永遠の架け橋



綱吉みたいに、何もないところで転んでしまうんじゃないかと目で追うようになってた。出会って間もない頃は、ただただほっとけない存在だった。
河川敷の野良猫に毎日餌をあげてるのに、連れて帰って面倒見きれる自信はないこと。今にも踏んでしまいそうなズボンの長い裾のこと。綱吉たちと笑ってるのに、時折、物悲しげな顔をすること。正直、炎真くんはかっこわるい。

私は、私にできるすべてのことで彼を救いたかった。初代虹の守護者がボンゴレプリーモとシモン=コザァートの友情を繋いだのなら、私は、綱吉と炎真くんの友情がマフィアの闇に引き裂かれてしまわないように繋ぎ止めたかった。やっぱり二人には笑っててほしい。

「大空と大地の架け橋になれって、リングが私を呼んだんだ! ……、あはは、きっとね」

ボンゴレとシモンが誓いを交わした時から、こんな悲劇が起きるって虹のボンゴレリングはわかってて、あの日あの時私を導いた。
綱吉も炎真くんも傷ついた。ボンゴレもシモンも傷ついた。ボロボロになった二人を、私は両手いっぱいに抱きしめた。責め合わないで、泣かないで。遠い誰かの記憶の中で、ボンゴレプリーモとシモン=コザァートが笑いあっていた頃のように。



D・スペードを倒したあと、9代目の船が島の桟橋に横付けされた。復讐者から解放されたみんなは9代目の守護者の人たちに保護されて、船の中へと一足先にいく。俺と、葵と、炎真たちシモンファミリーの7人を除いて。
シモンファミリーはクーデターを起こしてボンゴレの継承式を妨害したとして、全世界のマフィアにすでに知れ渡ってしまっていた。ずっと昔に死んでいるはずのD・スペードの暗躍なんて、みんな簡単に信じることはできない。9代目は厳しい顔で炎真たちを見下ろした。
これはマフィアの戦いじゃないと俺は言ったけれど、炎真に言われた通り、俺たちはそれぞれの家紋を掲げて戦っていた。シモンファミリーの置かれている状況は、9代目の厳しい表情から嫌でもわかる。"中途半端な"俺と違って、炎真は正真正銘、シモンファミリーの10代目ボスだった。シモンファミリーのために、シモンの紋章を掲げて戦ったシモン10代目の炎真は、覚悟を決めた目をしていた。シモンファミリーのみんなは、炎真の背中を見つめていた。

「古里炎真くん。事情は船の中で聞こう。綱吉くんの言い分もわかるが、君には一ファミリーのボスとして負わなければならない責任があるね」
「はい」

俺と葵は、そのやりとりをただ黙って見ているしかなかった。けれど突然、葵が俺の方を向いて、どこまでも真面目な顔で囁いた。「綱吉は、ボンゴレ継ぐんだよね」と。継承式に挑んだ以上、その覚悟を決めていなければいけなかった。けど、D・スペードの戦いを通して、俺は改めてマフィアの世界には首をかしげてしまう。返事に困った俺に、葵は「答えなくていいよ」と笑う。そして炎真の隣に立った。

「9代目。もし、綱吉がボンゴレ10代目を継がないなら、その時は私がボンゴレを継ぎます。今すぐにでも」

俺が思わず、「何言ってんだよ!?」と声を荒げても、葵の表情は変わらなかった。

「私じゃなくてもいいんだよ。ただ、ボンゴレとシモンが同盟を組んで、ボンゴレファミリーがシモンファミリーに償わなきゃいけない。その姿勢を世界中のマフィアに見せなきゃいけない。それしか、これからのシモンファミリーを救う手段はないと思うから」

「誰も、D・スペードの陰謀だなんて信じませんよね、9代目」葵が加えてそう言うと、9代目は一度目を見開いてから難しい顔をして船へと俺たちを手招いた。





許されていいのだろうか。
ボンゴレの継承式を襲撃したときに、――いいや、僕の呼び出しにツナ君が来てくれなかったときに、僕らは並盛での暮らしに"戻らない"と腹を括っていた。それがどうだろう。アーデルの朝ごはん、上級生にいじめられる情けない昼休み、河川敷で猫に餌をやる放課後。聖地での戦いを終えて、僕らは7人全員で並盛に帰ってきた。

