花言葉は吉報



ATTENTION:これは内輪ネタ。焔袈埜ちゃん、南羽無ちゃん、比奈野結愛ちゃんはコラボしてくださったお友達の夢主です。



 白蘭を筆頭とするミルフィオーレファミリーが台頭して、僅か1年足らず。イタリアのみならず、大国の裏社会を次々と把握していくその勢いを、誰が予測できたであろうか。1世紀半、10代に渡って誇り高きイタリアンマフィアの頂点であったボンゴレファミリーも、いまやその権威を脅かされている。ジャッポーネがボスの座に就いたのが間違いだった。そう囁く声は止まない。そんな中、悪い流れに拍車をかけるように、ボンゴレファミリーの権威の象徴であるボンゴレリングがドン・ボンゴレ自らにより破棄された。


―― 20XX年 イタリア ――


 ジャッポーネがボンゴレ10代目に就任してから早や数年。虹の守護者である沢田葵は、本部の廊下を速足で突き進んでいた。彼女もまた、歴史あるボンゴレファミリーの異例。100年ぶりの虹の守護者として広くその名を知られている。しかし2日前、ボンゴレリング破棄の命令を果たし、その権威の象徴はすでに無い。

「イリデ、よくボンゴレ狩りを掻い潜ったな」
「なんとか。綱吉はどこ」
「ボスは10時より来客の予定があった。雲雀が同席している」
「やっぱり選ばれたのは恭サンか……ちなみに来客は誰?」
「さあな。ボスが直接アポを取ったのか我々で確認できなかった」

 白い髭を生やしたその男は、前代からボンゴレファミリーを支えてきた上層部の者である。葵は片手を上げるだけの合図で彼を遠ざけた。
 応接室は空だった。つまり来客はボスの個人的なものである。本部の最上階に設けられたボスのプライベートルームを前に、葵は足を止める。

「"沢田綱吉は死んだ"と、彼らミルフィオーレに示したい。そこで、ツナ君を打つ銃をすり替えなきゃいけないんだけどそれをどうするか……」

 そして声かけることもせずにドアを開け放った。音をたてて開き切ったドアを厭わしそうににらみつけるは、ボンゴレ雲の守護者である雲雀恭弥。会話を遮られて目を丸くしているのは、葵も顔を知る入江正一。そして、さも、葵が来ることを分かっていたような顔をしている男こそが、ジャッポーネのドン・ボンゴレ、沢田綱吉である。

「……私がやる」

 綱吉と雲雀、そして敵のミルフィオーレファミリーに属するはずの入江が揃って話をしている。血の気の多い男であったら、今ここで迷わず入江を撃ち殺していたはずであろう。だが、葵はなぜ入江が何食わぬ顔をしてここにいるのか、問いただすことはしなかった。

「葵さん!いつから聞いていたんだ……」
「たった今よ。……敵を欺くなら味方から? なるほどね、恭サンなら事実を知ってても態度に出ない」
「まあね。いいからドア、閉めてよ」

 雲雀は切れ長の目で葵をにらみつける。しかし彼女は雲雀の殺意を歯牙にもかけずに綱吉の隣に腰を下ろした。一人、穏やかな表情を保つ綱吉に、今度は葵が厳しい視線を向ける。二人の再会は半年ぶりだった。ボンゴレファミリーが緊急事態に陥ってから、帰国が困難になった綱吉に代わって葵が日本支部の指揮をしていたのだ。

「イタリアに来るのは明日だって聞いてたから、驚いたよ」
「その顔は驚いてない。驚いてるのはこっちよ。入江正一、あんたを付けていて正解だった。白蘭を出し抜こうってのね?」
「そうだ」
「それで綱吉に死んだふりをさせると? 正気?」
「勝算があるんだ」

 怪訝な顔をした葵だったが、入江を攻撃する気持ちはなかった。彼もそれを察したのか、綱吉と雲雀に目配せをしたのち、落ち着いた声で葵に説明を始めるのだった。場数を踏んできた彼女なら、到底賛成しないような方法。だがそれは、白蘭により途絶えさせられようとしているこの世界の未来を救うたった一つの道。話が核心へと進むにつれ、葵は目を大きく見開いた。

