて言ったその言葉に、ゴーシュの少し前の記憶が呼び覚まされた。
ジギーに恋愛に関する参考書はないかと聞かれ、そういったものに関心のないゴーシュも困ってしまった。困っているときに丁度近くにいたロイド館長に、なんとゴーシュは恋愛の参考書ってどんなものがいいのですかと聞いてしまったのだ。
だったら、と何故か館長が机から取り出したのは恋愛の参考書、ピンクの表紙で雑誌等よりもサイズの小さめな――
「(少女漫画だったんですけどね、あれ)」
こんな物渡されたら怒るかなぁ、と思いながらもうっかりそのまま渡してしまったことが、今になって悔やまれる。その後ジギーは特に文句を言うでもなく、いつもと同じように接してきたので諦めたのか、はたまた呆れてものも言えないかのどちらかだと思っていたのだが。
少女漫画に「静かに待つべし」なんていう格言のような文章がある筈がない。彼は予想以上に少女漫画を真剣に読み、内容を把握して格言を生み出したらしい。
クールであると名高いあのジギー・ペッパーが少女漫画を「ふむ……こういう時はこうするのか」等と呟きながら真剣に読んでいる様を想像すると涙を禁じえない。
ザジが急に怒りだして家出をするのはもう日常茶飯事となってしまっているので、ゴーシュもラグもジギーほど危機感を抱いていない。あわあわしているのはジギーばかり。
ゴーシュはもう何か言うのをやめ、ラグを構うことに集中し始めたのだった。どうせもうすぐ格言のことも忘れ、家を飛び出してザジを迎えに行くのだろうから。





*******後書き***
ザジは発作的に子供扱いされるのを怒ります。いつもはなでなでされるの大好きだといいな、と思ってます。

2010.01.10


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