「ズボン、毛だらけだね」

土手に座りこむ僕の隣に、突然君はやってきた。何にも入れてなさそうなぺっちゃんこのスクールバッグを敷いて座る。葵ちゃんの机の中は置き勉の教科書でパンパンだ。僕は時々そこから貸してもらう。今日も数学の教科書を借りた。そんな日常も、戻ってきた。

「……この子たちに餌をあげることももうないと思ってた」

僕らは並盛に帰ってくることなんて、微塵も考えていなかった。こんな結末、喜びきれない。
ボンゴレとの正式な和解は、葵ちゃんとツナ君の後押しが無ければ成り立たなかった。ボンゴレの傘下ではなく同盟という対等な立場で、シモンファミリーはこれからもマフィアの世界で生きていく。僕らはもうとっくに、戻れないところにまでやってきた。

「どこか遠くに行こうかとも、みんなと話すんだ」

それはシモンの誰1人として本心ではないけれど、行くあてなんてないけれど、ボンゴレのみんなと仲良くなれたけど、いつも少しだけ後ろめたさを押し殺して過ごしてる。

「――ここにいてよ」

僕を向く。僕の手を取る。葵ちゃんはあんまりにもキラキラしていて、僕はつい、彼女の目に、目を奪われた。人の目をこんなにまじまじと見るのは、いつぶりの事だろう。ツナ君とは違う意思の強さをひめた、ボンゴレの虹。初代シモンだって憧れた、大空の輝き。

「私、炎真くんに会えてよかった」

 僕は、誤った憎しみを抱えて生きてきた。初代シモンの屈辱を晴らすためにと、ボンゴレを恨んできた。それでシモンファミリーの志を継いだつもりでいたんだ。でも、情けないな。まやかしに現実を突き付けられた。初代シモンとボンゴレプリーモが永遠の親友でいたこと、初代シモンもボンゴレの虹を大切にしていたこと。
ツナ君は、僕を友だちだと言ってくれた。葵ちゃんのボンゴレの虹としての誇りを、僕も大切にしたいと思った。それがきっと、本当のシモンボスが引き継ぐべき意志なのかもしれない。

「……えっと……、そういってくれて、嬉しい」

 なんて伝えればいいんだろう。僕はまたうつむいて、葵ちゃんのつま先だけを見た。野良猫がすりついている。

「炎真くん、顔も耳もまっかー」
「エッ、え……わざわざ言わないでくれる」

 自分でもわかっていた。首から上が焼けるように熱いこと。葵ちゃんに掴まれた両手が、火を噴きそうなぐらい熱いこと。あ、顔から火を噴く、んだっけ。手から火を噴くのは、死ぬ気の炎だけかな。からかうような葵ちゃんの口ぶりに、思わず顔を上げた。

そうだ、葵ちゃんだって、ボンゴレの血統でしょ。死ぬ気の炎か、顔から火噴いちゃうんじゃない。


「……君だって真っ赤だよ」


 顔を上げた先に、きっと僕と同じくらい真っ赤な顔をした葵ちゃんがいた。歯を見せて強気な笑顔で、それでも真っ赤だった。え、え、え。なんで君が照れてるの。それでも僕たちは手を繋いだままでいた。


「炎真くん、ずっとこうしていよう。私はボンゴレとシモンの架け橋になるよ」


葵ちゃんの言葉の意味を、僕が理解するのには一晩かかった。その時とっさに「ありがとう」としか答えられなかった情けない、情けなさすぎる僕の隣で、君はそれでも嬉しそうだった。
 シモン=コザァート。ボンゴレプリーモ。僕が犯した過ちを許してくれるだろうか。葵ちゃんのために、ツナ君のために、ファミリーのために、これから僕は正しい強さを忘れないでいたいんだ。


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