「おはようセイバー」
「ああ名前、おはよう」
「あ、ディルムッドさんだ。おはようございます」
「おはよう名字」
輝きすぎていて近づけない。
あまりに見目の麗しすぎる二人は朝から随分輝いていて、周りの視線を一点に集めている。
というかディルムッドさんなんで一年の教室いるんだろう。
セイバー本当もてるな。
しみじみ感心しながら自分の席につくと、頭の上にずっしりした何かが乗っかってきた。
「…ぐ、セイバー」
「い、いたいいたい、なに、」
「おい雑種、奴はなんだ。先程からセイバーが奴とばかり話し込んでいてこちらに気付かぬ」
それきっと気付いてるけど相手にされてないパターンだよ。
なんでこの人まで。
生徒会長は私の頭の上でぐちぐちと色々こぼしていた。
「し、知りません。いいから早くどいてください」
「我に命令するな。あのような顔だけが取り柄の奴のどこが良いと言うのだセイバーは」
「…違います。ディルムッドさんは性格も良いんですよ」
貴方と違って。
小さな声で言ったつもりが、聞き取られていたらしく、頭を肘でぐりぐりされた。いたい。
目尻に涙が浮かび、セイバーに助けを求めようとしたものの、他人の恋路を邪魔するのは如何なものかと思うので踏みとどまる。
かわりにとウェイバーくんにちらりと目をやると思い切りそらされて無視された。
「ええい納得いかん。我程の男が他にいると言うのか」
「…それはいないでしょうけど」
「分かっているな。雑種の割に」
言葉ってこわい。
私の頭上で上機嫌にして私の頭をばしばし叩いている生徒会長にそう思ってしまった。
それにしてもいやだなあ。
早く帰らないかなあ。
クラスの視線は麗しい二人からちらちらと私の頭上で愚痴を言っている金髪に集まってくる。
この人もこの人でよく知らないけど何故か人気があるらしい。
どこが良いのかさっぱりだ。
「あ、は、早く帰らないとホームルームが始まりますよ」
「確か、ここの担任は時臣であろう。ならば問題あるまい」
大有りだろう。
基準がわからん。
もう早く帰れよ。
未だ頭上で寛ぎきっている生徒会長をどうしようか頭を捻らせて必死で考えていたところ、突然頭の重みから解放された。
軽くなった頭を後ろに向けると、勢いが強すぎて首から変な音がした。それもこれもバカ生徒会長のせいだこんちくしょう。
「こんな所にいたのか」
「な、何をする綺礼。離せ!」
「名字、迷惑をかけた」
「こ、言峰先生」
きゅ、救世主。
貴方は神か。
生徒会長の襟首を掴んで片手で軽々と持ち上げている言峰先生に涙が出そうになる。
神父であり、聖書の授業をやっているとはとても思えない。
そのまま生徒会長を持っていった言峰先生が帰った後、セイバーが不安げな面持ちでやってきた。
「すまない名前。追い払おうとしたら、言峰先生がやってきて」
「いいよセイバー、大丈夫。私こそこの間セイバーに押し付けて逃げ出しちゃって」
生徒会長が完全に疫病神扱いで我ながら少し同情してしまった。
今度こそ必ず成敗すると意気込むセイバーに小さく笑ったりしているうちに、チャイムが鳴り先生が教室に入ってくる。
ざわり、と生徒が沸く。
教室に入ってきたのが見慣れた遠坂先生ではなく、全く見慣れない白髪だったからだ。
「遠坂先生が出張なので、今日一日このクラスを担当することになりました、二年生物の間桐です」
わ、間桐先生だ。
頭の中でテンションがぶわりと上がって、少しにやにやしていると、隣の席の雨生くんが楽しそうだね、とこちらを見て笑う。
うん、と勢いよく返事をしたものの少し気恥ずかしくなって顔がかああ、と熱くなった。
ホームルームは普通に終わって、生徒達の反応も普通で、話しかけにいく生徒もいれば、遠巻きに見ている生徒もいる。
私はと言うと、先日見付けてしまった二枚の写真を思い出してしまい何とも言えず微妙な気持ちになってしまった。
あの写真の事情はきっと少なからず普通ではない。
なんとなしに嫌なものを見付けてしまった気がしてならない。
「おはよう」
「お、おはようございます」
教室から去り際に、間桐先生はあの柔らかい笑いを浮かべながら挨拶をしてくれた。
たった一言。
何故かとても嬉しかった。
「へー、名字さんって間桐先生とも仲良かったんだ」
「い、え?」
「間桐先生優しいし、なんか可愛いよね。でも聞いたら彼女とかいないんだって」
「えー、まじで」
さっき、ディルムッドさんたちやあのバカ生徒会長に熱烈な視線を送っていた子達だ。
う、積極的、だ。
いや、でも、私クッキーもらったし、紅茶くれたし、さっきだって挨拶してくれたし。
意味の分からない対抗心を燃やしながら拳を握りしめていると、セイバーが目をきらきら輝かせながらこちらへやってきた。
「名前、件の先生というのは、あの間桐先生のことか」
「う、うん」
「私も是非知り合いたい」
お、思わぬ難敵。
セイバーすごく強いし、すごく綺麗だし、すごくもてるし。
というか、何だ敵って。
訳の分からない思考に頭を蝕まれてぐるぐるしていると、一時間目の古典の授業の担当、衛宮先生が教室に入ってきた。
セイバーは分かりやすく嫌そうな顔をして私を盾にする。
「おはよう名字、お前この前また宿題忘れてきただろう」
「え、出しませんでしたか」
「出ていない。いい加減にしないと成績下げるぞ」
「な、何でだろう。プリントやった記憶はちゃんとあるのに」
いつも、私は宿題をきちんと済ませるのに学校へ持ってくるのを綺麗に忘れてしまう。
急に、私の後ろから顔を覗かせたセイバーは考え込みながら恐る恐る口を開いていた。
「…え、宿題…、き、きりつ、あ、衛宮先生、私はその宿題をもらっていないのですが」
「…取り敢えず名字、お前の成績が九なのは全教科宿題の提出率の悪さのせいだ。そのくらいさっさと取り戻せよ」
「…え、と」
「衛宮先生!」
「仕方が無いから取り敢えず明日の放課後まで待ってやる」
「…あ、先生、私、その宿題無くしちゃったような、」
「何?無くしたのか、いい加減にしろよ名字」
ぶっきらぼうに私にプリントを突き出した衛宮先生はさっさと教卓に向かってしまった。
セイバーはとなりでとても悔しそうにしている。
何故、同居までしているのにここまでして仲が悪いのか。
半泣きのセイバーを慰めてプリントを渡すと、かたじけない、と涙声で言っていた。
ううん。
口をはさめない。
何も言えず、困惑したまま、いつもと変わらない一日が始まった。