「炎も使えない10年前の私達を白蘭と戦わせるって……」
「本気だよ」
「誰も賛成しないよ」
「皆には言わないまま入れ替えを遂行する」

 綱吉の表情に恐れはなかった。葵はしばらく沈黙を保ち、頭を掻きむしった後に強く頷いてみせた。彼女自身、勝算があると納得しきったわけではない。だが、葵がイタリアに戻ってきた理由――イタリアにおける戦局の悪化を前に、もはやボンゴレファミリーが取れる打開策など限られていた。イタリアではボンゴレ狩りが進行し、すでに多くの仲間が死んでいった。

「それで、ツナ君を殺す演技を葵さんがやるって、どうするつもりなんだ」
「私がミルフィオーレに潜入するしかないでしょ。自分のボスである綱吉を殺して、たとえ敵が誰一人として私を信用しなくても、白蘭の服従を示せればいいの」
「それは……葵さんが何も知らないボンゴレの仲間から不用意に狙われる危険がある」
「そのときは6弔花の君が守ってよ」

 冗談めいた声で葵が言う。戸惑う入江だったが、ようやく垣間見えた葵の朗らかな表情に安堵していた。だが、その時、綱吉だけが笑顔を殺した。葵も入江も、あくびを零していた雲雀も、綱吉の変化に気付いて真剣な表情を取り戻す。
 ただでさえ、ミルフィオーレとの戦いで多くの仲間を失ってきた。こんな状況で、仲間同士の争いが生じることを綱吉は嫌う。無駄な犠牲も嫌う。葵は自分のボスのことはよくわかっていたうえで、それでも言葉を続けた。

「仲間に殺されるほど間抜けじゃないわ。それに、私が演技で綱吉を撃つと他の人間が知っていたら、皆が綱吉は死んでないと分かって状況を油断しかねない」
「……俺を殺したと知られれば、誰もが葵に失望するだろうね。隼人も、山本も、守護者やファミリーだけじゃなく他の人たちも」

 厳しい声が葵を問い詰める。10代目ファミリーは彼らが中学生の頃に結成され、以来、様々な壁を共に乗り越えてきた。しかし、ボスの殺害行為は10年間で築いた仲間からの信頼を一瞬で打ち砕くだろう。なにより、綱吉と葵は家族だった。

「仲間に憎み蔑まれる程度の苦痛、死んでいった仲間の苦しみに比べたら痒くもない! ……たとえ彼らに失望されても、私の中の虹は消えやしないわ」

 ボンゴレ虹の守護者。その使命は、ファミリーの架け橋となること。しかし葵の選択は、自分とファミリーの架け橋を断つことに等しい。それゆえ、裏切りの覚悟は、誰かを守ると決めた時の覚悟よりはるかに強いものとなる。背負うものも、失うものも、やさしいだけの覚悟の比にならない。綱吉も、葵も、この10年で、特にこの1年で、身をもって知った。だからこそ、自分たちに可能性がないことを痛感し、過去の自分たちに託すと決めたのだ。やさしい彼らは、きっとすべてを許すだろう。

「任せるよ」

 沢田綱吉と沢田葵。二人は、ボンゴレボスとその虹の守護者に交わされた忠誠それ以上に、決して侵されないもので結びついている。そこにあるのは確固たる愛。ボンゴレの虹は消えない。


*=*=*=*


 イタリアで追い詰められ、沢田葵がミルフィオーレに転覆した。彼女の配属先は、ミルフィオーレ日本支部。その一報は瞬く間にボンゴレファミリーの末端にまで行き渡った。とある守護者は憤り、ある守護者は嘆き、ある守護者はそれでも彼女を信じようとした。さらに半月後、ボンゴレファミリー本部が陥落。日本に亡命したかのボスは、冷静だった。信頼している右腕も連れずに、雇って日が浅い護衛5人とともに交渉のためにミルフィオーレとの会談に挑んだ。皮肉にも、沢田綱吉を迎え入れたのはボンゴレファミリーを裏切った沢田葵だった。


「裏切ってごめんなさい。でももう、ボンゴレに未来はないの。だからせめて、皆が残りの時間を家族と過ごせるように、白蘭様にボンゴレ狩りの範囲を縮小するように掛け合ってあげるわ。あなたは葬儀にも参列してくれたし、知っているだろうけど、私もボンゴレ狩りで母を亡くした身。カタギの人が死ぬのは、悲しいの。本当よ。私達、家族だったでしょう。だから安心して」


