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 11月21日の早朝、高尾和成はいつも通りリアカーを繋げた自転車で緑間真太郎を待ちわびていた。
 冷たい外気によって指先と鼻先は赤くなっていた。まだまだ冬はこれからだというのにこの寒さとは、先が心配になる。いつもは少し開けられた襟元も、今日はきっちり閉められている。見かけだけは真面目な高尾の完成であった。とはいえ、奇妙な乗り物に乗っている時点で普通ではないのだが、高尾にとってそれはもう普通に成り果てていた。
 携帯電話を開いて時刻確認をする。緑間はいつも、寸分の狂いもなく――とは過言かもしれないが、必ず約束の時間通りに出てくる。寝坊しない限りの話であるが、休日でもなければ滅多にないことだ。デジタル時計はそれまであと一分程を指していた。
 頭の中で3、2、1、とカウントし終わると同時に玄関が開く。
「おはよう真ちゃん」
「ああ」
 相変わらず素っ気ない返事である。それが緑間の良さであり悪さでもあった。
 恒例のじゃんけんでは、今日も緑間の勝利だった。ここまでくると細工しているのではないかと疑うくらい驚異的である。緑間は早々とリアカーに乗り込むと、早くしろと言わんばかりに高尾に視線を集中させた。それに応じるように高尾も自転車に跨がった。
 通学中の会話はいつも他愛のないものばかりで、此方から話題を振らなければ大体が今日のおは朝占いのことだけで終わったりすることもあった。それでも高尾は、聞いているだけで面白いから満足していた。しかし、今日だけは「特別」が良いと思ったのである。
「真ちゃんに問題ね。今日が何の日か知ってる?」
「…知らないのだよ」
「正解は俺の誕生日でしたー!」
「それはよかったな」
「やだなぁ、真ちゃん冷たーい。俺泣いちゃうよ?」
「勝手にしろ」
 高尾は密かに肩を落とした。予想はしていたが、やはり緑間は緑間のままだった。「特別」を期待する方が間違っていたのだ。胸にちくりと小さな痛みを覚えた頃、自転車は丁度校門を潜り抜けた。

***

 その日の学校は、クラスメイトや先輩たちからは祝われたものの、肝心の緑間からは今一つの反応しか得られないまま部活動が終わり、最終下校時刻を迎えてしまった。とぼとぼ自転車を引きながら校門を出る。緑間は先に待っていた。高尾は我先にと自転車に跨がった。
「早くするのだよ」
 少しだけ緑間の口調を真似て、笑ってみせる。すかさず緑間から「真似をするな」ときっぱり突っ込まれる。高尾はこのやり取りが好きだった。何故だか今日初めて満たされたような気さえした。
 高尾は、緑間が乗り込んだのを確認すると、ゆっくりと漕ぎ始めた。
 それからは不思議とお互い無言のままで、あっという間に緑間宅へと着いてしまった。道路脇に自転車を止める。
「降りていいよ」
 投げ遣りな態度だったと自分でも思う程に、ぼんやりとしていた。
「ああ。だが少し待っていろ」
 緑間はそう言うと自宅へ入っていった。高尾は何故呼び止められたのか分からなかった。そもそも帰路で呼び止められること自体が珍しかったのだ。
 約三分程で緑間は戻ってきた。
「高尾」
「なぁに」
「……黙って受けとるのだよ」
 緑間は目を逸らしながら、後ろ手に持っていたものを差し出した。高尾は目を丸くした。
「真ちゃん、これって」
 そっと差し出されたのは、見覚えのある洋菓子店の小さめの箱に入ったケーキだった。丁寧に可愛らしくラッピングされたそれを緑間が買うのにどれだけの苦労を要したのだろうか。
「もしかして、覚えててくれたの」
 淡い期待を込めて目を輝かせる。先程までの憂いがまるで嘘だったかのように急激に込み上げる感情が高尾の胸を躍らせた。そうっと覗いた緑間の頬は紅潮していた。
「……だったら悪いか」
 不器用で素直じゃなく、全く飾り気のない、非常に彼らしい返事だった。それでも高尾は嬉しかったのだ。
「真ちゃんありがとう、俺すっげー嬉しい!」

***

 11月21日の夜、部屋に戻ってから、高尾は箱に添えられた二つ折りのカードに気付いた。
 あの時は舞い上がってしまっていたから、すぐに気付かなかったのだろう。急いでそれを取り出し、開いてみる。するとそこには綺麗な字で「これからもそばにいてほしい」だなんて、普通は誕生日祝いに書く言葉じゃないだろうに。それが無性に可笑しくて、嬉しくて、ちょっぴり涙が出た。



不器用でいいよ
title:×××


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