花言葉は吉報



この時代、虹の守護者であった沢田葵はボンゴレボスではなくても、20になって間もなくボンゴレの試練を乗り越えていた。だからこそ、まだ14の沢田綱吉がボンゴレの試練を乗り越えたことは、モニター越しに彼の覚悟の炎をみて一目見て理解し、何より驚いた。澄んだ橙色の炎は、沢田葵の知るこの時代の沢田綱吉のものと同じ。あの少年が、沢田綱吉であるのは間違いない。

過去からやってきたボンゴレ10代目ファミリーの成長はめざましく、メローネ基地の攻略は進んでいる。アイリスと死茎隊、ジンジャー・ブレッドが倒された。ブラックスペルの技術者スパナが興味本位で沢田綱吉を助け、Xバーナー、新技まで編み出してしまった。Xバーナーの凄まじい威力は、既に沢田綱吉たちが去り、瓦礫の山となっていた戦場を見ればわかる。沢田葵は、ジンジャー・ブレッドだった人形を踏みつぶし、そして死茎隊の肉塊を見つけては唾を吐いた。恨んでないとはいえ、自分の手で倒す機会がないことが心残りであった。
沢田葵と第18部隊は、10年前から飛ばされてきたばかりの雲雀恭弥が幻騎士と戦闘したブロックのすぐそばに配備されていた。雲雀と幻騎士の戦闘後、雲雀とその部下の草壁、ランボ、イーピンらを仕留めに向かおうとした第18部隊の歩兵を、部隊長である沢田葵自身が始末した後だった。沢田葵は、今や自由の身。腕時計を見る。その時は迫っている。


「もうすぐ……」


そして、沢田綱吉は幻騎士をも跳ね除けた。メローネ基地はすでに壊滅状態だ。

「貴様は結局ミルフォーレを嗅ぎまわるボンゴレの犬か……白蘭様に背くのだな……!!」

死茎隊だったものの上に立つ沢田葵の周りに、突如微かに霧がかかる。低く、地を這うような声とともに彼女の前に現れたのは、たった今沢田綱吉のXバーナーをモロに食らったはずの幻騎士だった。最後の力で逃げ去ったのか、霧の炎は極めて弱い。幻騎士に戦う力は残っていないだろう。


「一度でも揺らぐような心で、ボンゴレを打ち砕く炎は灯せない」


沢田葵は虹のリングに渾身の炎を注いだ。乳白色の虹の炎は、大空の11属性で唯一遊色効果を持つ。虹の炎が7色に揺れ動いて、幻騎士を包みこんで消し去った。沢田葵の目の前に現れた幻騎士は、ただの幻覚。霧を暴いて現れる虹とて、本体を仕留めることはできなかった。

「やっぱりだめね、ボンゴレリングじゃなくっちゃ」

カヴィリェーラ製の虹のリングは、ついに炎圧に耐えきれずに割れてしまった。だが、もう心配はいらない。もうすぐ過去から虹のボンゴレリングがやって来る。


*=*=*=*


 沢田葵が入江正一の研究所にやってきた時にはすでに、沢田綱吉と10代目ファミリーたちの姿があった。捕獲用の装置からも出ている。入江正一は、ホワイトスペルのジャケットを脱ぎ捨ててすっかりラフな格好をしていた。どうやら、今はもうイタリアの主力戦の結果を待っているだけのようだった。負傷した山本、この時代の笹川、ラル・ミルチの応急処置が行われている。
 沢田葵はわざとらしく踵を鳴らす。それに気付いた一同が沢田葵に注目し、思い思いの表情を浮かべた。沢田葵を見るなり、入江正一は顔を青ざめさせたのだ。ここまでシナリオ通りであるものの、一つだけ計算違いがあるとすれば、沢田綱吉たちに本当のことを打ち明けるのは沢田葵と入江正一が揃ったタイミングにしようと言っていたのに。


「はー……呑気な顔しちゃって……」


まだ終わりではない。沢田葵はボンゴレの裏切り者だ。それを知っている筈の過去からきた10代目ファミリーの表情は冴えない。沢田葵は口角を吊り上げて笑う。コンパクトミラーを取り出して、赤いルージュを塗りなおす。

「もしかして……葵……!?」

沢田綱吉は沢田葵を一目見て喜んでいた。だが、この時代の自分を殺したのは誰であったのか、思い出したのだろう。沢田綱吉の表情はみるみる青ざめていく。
獄寺隼人が駆け出してきて、沢田葵に殴り掛かろうとする。この時代獄寺も、過去からきた獄寺も、敬愛するボスを殺した裏切り者をそう簡単に許せない。

「葵てめぇっ!」
「――10年早いよ。右腕見習いの隼人クン」

匣兵器や得意のダイナマイトを使えばいいものを、丸腰で向かってきた獄寺の右ストレートを沢田葵は片手で受け止め、獄寺の腕を軽くひねる。中学生の頃には獄寺に見下ろされていた沢田葵も、10年ですっかり成長して168cm。7cmのヒールを加えて、幼い獄寺を見下ろした。

「アダダダダダ!!」
「……てめー、敵か?」

可愛らしく、憎たらしく、懐かしい声がした。沢田葵が振り返ると、足元には小さなリボーンの姿があった。ただし、後ろが透けて見えるホログラムだ。それでも最強のヒットマンの鋭い眼光は劣って見えない。

