濡れた街にて
(お題:雨の日 傘 帰り道)
雨だってのに性懲りも無く街へ出る。
待ち人がいるわけでも行く当てがあるわけでもない、ただ毎晩こうしてネオンに包まれて騒がしい街へ繰り出してしまう自分は、まるで光に群がる虫だなと小さく嘲笑が零れた
きらびやかに着飾った女たちが肥えた男たちと共に店に吸い込まれて行く
傘も差さずにふらふらと歩いていた俺を変な奴だと思った人達は怪訝な顔をして道を譲る、逆に自分の売り上げにしようと媚を売ってくる女もいた、けれど今やもう誰一人として自分の店に連れ込もうなんてしてこない、むしろ俺が歩けば残飯やお菓子など餌付けしてくる日々だ。
「あ〜!子犬くん今日雨降ってるんだよ〜?知ってる〜??」
「知ってるよ」
「じゃあ何でカサ差してないの〜?あ、お金ないんでしょ〜も〜しょうがないからお姉ちゃんがカサ買ってあげる!」
「いいよ、いらない」
俺を見かけたら必ず声をかけてくる1人のこの女性は、多少馬鹿だが俺をペットかなにかと考えているのか“子犬くん”なんて呼んでくる
「ばいば〜い!子犬くん明日ね〜!」
「バイバイ」
結局彼女に連れられビニール傘と今日の晩ごはんだよ〜とか何とか言いながらおにぎりとインスタントのみそ汁まで買ってもらい別れた
しばらく雨に打たれたからだろうか、体が冷えてきた。そろそろ帰ろうとネオンの街を背にして歩きだした時だった、小走りに走ってきたスーツの男とドンッとぶつかる
「うわっ」
「わっ!」
コンビニ袋と傘がボトリと手から落ちた
「わ、ごめん!君大丈夫?」
スーツの男は少し慌てて俺の手を取り起き上がらせてくれる
なんだか焦っているようだ
「おっさん、何かあったの?」
「おっさ……お兄さんちょっと追われてて」
まだ自分はお兄さんだと言い張るこの男は、はははと乾いた笑を零しながら後ろを気にする
「…あ、あれ追っ手じゃない?」
「え、うわ!」
よく漫画とかで見るスーツを着込むが柄の悪さがダダ漏れの男たち数人が、きょろきょろと人を探すようにしてビルの角から現れた
なんでか俺はこの焦っている男に興味が湧いてしまった。何をして追われているのか?今時無銭飲食などする輩はそうそういないし、そもそも品の良さそうなスーツだ、そんなことしないだろう。だとすると店の娘に子供でも作ったかな?なんて下品な事を考えながら、俺は目の前の男をグイと引き寄せる
「へ、」
間抜けな声を唇で覆い塞ぐ。
ちょうどいいやと、傘で顔を隠しつつ唇を貪ればまるで恋人のようだった
俺達のすぐ横を追っ手の男たちは駆けて行く
「…行ったみたい」
「な、なななな」
「いいじゃん、助かったよおっさん」
わなわなと何か言いたげに口を開閉させたが、堪忍したのかはあと息を吐いた
「君、歳は?」
「22」
「…未成年じゃなかったのか」
「あらま、俺そんな若く見えた?」
「やることもガキっぽい」
俺は思わず目をぱちぱちさせてしまった。この人からガキだなんて言葉が出てくるとは思わなかった、よけいに面白い
「その割りにはテンパってたじゃん」
「知らない人から急にされたらびっくりして当然だろっ」
彼は鞄から綺麗に畳まれたハンカチを出すと俺の頭を撫でる
「濡れたね、悪かった…えーっと、ご飯でも奢るよとりあえず行こうか?」
「誘ってんの?」
「飯にな!」
「ちぇ」
「…君、名前は?」
いつもと一味違う輝きをキラリと見せたネオン街。
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