・龍ちゃんの水面下の話
「おはよ、名字さん」
「おはよう雨生くん」
初めて見たその瞬間から彼女ことが大好きだった。
チューベローズの秘密
「では、リュウノスケはその女生徒に恋をしているのですか」
「恋ねぇ。うーん、どうだろ」
どうもしっくり来ない。
果たして、恋とかそんな可愛らしい名詞で片付けられても良いものだろうか、これは。
確かに彼女の事は、見つけた瞬間に大好きだと思った。
容姿もそうだけど、笑った顔とか、勉強を頑張っているときの雰囲気とか、話すときにどもるところとか、もう大好き。
でも何が好きって、やっぱり、あの生徒会長や、数学の先生といるときのあの嫌そうな顔。
友人や自分と接する際とは違った、あの露骨に嫌そうな顔。
堪らなく好きだ。
「恋ってかね、ちょっと違うんだよね、なんか。そんなに可愛くないっていうかさぁ」
「可愛くない、とは?」
俺は小動物等を解剖したり、それから何かを作り上げたりすることも、それはそれで好きだ。
だからこうして旦那と放課後の美術室で、生物室からこっそり拝借した色々なものでそれはそれは美しい芸術品を作り上げている。
彼女に抱いている感情は、それに似通っているものがあった。
破壊衝動というか、創作意欲というか、別に彼女をヒトとして見ていない訳じゃないけど、他の人間と同じに見れないというか。
ぐちゃぐちゃにしてやりたいとも思うし、彼女という塊から何かを作り上げたいとも思う。
取り敢えず、あの顔を、あの苦汁を飲んだような顔を、自分もさせてやりたいと思ってしまう。
普通ではない。
その感情は。
それは雑誌で読んだような恋愛というカテゴリーからはおおよそ外れているシロモノであった。
「普通はさ、好きな子とキスしたい、とか、セックスしたい、とか、そういうこと考えるんだって。でも俺はあの子のこと、ぐちゃぐちゃにしたり、あの子で何か作ってみたくなったりするんだよね」
「そうですか」
俺が椅子をがたがたと前後に揺らしながら話すと、旦那は持っていたメスを腕と足を磔にされたカエルにす、と静かに入れた。
カエルはぐえ、と潰れたような声を出して、暫く暴れ回った後、事切れたようで動かなくなった。
それより話聞いてんのかな。
ぼんやりカエルを眺めていると、旦那が急にメスを振り上げて、此方に向けてきた。
思わずひ、と後ずさる。
「しかしリュウノスケ、それも形の一つではないのですか」
「え、何、形?」
「はい。この世には、献身的に愛したい者もいれば、対に、暴力的に愛したい者もいます。対象が異性であろうが、同性であろうが、人外であろうが、最終的には愛だとか恋だとか綺麗事で片付いてしまうものなのです」
「うーん、そんなもん?」
「いえ、言い切れませんが。それはリュウノスケ次第、ということなのではないですか」
俺次第、か。
うーん、と唸って、考えてみたけれど、やっぱり愛とかと破壊衝動というものはどう頑張っても相容れないものであった。
あの顔をさせてみたいけど、あの笑顔が見れなくなるのも嫌だ。
ううん。
しっくり来ない。
「ではリュウノスケ、例えば、楽しそうに笑っている彼女の顔が突然の出来事に苦痛で歪む瞬間、というのを想像してください」
「…えー」
頭の中に、薄ぼんやりと浮かんでくる、名字さんの笑顔が、苦痛に歪む、その刹那の光景。
ぞくりと、鳥肌が立つ。
旦那は楽しそうに笑いながら、ね、良いでしょう、と言った。
「…確かに、悪くはないかも」
「それこそが、リュウノスケの形なのではないですか」
形、。
考えた途端に、ぞくぞくと背中が粟立って、全身が震え出す。
「…旦那、」
「そうですよリュウノスケ。気付くことが出来たのならば、次は前進あるのみですよ」
にっこりと笑った旦那に勿論、と答えて、笑い返した。
・書きたかった水面下の話です
チューベローズ:危険な快楽