 白昼、大胆に2発の銃声が響いた。交渉のために赴いたはずの沢田綱吉が口を開く間もなく、沢田葵が彼を殺した。5人の護衛が慌てて彼女に応戦しようとするも、周囲はすでにミルフィオーレの戦闘員に囲まれていた。成す術なく5人の命が奪われると、沢田葵はミルフィオーレの者に見せつけるように、血の海に沈む沢田綱吉にもう3発撃ち込んだ。優しい言葉をかけて殺す、敵に対して情のない姿。彼女もまた、マフィア界の異端児ジャッポーネであったが、彼女はたしかに今『マフィア』だった。

「貴様、仮死弾ではなかろうな」

 だが、沢田葵の戦術は広くよく知られている。彼女は特殊弾をもって敵を翻弄する。その中の一つに、半永久的に仮死状態になる仮死弾があった。なぜ仮死弾を選ぶのか。『不殺の女王』と揶揄されることもあるが、仮死状態で敵を捕らえ、その後相反する特殊弾で生き返らせては拷問にかけるためである。
 ミルフィオーレファミリーにおける沢田葵の信用度は、まだ無いに等しい。顔に傷一つつけることなく、腹部で動きを抑え、心臓で留めを刺す的確な殺し方で沢田綱吉を仕留めても、演技ではないかと疑われるのだ。
 どこからともなく疑いの声を上げた男に、沢田葵は銃口を向け、相手が目を見開いた時にはもう引き金を引いていた。脛を撃たれた男は、うめき声をあげてその場に崩れていく。

「あなたがいま生きていることが証拠よ」

 戦闘員たちのざわめく声の中、ホールに気味の良い拍手が響く。沢田葵と、沢田綱吉の亡骸を囲むようにしてできた人だかりがみるみるうちに割れていく。戦闘員たちの間から笑顔で現れた男こそ、ミルフォーレボスの白蘭だった。

「ミルフィオーレファミリーに、ようこそ葵チャン。まさか本当にやってくれるとはね! 思わずイタリアから飛んできて正解だったよ。ま、とんぼ返りしなきゃだけど、今晩は祝杯をあげよう」

 思いがけない白蘭の登場に、沢田葵は大人しく銃を仕舞った。沢田綱吉の流血によってできた血の海に、水遊びのように入っていく白蘭は、その亡骸の上で彼女に握手を求めた。

「本日より、ホワイトスペル所属第18ジャッジョーロ隊を新設し、キミを隊長に任命しよう」

 そうして握手の後に、沢田葵の前に差し出された白いアイリス。ジャッジョーロ。想定外のプレゼントに、沢田葵は眉をひそめた。

「花言葉は、吉報」

 沢田葵にとって、白いアイリスこそかつてボンゴレ虹の守護者としての象徴だった。


*=*=*=*


 沢田綱吉の訃報がボンゴレ日本支部に飛び込んできたのは、沢田葵が引き金を引いてから30分後のことだった。沢田綱吉を会談の会場まで連れていった運転手が、沢田綱吉とその護衛5人の亡骸を乗せた車を走らせながら支部にいる守護者へと報告を入れたのだ。しかし会談の場で沢田綱吉の身に何がおきたのか、その運転手は知らない様子でひどく動揺していた。
 基地でボスの帰りを待っていた雨の守護者、山本武は先日父親をボンゴレ狩りで亡くしたばかりで、続くボスであり親友である沢田綱吉の死をその亡骸を見る時まで素直に受け入れきれずにいた。悪い冗談はよせと運転手を叱るつもりだったが、車が基地へ戻り、山本武が駆けつけたときにはもう、運転手すら死んでいた。後部座席には5人の護衛の亡骸が無造作に積み上げられていて、ドアの隙間から血が滴った痕もある。山本武はその時すでに絶望していた。悪臭で満ちた車に乗り込み、一番後ろの座席をのぞくと、仰向けで横たわり、眠るようにして死んでいる沢田綱吉がいた。今にも目覚めそうなほど安らかな彼の表情に、山本武は涙を流すこともできない。その胸元に血で濡れた白いアイリスが添えられていることに気付き、ボンゴレに背を向けたあの女の顔が浮かぶ。
 本部が陥落し、葵が転覆したところで、ミルフィオーレによるボンゴレ狩りは終わらない。運転手を殺したのは時限式で発動する匣で、炎の切れた雲属性の毒蛇が鹵獲したところで使い物にならない状態で見つかった。一方、もう一つ匣が助手席に転がっていた。ミルフィオーレはボンゴレの行動全てお見通しだとでもいうように、その匣の属性は雨。鬼が出るか蛇が出るか。躊躇いを押し殺した山本武は、会議室で待つ他の守護者――嵐の獄寺隼人と、雪の比奈野結愛を巻き込むまいと、その場で開匣することを決めた。そこから現れたのはイタリア語のメッセージ。交渉の決裂と、沢田綱吉の死、そしてわずか1分で終了した会談のすべてが炎の文字で記されていた。

