×雁誕 本編とは別時間枠






「た、誕生日、ですか」
「はい。誕生日、です」

どうやら明日は間桐先生の誕生日らしい。
目の前でにっこり微笑んでいる男性に、何故もう少し早く言ってくれなかったのだと理不尽かつ失礼なことを考えながら私は頭を抱えた。

あ、明日って。
プレゼント、を、渡した方が、いいの、か。
でも今は放課後の午後三時。
今から欲しいものは何ですかと聞いてしまったらあからさまだし、な。
ううん。

眉間にしわを寄せて悩む私に対して、男性は眉を下げて困ったような顔をしてこちらを見ていた。



「ああ、どうか難しく考えないで下さい」

「で、でも、私、間桐先生が、何を欲しいかなんて、そ、そもそも、私、考えてみれば、間桐先生のこと、何も、知らない…は、わ、私、間桐先生に、何か渡すなんて、恐れ多いこと、しても、良いのでしょうか」

考えているうちにみるみる体温が下がり行くのが手に取るように分かった。
いや、でも、私、本当に間桐先生のこと、何も。

泣きそうになりながら頭を抱えていると、何故か男性はくすくすと笑いをこらえているようだった。
思わず訝しげに見上げると、男性は目尻に涙を溜めながらすみません、と言って笑っている。
因みにこの場所は通学路の公園の側なので、外国人である以前に整った顔立ちの男性は注目の的となっていた。


「すみません、名字さん」
「そ、そんなに、笑わ、なくても。た、確かに私、些か気付くのが、遅かったやも、」


「いいえ。充分です」

涙を拭いながら顔を此方に寄せてきた男性に思わず後ずさると、男性はまるで小さな子供を諭すように、ゆっくりと口を開いた。


「その気持ちだけで充分です。ああ、そうですね、例えば、貴女の得意なことは何でしょうか」
「と、くい」

一口に、言われても。
生まれてこの方、運動もろくにしたことのない私が、得意なことと言えば、勉学が人よりも少しできる、ということくらいであった。
しかし、それはさして誕生日とは何ら関係のないことであるし。

いくら頭を捻ろうと、私には人様の喜ぶようなそんな大それた特技は無かった。

「と、とくに、」
「そうですか。では、趣味など、好きなことは」

趣味、か。
特技よりは、ハードルの、低い。
なんだろう、私の、趣味。

小首を傾けつつ男性に尋ねてみると、男性は苦笑しながらひとつ、と人差し指をたてた。

「お菓子作り、はどうでしょう」
「あ、たしか、に」


「カリヤづてに頂いたクッキー、とても美味しかったですよ」
「そ、それは、恐縮です」

綺麗な笑顔で言われてしまっては恐縮せざるを得ず、思わず畏まって小さくなる。

な、なんだかとても恥ずかしい空間に。
ひい、と縮こまって顔を背けていると、男性は少し楽しそうにしていた。

「どうでしょう、ここはひとつ、カリヤにお菓子を作って差し上げたらいかがでしょうか」
「あ、でも、間桐先生、甘いもの、苦手だって」

「またそんなことを。あの男は少しでも体重を増やさなくては。あれでは痩せすぎです」
「、はあ」


「ですから、名字さん、私としては、貴女の控えめで程良い甘さのお菓子をカリヤにプレゼントしてほしいのです」

ぴん、とたてられた指を突き付けられ、思わずどもってしまう。

甘さ控えめ。
誕生日の、プレゼント。
塩気とか、辛味、ではない。

じゃあ、苦、み。


「ビター、チョコ、ケーキ」

「それは良いですね」

お、お。
私にしては、なかなか、名案。
そうとなったら、早速、材料調達をして、準備せねば。

よし、と意気込んでいると、フランスの男性は柔らかく笑っていた。


「う、あ、ありがとうございました」

「いいえ。お役に立てたなら光栄です」

それでは、と一度深く頭を下げて少し小走りで近所のスーパーに向かおうとしていると、男性に小さく名字さん、と呼び止められ、ゆっくり振り向いた。



「此方こそ、ありがとうございます」

「、は、い?」

小さく紡がれたその言葉に、首をかしげてよく分からないまま返事をすると、男性はいいえ、と首を振り、それでは、と会釈をした。

どうしたのだろう、か。
首をかしげつつ時間確認のために携帯を開くと、もう少しでスーパーのタイムセール開始の時間で、焦って再び小走りをし始める。

さて。
がんば、ろう。
喜んで、もらおう。
どうせなら。

自然と溢れるにやにやした笑いをこらえて、ケーキの出来上がり図を想像した。




→続きます

というかまさかの主役未登場
もう内容も時間も色々とセウト

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