「す、わあ!」
「目が覚めたか」

「が、こ、言峰、せん、せい」

突き刺さるような寒さに、目が覚めてがばりと体を起こすと、そこは見知らぬ場所だった。
体はかなり気だるくて、異常なまでの寒気がする。

あ、れ。
私、何故、ここ、に。
きょ、教会、かな。
というか、何故、言峰先生が。
辺りをぐるぐる見回しながら、お腹の辺りにかけられていた誰かのブレザーを持ち上げて、言峰先生にあの、と言った。

「な、何故、私は、ここに」
「どうやら熱を出して倒れたらしい。ギルガメッシュが君を抱えて血相を変えながらここに走ってきた時には驚いたよ」

「あ、生徒、会長、あ」

そう、いえ、ば、飛んでいた記憶が、断片的、に。
途端に、冷や汗が尋常ではないくらいに吹き出してくる。

そう言えば、私、は、間桐、先生、に、嫌われ、て、それで。
、あ、と息詰まって、口が開く。


「どうした、気分が悪いか?」
「い、え、す、みま、せん、ご迷惑を、おかけしまして」

「構わない。連れてきたのはギルガメッシュだからな」

いくら生徒会長と言えど、流石にお礼を、しなくては。
状況の整理を一通りしてみて、一度息をついてみたものの、間桐先生の、あの寒気のするような表情を思い出しては撃沈する。

何か、してしまったのだろうか。
考えても考えても、心当たりは全くと言って良い程無い。
浮かれすぎていただろうか。
そうだ、確か、ネックレスが似合わない、と言われた。

何故だろうか。
私はいったい何故、嫌われてしまったのだろうか。
考えれば考える程、泣きそうになって堪えるの繰り返しだ。

直接聞くにも、土日を挟んでしまったら、もどかしい。
そわそわしながら言峰先生におそるおそる尋ねてみる。


「あ、あの」
「何だ」

「ま、間桐、先生の、自宅は、どこでしょう、か。お借りしていた物が、ありまして、今日中に、返さないと、ならないんです」
「…それなら私が返しておいてやろう。君は体調が優れないだろうし、帰りに通るからな」

「いえ、あの、自分で、行きます。だ、大丈夫です、から」

そうか、と言った言峰先生はメモに地図をかいてくれた。
ありがとうございます、とメモを握り締めながら小さく会釈すると、言峰先生は軽く口角を上げて薄く笑っていた。




「…生徒会長」

「なんだ、貴様か。明日は練習試合ではないのか。こんな場所で油を売ってセイバーに恥をかかせでもすれば我が許さぬぞ」

苛々苛々。
名字は無事だろうか、明日の事はどうすべきか。
考えるだけで頭痛がしてくる。
名字の馬鹿めが。
肝心な時に使えん奴だ。

その様なことを考えながら歩いていると、目の前に嫌と言う程に見続けてきた男が立ちはだかる。

「雑種風情が我の前に立ちはだかるだと?弁えろ」

「気に障ったのならすまない生徒会長。しかし、一つ聞いて、答えて貰いたいことがある」

思わず眉を上げる。
奴とは、セイバーや名字の近くに居るのを何度も見掛けたが、自身と言葉を交わす事は片方の指で事足りる程の回数であった。

その精悍な顔付きを睨め付けていると、奴は眉一つ動かさない顔で此方を見据えてくる。
少しの沈黙を肯定と受け止めたのか、奴は浅く息を吸った。



「生徒会長が、好意を寄せている人物は誰だ?」

「ハ、愚問だな」

改まって何を言い出すかと思ってみれば、これか。
何を今更。

「答える余地すら見出だせん」
「その様子だと、セイバーに好意を寄せていると」

「当然だ」

奴は表情を変えない。
いい加減、沸々と泡立つように鬱陶しさが沸いてきた。

奴は、何を言いたい。
何を秘めている。
何故核心を口にしない。

「…貴様、腹は何だ」


「生徒会長、お前は、セイバーを通して何を見ている」

「戯れ言も程々にしておけ。雑兵よ。我には、」

言い掛けて、口が動かない。
そうだ、我にはセイバーしか見えていない筈だ。
分かりきった答えではないか。
そうでなくてはならないのだ。

そうでなくては、ならない?
それは、何故だ?

理由が、要るから。
浮かんできた考えを頭から取り払うように奴に吐き捨てる。

「…随分と見くびられたものだな。貴様如きの甘言なんぞにこの我が靡くとでも思ったか」
「言い切るか」

「…何」


「今一度問う。セイバーを介して、見えている人物は誰だ」

セイバーを通して、見えていた人物、など、我には、そんなものは、いては、ならない。

脳裏に、先程自身が抱えて走った女生徒の姿が浮かんだ。
駄目だ。
あれではない。
今脳裏に浮かぶべきは、只一人で充分な話なのだ。

「生徒会長、」
「…黙れ、煩わしい」

「先程、中庭で二人を見掛けたが、あの状態の彼女の傍らにいてやらなくてもいいのか」

真顔で問うてきた奴の顔を最後まで見ずに、気付けば体は踵を返し小走りになっていた。

そう。
奴にブレザーを貸してやったせいで我が冷えるではないか。


「…言っておくが、奴に貸したブレザーを返して貰うだけだ」
「、そうか」

ふ、と薄い笑いを浮かべた奴が気に喰わなかったが、足を止めずに無視をすることに決めた。




「行きましたか」
「ああ」

「すみませんディルムッド。本来なら、私が彼に話すべき筈の事だったというのに」
「いや、気にするな」

ディルムッドは困ったようにはにかんで、そう答えた。
態々手を煩わせてしまったことに申し訳無さを感じてはいるが、ディルムッドだからこそ話が通ったのではないか、と思う。

あの性格だ。
私自身が、只の勘違いだと告げた方が気に障っただろう。

「しかしどうやら、気付いていなかったのは当の本人達二人だけであったようだな」
「はい。私は彼らと長い間共に居ましたが、そのうち気付くようになりました、彼の本意に」


「寂しいか、セイバー」

不意に尋ねられたので、思わず返答に詰まってしまう。
寂しいかどうか、と尋ねられれば、それは、少し。

曲がりなりにも、相手はあの性格の生徒会長である。
少々、名前を奪われてしまった、という気持ちに苛まれた。

しかし、それよりも以前に、安心していることが一つある。
名前本人には暫く口に出来そうもないが、少し、違和感を覚えた、というよりも、嫌な予感がする、と表現した方が良いか。


あの、生物の教師。

「私は、名前が幸せであれば、何があっても、それで良いです」

只の、予感であれば良いが。

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