クッキーおいしい。
高そうな缶に入ったクッキーを貰って食べていると、その人は紅茶まで入れてくれた。

甘い。
でも甘すぎない。
紅茶とよく合う。

「それ、凄く高そうだろ。フランス人の知り合いから貰ったんだけど、食べきれなくて」
「すごく、美味しい、です」

「よかった。沢山食べていいよ」
「ありがとうございます、あ、ま、まとう、先生」

「ああ、そう。まとうで合ってる。一年生は担当してないから分からなかったよね」
「い、いえ。あ、わ、たし、は、一年の、名字です」

「うん。よろしく」

間桐先生、か。
優しい。
遠坂先生のようだ。
どこかの数学の先生や古典の先生にも見習ってほしい。

机に置いてあるマグカップを持ち上げると、マグカップの影に写真立てが隠れていた。
綺麗な女の人に、小さな女の子二人と、間桐先生が、写真の中で楽しそうに微笑んでいる。

家族、かな。

「ご家族、ですか?」
「いや、この人達は違うよ」

間桐先生は目元だけで笑う。
触れられたい。
触れられたくない。
相反している。
確証はないが、そう取れる。

触らぬ神に祟り無し。
何も問わず、そうなんですか、と軽く返して、少しぬるくなったマグカップに口をつけた。


「ところで名字さん、甘いもの、好きなんだね」
「…は、」

気付いた頃には缶の中のクッキーは初めよりかなり減ってしまっていて、残り数枚になっていた。

「は、すあ、す、すすす、すみません、あああ」
「あはは、良いって良いって。どうせ残るところだったし、減ったから丁度よかったよ」

「い、いや、あの」

元々食が細いし、と手を振っている間桐先生を見てみると、確かに白衣から覗く手首は白いわ細いわ、ベルトもきつく閉めてるわズボンはだぼだぼだわ。

この調子でいくと、ウェイバーやエルメロイ先生並みに腰が細そうで、体重が軽そうである。

「それに、そのフランス人の奴がさ、俺はこういう外国の甘いもの苦手だって言ってるのに、何故かしょっちゅう甘いもの買ってきてさ。嫌がらせかと思うよ、本当」
「はあ、」

その人なりの気遣いなのでは、と小さく思ったが、言わないで心に止めておくことにした。


「ああ、もうこんな時間か。俺も授業だし、名字さんも、そろそろ教室に戻りな」
「はい」

「また食べに来てよ、お菓子」
「、はい」


ここへ来たときとは一変して、いやに浮わついた顔で、私は教室へ向かっていた。

間桐先生。
すごくいいひと。
あのばか生徒会長とか数学の先生にとか、古典の先生とか、見習えばいいのに、と切に思う。

にやつきながら教室に入ると、少し怒っているような顔のセイバーが入り口で待ち受けていた。

「名前…」
「わ、セイバー、そんな、な、泣くほど嫌だったの?」

「どうも、奴とは折が合わない。あの目付きが耐えられない…」

涙を必死に堪えているセイバーの肩をごめんね、と叩いてみたが、大丈夫だ、とセイバーは目尻に浮かんだ涙を拭っていた。
唇を噛み締めていたけど。

「反して、名前は何か良いことでもあったのか?表情から随分と浮わついているようだが」
「うん。生物の先生に、会ったの。メロンパン譲ってくれてクッキーくれて、紅茶くれた」

「わ、私も是非知り合いたい」

目を輝かせながら言ったセイバーにまた今度ねなどとはぐらかした言い方をしてしまった。
いや、なんとなしに、誰にも教えたくないというか、もにょ。

あのクッキー美味しかったし。
今度是非、と意気込んでいるセイバーにふふんと笑ってみせて、クッキー美味しかったと自慢話をしていい気になっている最中、とん、と背中を叩かれた。

「あのー、取り込み中悪いけど、数学の宿題出してないのあんただけだって、エルメロイ先生から言伝てもらったんだけど」
「え、は、私出さなかったっけ。ウェイバーくん知らない?」

「知るかよ。エルメロイ先生かんかんで、僕までとばっちり食らったんだぞ。早く出せよ」
「わ、行きたくな。ウェイバーくん代わりに出してきてよ」

「嫌に決まってるだろバカ」

ウェイバーくんはつれない。
むくれながらウェイバーくんを睨む。そのまま教室を出る際、ウェイバーくんにお前が悪いんだろ、と癇癪を起こされ蹴られた。

セイバーには急かされ、ウェイバーくんには蹴られ、実に微妙な気持ちで職員室へ向かう。

「し、失礼します。あの、エルメロイせ「遅いな」

「す、わ、す、すみません」

ドアを開けた瞬間エルメロイ先生のアップが見えて、思わずどもりながら後ずさった。
エルメロイ先生は舌打ちをして、来なさい、と先生のきっちり整頓された机に連れていかれる。

おっかない。
半ば泣きながら着いていくと、エルメロイ先生の斜め向かいに座っている現国の遠坂先生が苦笑を浮かべてこちらを見ていた。

「今回、このプリントを提出していないのは、私の受け持っているクラス合わせて百二十一名中、見事に君一名だけだった。寧ろ称賛に値するくらいだ」

くどくどくどくど。
長々と嫌みを含んだ説教を聞かされ、泡でも吹き出しそうな気分になっていたところ、馬鹿みたいに重い資料をを持たされる。

「これを教室まで持っていけ」
「う、わ」

ひいひい言っていると、早く行かないかね、と促される。
くそう。
何も言えず渋々帰ろうとしていると、斜め向かいから名字さん、と柔らかい声がした。
声のした方へ寄る。

「このプリント三十枚、持っていってくれないか」
「…え、」

「ああ、手が塞がっているね。なら、その資料は私が持っていこう。君はこちらを頼むよ」

小さな声で呟いた遠坂先生にぶわりと涙が溢れそうになった。
ありがとうございます、ありがとうございますと何度もお礼を言って頭を下げると、目に入る、どこか、見覚えのある、写真。

見覚えのある女性と、女の子が写真の中で、微笑んでいて。
瞠目する。

「ああ、妻と娘だよ」

う、わ。
涙が汗になったのか、吹き出すように冷や汗が流れてきて、心臓がきりきりと痛くなった。

なにそれ。
なんだそれ。
わけ、あり?
いや、そんな、いくらなんでも、重苦しい上に、深すぎる。
何も、ありませんように。
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