翌日の放課後、という提出期限の設定は、一応セイバーを気遣っているのだろうか。
真実かどうかは定かではないが、そうであれば是非そうであってほしいと小さく思う。

「衛宮先生、これ、私のと、えと、セイバーの、です」
「ようやく出したか」

衛宮先生はふんだくるように私からプリント二枚を奪い去る。
ぎゃひ、とおかしな声が漏れて、向かいにいる言峰先生がば、とこちらを見てきた。
衛宮先生は見られるなと小声で随分無茶なことを言う。

微妙な顔で突っ立っていると、向かいにいる言峰先生が突然にょきりと手を伸ばしてきて、紙の束のような物を渡してきた。
衛宮先生は椅子ごと後ずさっていて、また微妙な顔になる。

「この資料を生物の、間桐先生に渡してもらえるか?」
「、は、ま、間桐先生ですか」
「そうだ。別に嫌ならいいが」

「い、行きます、行きますよ」

やった。
明らかに浮き足だった様子で言峰先生から資料を受けとる。
衛宮先生は早く行け、とかそんなことを言っていたけど、まあどうだって良いわけで。
顔が緩んでいるのは明らかに丸分かりだし、廊下を通ればちくちくと視線が刺さったけれど、それすらどうだってよかった。

自分は今、気味が悪いくらいに浮き足立っている。
理由も何もよく分からなかったが、我に帰ることもなく、ただひたすらに歩き続ける。

「し、失礼します。名字です」
「あれ、名字さんだ」

「あの、資料を、言峰先生から言われて、持ってきました」
「ああ、ありがとう」

間桐先生はあの柔らかい笑みを浮かべて資料を受け取る。
うお、と心のなかで変な声が漏れて、妙に焦ってしまった。

「あ、そう言えばさっきね、例のフランス人が来てたんだ。お菓子置いてったよ、ほら」
「ま、マカロン!」

「名字さんの話をしたらね、沢山買ってきてくれたんだ」

感嘆のため息を漏らしながら色とりどりのマカロンを見る。
コーヒーと紅茶、どっちがいい、と尋ねられ、少し考えてから、紅茶でお願いします、と言うと、了解、という声が聞こえた。

ストーブの上でかたかたと揺れるやかんの音を聞きながら、このお菓子たちを買ってきてくれる張本人であるフランス人の人を少し想像してみたら、私のキャパシティでは金髪でウェーブのそれはディルムッドさんのようなイケメンくらいしか思い浮かばなかった。
想像力の乏しさに苦笑する。


「う、あ、でも、先生、食べないから、困らない、ですか」
「いいよ。はい、紅茶」

「ありがとう、ございます」

今度はイギリスの紅茶だってあいつもよく分からないよな、と茶葉の入った袋を見つめながら間桐先生は眉をひそめて呟く。

そこで、小さな、わだかまり。
よくよく考えてみたら、いや、勘違いも良いところだし、自惚れも甚だしいかもしれないけれど、この人は、間桐先生は、何故だか、私に、良くしてくれているのではないか、と、少なからず思ってしまい、錯覚してしまう。
思わざるを得ないというか、考えていささか恥ずかしいが、出会って二、三度という割には、そういう気がしてならない。
生徒に人気が無いわけでもないらしいし、きっと。あれなら。

いや、しかし、そうなれば、誰にでも、こうなのかもしれない。
確かに、どれも、あちらから故意に誘われたものではないし、出向いているのは私の方だ。

結論は、そこへ至る。
少しの気恥ずかしさに苛まれながら紅茶を飲んで、色とりどりのマカロンをいただいた。

「おい、しい」
「それは良かった。でも、よくここまで派手に作ったよね」

「はあ、綺麗だと、思います」

難しい顔をした間桐先生は赤色のマカロンと睨み合いをしてから、ばくりと口に放り込んでいた。

「赤は、あまり好きじゃない」
「そう、なんですか」


「うん」

思わず、言葉を失う。
口元だけ緩めて、目元はどこか遠くを見つめている顔に。
ああ、普通に、綺麗だと、素直に思ってしまった。
実に不思議な感覚だ。

まあ確かに、間桐先生に赤は似合わないかもしれない。
遠坂先生には似合うやも。
少し考えかけて、途中で思考にストップをかける。
不謹慎、か。
いや、何も分からんけども。
知らないけども。なんとなしに、考えてはいけない気がする。

「名字さんは、緑とか、好きなの?リュックとか、キーホルダーとか、緑多いけど」
「は、はい、いや、緑、というよりは、深緑、ですが」

「そ。似合うね」

間桐先生は湯気のたつ紅茶を飲みながらさらりと言った。
心臓が、口から胃と一緒に飛び出るかとおもったのに。
紅茶を吹き出しそうになった口元を押さえ、どうにか飲み込んだものの、心臓が酷くうるさく高鳴っていて、汗が出てきた。

「そうそう、名字さん、次のテストだけどさ、名字さん?」
「う、!、は、い!テスト、テスト、ですね、はい、」

「?、最近生徒はみんな放課後になったらすぐ帰っているみたいだけど、名字さんは平気なの?」
「あ、もう、そんな時期でした、か、はは、忘れてました」

そうか、テスト、か。
あんまり頭に無かった、かも。

はは、と頬をかきながら乾いた笑いをこぼすと、間桐先生はきょとんとした顔で首をかしげた。

「一年って確か、化学は必修?」
「はい、そうです、が」

「俺、化学くらいなら出来るけど、良かったらどう?」

ちぎれんばかりに首をたてに振ってうなずくと、間桐先生は笑いながら明日にでも時間を空けておくよ、と言っていた。


紅茶も飲み終えて、生物準備室から出て、ティータイムのようなゆるやかな時間は終わった。

帰り際にふと思う。
まあなんて人の心臓を引っかき回してくれる人なんだ。
なんだろうか、こう、たぶん、好意、とかとは違う、たぶん。
驚いて、心臓が跳ねる、とか、きっと、そっちの方だ。

心臓のあたりを押さえてみると、未だに、ばくり、ばくり、と大きく脈打っている。
動きすぎて、破裂するのではないかと思うくらいだった。
冷や汗は止まらないし、脈打つ心臓も度が過ぎてきて、ずきずきと痛くなってきている。

よく意味の分からない痛みと、重くなる足を引きずって、家路についているときに、考える。
果たして今夜は、しっかりと眠れるのだろうか、と。

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