「あいつら、ツナに手をかけた奴までご丁寧に教えてくれたさ」

 山本は場の安全を確認してから、獄寺だけを呼んだ。結愛に見せるにはあまりにもむごい光景で、山本は今以上に結愛が憔悴してしまうことを避けたかったのだ。沢田綱吉を殺したのが沢田葵であることを、できれば彼女に知らせたくなかった。しかし、獄寺ともめながら彼女も車庫へとやってきた。結愛の頬にはすでに涙が伝っている。獄寺は、沢田綱吉の亡骸を前にひざから崩れ落ちた。いつもの獄寺であれば、激昂していただろう。だが、獄寺も結愛も、沢田綱吉の手にあるアイリスを一目見てすべてを悟ってしまう。山本が開匣した匣からは、続いて映像が炎に投影される。間違いなく、ホワイトスペルの制服に身を包んだ葵が、しめて5発の銃弾を沢田綱吉に撃ち込んでいた。

「うそ……、アイリス、……これ葵の……」
「あのやろう……!!」
「落ち着け獄寺!気持ちはわかる!だが……」
「許してたまるかよ!」
「待ってよ! 葵なら、仮死弾を持ってる」

それは誰もが想定したことだろう。そうであってほしいと山本も願った。しかし、仮死弾であれば血は流れない。沢田綱吉の黒いローブには血が乾いた跡があった。沢田葵は、確かに沢田綱吉を殺したのだ。

「10代目と葵がそんな芝居を打つなら、俺たちに何も言わない筈がねえ……」

沢田綱吉と10年共に歩んできた獄寺隼人は、自他共に認めるドン・ボンゴレの右腕になっていた。沢田綱吉は、中学時代から最も身近な友人であった獄寺と山本にはどんなことでも打ち明けていた。ボンゴレ10代目を継承すると決めた日のこと、笹川京子と久しぶりに会うこと、ドン・ボンゴレとして避けられなかった命令を時に悔いること。小さな喜びも大きな悲しみも共有してきた山本と獄寺は、たとえボスと守護者という関係になっても沢田綱吉とそれ以上の信頼関係で結ばれていることを、言葉にせずとも自負していた。

「じゃあ本当に、ツナくんはもう……」

山本は顔を青白くさせた結愛を気遣った。沢田葵がミルフィオーレに寝返ったと知らせを受けてからも、結愛だけは頑なに沢田葵の裏切りを受け入れなかった。女同士の友情なのか、山本や獄寺には理解しがたいものである。「葵は裏切ったりしない、何か必ず訳がある」結愛は決して取り乱すことなくそう言い続け、沢田葵に対する山本と獄寺の信用を守ろうとしていた。しかし、沢田綱吉を殺すその瞬間の映像には、結愛の瞳も揺らいだ。

「結愛、部屋で休め」

結愛の信念はたやすく揺らぐものではないことを、10年連れ添った山本が一番よく知っている。だが、彼女はやけに素直に頷いただけで踵を返した。
沢田葵が沢田綱吉を殺しても、結愛は葵を信じるというのだろうか。そう危惧していた山本は、さすがに沢田葵への疑念を抱く結愛を見て、心のどこかで安堵していた。裏切り者を信じ続ける苦しみから、どうか解放してやりたい。ファミリーの中で結愛に冷たい視線が集められないようにするためにも、だ。そんな山本の願いを、結愛も理解していた。

彼らが沢田綱吉を黒塗りの棺に納めたのは、その日の夜のこと。ボスをなくした嘆きと、部下や古い仲間から沢田葵への罵詈雑言が飛び交うその席で、結愛は決して口を開かなかった。ただ一筋、彼女の赤らんだ頬に音も立てずに伝う涙を、山本だけが見逃していない。


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