あなたのフェリータ



 戦いの決着と、反旗を翻したデイモンの降伏、私たちは気付けば新しい日を迎えていた。私は、眠るジョットの肩に凭れて沈黙に支配された夜を越す。
 影もできないほどよわい朝の陽ざしが、セコンドを閉じ込める氷を輝かせた。見開いたままの目、何かを言いかけた口。氷の中で彼の時間は止まっている。氷漬けのセコンドの前に立てば、決着の時、セコンドがジョットを見つめた視線がそのまま私を見た。
 怒りが哀しみを纏う目を、私は知っている。死が、キスをしようと目と鼻の先まで迫ってくるから、愛しい人の口づけを受け入れる時ほど素直に目を閉じれない。セコンドは確かに、死ぬ気で"プリーモ"と拳を交えたのだ。

「……答えは、決まっていたんだな」

 静かに目覚めたプリーモの声は掠れていた。グローブに灯した炎が氷に触れ、氷は涙のように溶けていく。崩れ落ちたセコンドはプリーモの前に膝をついた。それでも、セコンドの瞳から覚悟は消えていない。彼が見上げるプリーモの表情は、私からは見えなかった。


セコーンド、貴様の覚悟にボンゴレを託す」


 今日は雨になるだろう。霞んだ虹が見えたのだ。


*=*=*=*


 プリーモはデイモンも一晩で解放した。時計も窓もない部屋から出てきたデイモンは、あれから何日が経ったかと問うた。一晩だと、プリーモがありのままに伝えると彼の表情に失望が垣間見えた。
 ボスに対する裏切りを許せない者たちがデイモンを始末すべきだと声を上げるも、プリーモは賛成しなかった。

「俺達は掟で結ばれたファミリーじゃない」

 彼は、永久の友情を契った自警団のボスだった。その甘さを突いたデイモンとセコンド、そして二人を支持した者たちを無視することはできない。プリーモが早すぎる引退を告げると、ボンゴレは真っ二つになった。一つの国の終わりの瞬間を見たようだ。

「これからのボンゴレに血の契りや沈黙の掟は必要か? ……、デイモンの言う通り、俺はボンゴレボスに相応しくないのだろう」

 自警団ボンゴレは時代と社会に揺さぶられて、不安定になっていた。血の契りがないからか、沈黙の掟がないからか。いいや、それらはあくまでこれからの時代を生き抜くための柱であって、いつだって男達は金と権力に安定を求める。大切な人たちを守るためにあったボンゴレも、これから行きつく先は争ってきた相手と同じなのだろう。


*=*=*=*


 私に特別な力はないけれど、目を閉じて物思いに耽れば今に散りそうな花が見える。ジョット、G、雨月、ナックルさん、ランポウ、アラウディ、デイモン。7人の男達が築いてきた一時代の終わりを感じる。皆、素知らぬ顔して、継承の時を待つだけの日々が流れていく。
 そうして、目をつむっても眠れないまま寝返りを繰り返していた。静かにドアが開き、閉まる金具の音がする。人の気配は近づいて、ベッドに滑り込んできた。私は薄く目を開ける。月明りもないけれど、私の目はとっくに暗さに慣れていた。むき出しの背中を無防備に私に向けるジョット。セコンドとの戦いで付いた生傷がある。

「今晩は離れて寝たほうがいいわ。寝ているうちに傷に触れそう」
「ここで寝かせてくれ、痛みはいつか誤魔化せても人恋しさは誤魔化せないと後を引く」
「誤魔化しきれるの?」

 抱き着いたジョットの身体は冷え切っていて、ベッドの中で暖まりすぎた私には心地よい温度だった。私の腕の中でジョットはすこし身を丸めて小さくなる。骨が浮き上がったうなじにキスをしてみたりする。こんなもので誤魔化せるほど、あなたの心身の傷は浅くないと分かっている。

「……私達はボンゴレプリーモを守りきれなかった」
「俺との約束は守ってくれたじゃないか」

 『何も傷つけたくないなら、何も守ろうとしなくていい』。私達を送り出した時、プリーモは私達の覚悟を確かめていた。頷く者は誰一人としていなかった。仲間同士で争い会って傷付かなかった人はいなかったけれど、死者が出なかったのは奇跡だ。私達は殺されないように、誰も殺さないように、殺させないように、プリーモの望むように生き延びた。
 誰も傷付けずに誰かを守ることはできない。あなたが望むような世界は存在しえないことに気づいて、はじめて失望した日はいつだったのだろう。その日のあなたに寄り添いたかった。私の恋人は、想像を絶するほどの苦悩の末に今、私の目の前にいる。
 ジョットが寝返りをうって、私達は向き合った。泣きそうなのか笑っているのか、長い前髪がすべてを誤魔化してジョットの表情が分からない。

「俺はもう誰も傷つけたくないんだ」

 もういいのよと、私はすべてを肯定して頷いた。彼は私の胸に抱かれて懺悔する。何かを守りながら、何かを屠ってきた日々。そうしてまた今日も、あなたが一番傷ついている。


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