雛の声

(お題:階段 青年 ハーフorクオーター)




「お兄さん、危ない」
「へ?」

ガシリと勢い良く腕を後ろに引かれて、俺は盛大に尻もちをついてしまった

「いっ!?」
「ごめん。でも目の前、階段だったから」

ケツは重症だが、他はなんともなさそうだ
俺を引っ張った張本人は悪びれもせずあっさりと謝ってきて、いてて…とその声の先を見上げれば、瞳の色が左右で違う青年が俺を見下ろしていた

まあ、青年の言った通りで。俺はあのままケータイをいじり続けていたら多分、階段に気づかないまま足を滑らせて落ちていただろう

「お尻、平気?」
「え、あ…ああ。ありがとうな」
「いえ、別に」

今度もまたあっさりと、何事もなかったかのように青年は言葉を発し
じゃ。と、くるりと踵を返して去ろうとした腕を今度は慌てて俺が引く

「ちょ、待って待って!」
「…何」
「これでなんか買えよ」

すかさず俺は財布から1000円を渡す

「いらない」
「いやでも…俺、今日大切な物がカバンに入ってて…君が引っ張ってくれなかったら壊れてたかもしれないし、俺のほんの気持ちだと思って」

受け取ってよ…な?なんて後押しすれば、渋々と青年は諭吉を受け取ってくれたかと思ったのだが

「…じゃあお兄さん、この1000円で珈琲奢って」
「…珈琲でいいのか?」

ケーキでもサンドイッチでも何でも付けるぞ?

「これからカフェに行こうとしてたからちょうど良い」
「分かった」
「お兄さん、仕事は?」
「今日は早上がりだったから平気だ」
「そう」

薄っすらと青みがかった目が俺を見つめて、遠くに離れる

「そこのスタバがいい」
「了解。青年…名前聞いてもいいかな?」
「…ヒミツ」
「えっ」

青と薄茶がふんわりと笑った

「きっと笑う」
「い、いや人の名前聞いて笑わないよ」

ふるふると彼は頭を振った
髪も色素が薄いのかキラキラと光を反射して綺麗だ

「お兄さん、珈琲」
「ああ、行くか」

俺はカバンを再度しっかりと握り直して歩き出す
そんな俺の隣りに青年はちょこんとついて来て、ポツリと喋る

「…Nachtigall」
「え?」
「鶯って意味」
「うん?」

意図が読み取れず俺は首を傾げる
うん?なんて?

「名前」
「名前……え、君の?」
「うん」

笑うなんて言ったからどんな和名なんだよ!って思ってたらそんなこと全然なくて、それどころか思ったよりもしっくりなその名前に何だかすごく惹かれてしまった

「すごいかっこいいじゃん!」
「そう…かな」

わわわ!

照れ隠しですぐそっぽを向いた青年の耳が赤く染まっていたのを、俺は見逃さなかった
同時に、綺麗な名前をした青年に心揺れ動かされているという事に俺はまだ気がついていないのだった。









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