ね、ねむれなかっ、た。

見事なまでに。
まずベッドに入るまでに時間がかかり、ベッドに入ってからもなかなか寝付けず、冬だというのに薄明かりが漏れだしているのが見えた頃には、流石に焦ったものの、結局、きちんと眠りに落ちた時間は合計で30分程度だった。

案の定、目元はくまだらけで、顔色も漫画のような土気色だ。
わ、我ながら、何て最悪のコンディションなんだ。
母のコンシーラーやパウダーを拝借し少量だけ塗ってみたら、まだ見れるようになった。

おおお。
誰にも気付かれませんように。
そんなことを願いながら一日を過ごしたのだが、露知れず、クラスの女の子数名に気づかれてしまい、少し気分が沈んだ。

「名前、今日は間桐先生のところで勉強、と言っていたな」
「うん。そうだよ。化学だけど、あ、セイバーも来る?」

「いや、私は遠慮しておく」

セイバーは少し考え込んだような顔をしてから、また明日、と柔らかい顔で手を振った。
私は私でよく分からないままうん、また明日と手を振り返す。

セイバーと別れた途端、緊張の波のようなものが押し寄せる。
実のところ、セイバーがもしかしたら来てくれるのではないか、と少しばかり期待していた。
いや、二人なら二人でいいのだけれど、なんか、こう。
あれだけ散々セイバーや他のひとに間桐先生の存在を知られるのを拒んでいた自分に後悔した。

いや、いいんだけど。
なんか、こう。


「、失礼、します」

ドアの前で踏みとどまっていてもきりがないので、思いきって扉を勢いよく開いてみる。

う、あ、れ?
いない、の、かな。
奥を覗くように見てみると、窓際に誰かたっているのが見えた。

あれ、せい、ふく?
だれ、だ、ろう。
見覚えのある金髪、すらりとした長い足に、あの細い体。

あ、あれ、は。


「ああ、やっと来たか。遅いぞ名字、この我を待たせ」

ばん、と大きな音をたてて思いきりドアを閉めてしまった。
え、何、ここ。
生物準備室、だよ、ね。
ドアの上にあるプレートを確認してみても、この部屋は紛れもない生物準備室である。
なに、なんで。
というか、間桐先生は、いずこ。

おそるおそる、もう一度、ドアを開こうか否か、ドアノブに震える手をかけていると、背後から伸ばされた腕に、肩を叩かれる。
ひいい、と情けない悲鳴が口から飛び出て、心臓が跳ねた。

「あ、ごめんね。驚かせた?」

気絶するかと思うほどの衝撃が走り、ぎこちのない動作で振り向いてみると、困ったような笑みを浮かべた間桐先生がいた。



「な、なんで、いるんです、か」
「なんだ、不満か?」

それは、不満だ、けど。
まあ、何故か妙な安心感のようなものも心の片隅にあるかと聞かれればあるのだけれども。
そうは思っても、我が物顔で生物準備室に居座る生徒会長がどうも不思議でならなかった。

「いや何、貴様がこの部屋で勉学に励むと小耳に挟んだものでな、共にセイバーが来るのではないかと期待したのだが」
「う、そう、ですか。すみませんね、期待に、添えなくて」

「全くだ」

だったら勝手にさっさと帰れば良いじゃないか。
思ってもそうは言えずにぐぐ、と唇を噛み締めていると、まあ貴様がそこまで我から学びたいと請うなら教えてやらんこともないなどとほざき出した。

ほんと、なんだこいつ。

「はは、名字さん、会長くんと知り合いだったんだね」
「いや、何と言いますか、不可抗力と言いますか。す、すみません、せっかく教えて頂けるのに」

「いいよ。全然大丈夫。それに会長くん、凄く頭良いから」
「ハ、雑種のくせにわきまえているではないか、間桐雁夜」

このバカ生徒会長は。
でも、楽しそうに笑う間桐先生に何も言えず、う、と息詰まっていると、じゃあ始めようか、と間桐先生がテキストを広げる。

「具体的に、分からないところとか分野とか、ある?」
「あ、え、と、式の、変換が」

「ああ、それね」

すらすらと、問題を書き始める間桐先生の細い指先から目を離せないでいると、シャーペンの先で手の甲をぷすりと刺される。

ああもうなんだ。
ぎ、と隣にいる生徒会長を見上げると、小さな声であきたつまらん、と呟いてきた。
小学生か。
知りませんよ、と小さく返してから問題を解いてみる。
ペンが止まると、間桐先生はその問題について丁寧に説明してくれて、その度に生徒会長はつまらんつまらんと隣でがなる。
なら帰れ。

小一時間ほどその繰り返しで、日が傾いてきたころ、間桐先生はじゃあ、そろそろ、とワークやテキストを閉じる。
その頃には私と生徒会長は疲れきっていて、勉強が頭に入ったか入っていないかと問われればまああまり入っていなかった。

「…今日、一日、あり、ありがとう、ござい、ました」
「いやいや、役に立てたか」

「そ、そんな、と、とても、分かりやすかったです、よ、良ければ、また、お願い、しても」
「もちろん」

間桐先生の柔らかく綺麗な笑顔にぱああ、となっていると、生徒会長に制服の襟を掴まれ生物準備室から引きずり出された。

あああ、と名残惜しさに耐えながらそのまま外まで引きずられ門の辺りでべ、と放られる。

「ふん、締まりのない顔だな」
「な、も、文句言うなら帰ればよかったじゃないですか」

「只の気紛れだ」

む、むかつく。
なんだこいつは。
無視してとっとと帰ろうとすると、何故か後ろからすこし離れて生徒会長がついてくる。

嫌だなあ。
なんだろうなあ。
意を決して振り向いてみると、生徒会長は一定の距離を置いてぴたりと止まっていた。

「な、なんですか」

「貴様に共闘の申し込みをしてやろうと思ってな。この我が、貴様ごときと。喜べ」
「、きょ、共闘?」


「我は貴様の恋路に少なからずとも協力をしてやる。代わりに貴様も我の恋路に協力せよ」

ずばりと言い放たれる。
いや、始めから言えば良いのに、何故こそこそと。

というか、なんだ恋路って。
生徒会長のは取り敢えず良いとして、私の方はよく分からない。
そもそも何故申し込む側があんなに上目線なのだという話だ。

「い、いやですよ。会長のはいいとして、私、別に好きなひととか、い、いませんから」
「そう言うな。我には分かる。貴様、奴のことを好いておろう」

「だ、だれです」



「いや、貴様、どう見ようがあのディルムッド・オディナとやらを好いておろう。我はセイバー、貴様は奴。丁度よいではないか」

言葉も出せないうちに話はまとまっており、否定する私に生徒会長は照れなくともよいハハハハハ、と抜かして歩いていった。

ど、どうしよう。
わ、わけわからん。
なんだあのひと。
痛む頭を押さえ、家路についた。


・予想の斜め上を行く会長
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