出来た、一応。
少し苦いか、と思っていたが、あまり甘党ではない母に味見を頼んでみると、なかなかとの評価を頂けたので、帰りに買ったラッピング用の箱にケーキを入れて、準備万端、だ。
喜んでくれれば、良いが。
お菓子だネックレスだと、色々と貰いすぎてしまっていたのだ、私は。
私には、こんなものくらいしか、返せないけれど。
間桐先生が、笑ってくれるなら。
何故だか私がにやにやしながら生物室の前に立っていた。
衛宮先生は二度見をしてから分かりやすく避けて通っていった。
いざノックを、と手を伸ばした瞬間、とん、と誰かに右肩を掴まれる。
ひいい、と情けない声を出して跳ね上がると、あはは、という聞きなれた苦い笑いが聞こえてきた。
「どうしたの?」
ま、またこのパターンか。
はは、と笑い返しながら咄嗟にケーキの箱を後ろ手に隠してしまった。
とりあえず入って、と促され生物室に入る。
暖かくなってきたこの頃、もう流石にあの大きなストーブはかたかたと耳に残る音をたてていなかった。
「どうしたの?紅茶でも入れる?」
「う、あ、いえ、お、お構い無く」
後ろ手にしているケーキの箱を握りしめながら必死に首を振る。
た、タイミング、が。
渡すタイミングが、わ、わからない。
どういう顔をすれば、なんて言えば。
ど、どうしよう、ぜんぜん、分からない。
「どうしたの、名字さん」
困ったような笑いを浮かべながら顔を覗き込んできた間桐先生にひょおお、と奇声を発してから顔を背けてしまった。
本格的に焦ってくる。
冷や汗のようなものが流れてきて、最早退路すら無くなった。
所謂、手詰まりだった。
いっぱいいっぱいだったのだ。
裏返ったあの、という私の声が静かな生物室に響き渡り、間桐先生はえ、とすっとんきょうな声を出して後ずさる。
半ば突き付けるような形で箱を前に出せば、少し苦笑いを浮かべて箱を受け取った。
「お、おた、おた、お誕生日おめでとうございます」
「え、あ、ありがとう」
やらかして、しまった。
さあ、と血の気が引いて、元から静かな生物室は沈黙のせいで余計に重苦しい空気になった気がした。
我ながらなんてバッドタイミング。
箱を持ったまま驚いている間桐先生がちらりと見えたところで、心は完全に折れてしまった。
な、何か打開策を、練らねば。
「あ、あの、本当につまらないものですが、一応、少し、甘さは控えめにしましたから、あの、いらなかったら、捨ててしまって、構いませんから、あの、」
言い終えたところで、間桐先生は目を何度か瞬かせてこちらを見ていた。
だ、打開、できてない。
あまりに静かな空間に耐えきれず、恐る恐る間桐先生を見上げてみる。
すると、そこには、顔を背けて肩を震わせている間桐先生がいた。
思わずぎょっとしてあの、と尋ねてみると、目尻に涙を溜めるほど笑っている間桐先生が振り向いてごめんごめん、と謝る。
「ごめんね。あんまり必死だったから。表情もころころ変わってたし」
「そ、そんな、」
笑わなくても、という言葉は飲み込まれて、思わずお腹を抱えて笑っている間桐先生に見いってしまった。
め、珍しいやも。
「はあ、笑った。ああ、そうだ。これ開けても大丈夫?」
「ど、どうぞ」
どうやら笑い終えたらしい間桐先生は涙を拭いながらゆっくりとした動作で箱を開ける。
私はというと、そわそわしながらその様子をじっと見ていた。
「あ、チョコレートケーキ。これ、名字さんが作ってくれたの」
「はい、一応。あ、ち、因みに、甘さ控えめのビターです」
「そっか、ありがとう」
わ、あ。
時間が、止まった、と言ったら、少し、大袈裟かもしれない、けど。
相変わらず、綺麗な、笑い方。
なんか、役得、だ。
う、嬉しい、かも、しれない。
「あ、味の保証は、出来かねます、が」
ううん、と言ってケーキを箱に戻した間桐先生は、改めて此方に向き直って、ありがとう、と笑いかけた。
思わず、目を見開く。
そのあまりに綺麗な笑顔に動きを止めていると、気付けば、口が開いていた。
「わ、たし、いつも、貰って、ばかりで、何か、間桐先生に、返せないかと、思って、こんなものくらいしか、返せなくて、」
けれど、
「喜んで、もらえたなら、嬉しい、です」
その笑顔、だけで。
は、一人で、早口に。
ぱ、と口元を押さえてももう遅く、思わずうつ向いてしまった。
「俺だって、名字さんに、たくさん、貰ってるよ」
「は、あ、いえ、あんなクッキーなんて、勘定に入れないで下さい」
き、気を使わなくても良いのに。
おお、と赤面していると、間桐先生はおもむろに立ち上がり、電気ケトルを持ち出して紅茶を入れるね、と言った。
「嬉しいけど、流石にワンホールは食べきれないから」
は、としてから、直ぐに笑って、はい、と頷いた。
枯れないゴールデン・ベル
雁夜おじさん誕生日おめでとうございます
いやしかし盛大に遅れましたすみません