「いつまでもダメダメの生徒じゃないわよ、リボーン」
「なら容赦しねーぞ。ツナがな」
「俺かよ!」
「……、……ははっ。はは、あーあ、あはははははは」

何一つとして可笑しいことはなかった。綱吉とリボーンの掛け合いは、10年間ずっと見てきたものと変わらない。ここでだけ、日常が一足先に戻ってきたようで、リボーンが死んでからそれはもう叶わないと思っていたことで、ありえないから可笑しくて、沢田葵は腹を抱えて狂ったように笑った。

「どうしたんだこいつ」獄寺の視線は冷ややかだった。
「こんな仕事してたらどうにかなっちゃうわよ。……入江ェ……一足先に気を抜いてるんじゃないわよ!どうやってもかっこがつかないじゃない!」
「ご、ごめんって! 無事で何よりだよ葵さん!」

葵は、これまでの葛藤も、怒りも、寂しさも、虚しさも、入江の胸倉に掴みかかってすべてぶつけた。ふぬけた顔をした入江の頬を抓り、気が済むまで詰った。

「みんな!葵さんもこの計画を知っている一人だよ」
「じゃあ、葵は裏切ってないの!?」

今度こそ、綱吉の表情は泣き出しそうなほど希望に満ちていた。葵は入江を適当に突き放し、胸に収まるほど小さい綱吉を抱きしめた。まだ純朴で、こんなに小さい体に、すべて背負わせて託してしまう自分たちの不甲斐なさを噛み締めて。

「ただいま、綱吉。……殺した時よりちっちゃくなっちゃったけど、うん、綱吉だ」
「えっ結局殺してるの!?なんでだよ!!」
「綱吉の命令だもの」
「俺が!?そんなぁ!?」

この世界最後の希望は、誰一人として欠けることなく揃っていた。綱吉、獄寺、まだ寝ている山本と、その傍に寄り添っている結愛。朗らかな笑顔の袈埜、クロームと彼女に抱えられたランボ。羽無と雲雀は隣あっていた。笹川は戦闘で負傷していたが無事なようだ。葵と同じ時間に過去と入れ替わる。

「XANXUSが敵の大将を倒したらしい」

ちょどイタリアの主力戦が終わったそうだ。リボーン越しの報告に、一同は沸き上がった。入江と葵は長期戦になることを危惧したが、ヴァリアーを相手にミルフィオーレの部隊は撤退していったという。

「勝利じゃないか!」

これはひとつめのゴールだった。辿りつけたと、そして私は戻ってきたと、葵は心の中で今は白い装置の中で眠る綱吉に語り掛ける。


『――いいや、ただの小休止だよ』


しかし、喜ばしい空気は一瞬にして凍り付いた。モニターから、あの男のホログラムが投影されたのだ。

「こいつが……」
『イタリアの主力戦も、日本のメローネ基地も、すんごい楽しかった』
「白蘭!」「白蘭サン!」
『まーた居た、また居たんだ、……またそっちに行くんだね』

白蘭の視線は、彼を睨む葵に刺さった。葵はホワイトスペルのジャケットを脱ぎ、ホログラムの白蘭へ投げつける。そんなことをしたところで、白蘭を動揺させることなどできないと分かりきっていた。

『そろそろキミには飽きたよ、葵チャン。でも、メローネ基地で僕を欺こうと必死に演技する正チャンは面白かったなあ』
「じゃあ僕が騙してたのを……!」
『うん、バレバレだよ。葵チャンがスパイだってことも、正チャンがいつか敵になることも、想定の範囲内だったからね。だってずーっと前から、二人とも僕のすることなすこといつも否定的な目で見てたもん』
「あなたは……間違っている!」
『ほーらきた。まあ好きにすればいいよ、どちらが正しいかは今にわかるし。しっかし、君たちもつくづくもの好きだよね!まだケツの青いボンゴレ10代目なんかに、世界の命運を預けちゃうなんてさ』

そうして白蘭は手のうちを明かした。チョイスというゲームで、ボンゴレにミルフィオーレとの決闘を堂々と申し込んだのだ。真6弔花という、人間離れした本物のマーレリングのホルダー達を披露し、ボンゴレに脅しをかけた。10日後、彼らは本気のゲームで、ボンゴレを潰し、新世界を迎えようとしている。

止めなければならない。"沢田葵"は、そのために居た。

「……綱吉、世界を変えよう」

沢田葵は微かに震える綱吉の肩を抱く。白蘭のホログラムと向き合い、初めて彼に微笑んだ。白蘭は初めてみる彼女の笑顔で、一瞬、つまらなそうな顔を覗かせた。それだけで、沢田葵最初で最後の大勝利である。


「私だって、あなたの顔に飽き飽きしてるの。もう、ここはただの一本道」


ここから、後にも先にもゆけない。けれどこの世界の未来に手は届く。


「白蘭!! あなたが何億通りの世界を潰してきたなら、私は等しい数だけ未来への道を手探ってきた」
『――知ってる。……でも君達はもう逃げないと、メローネ基地はもうすぐ消えるよ。じゃあ、楽しみだね、10日後♪』

 白蘭のホログラムが消え、目を開けていられないほどの光がメローネ基地を包む。突然の出来事に動揺する皆を、入江が大丈夫だとなだめた。
 間に合う、大丈夫だ。15秒前、葵は目を閉じようとした。瞼の裏に、綱吉を処刑した日の記憶が浮かぶ。


「葵ッ!」


 若い綱吉の声が、葵を呼ぶ。薄目を開けると、また泣き出しそうな綱吉がいた。


「綱吉!」


 笑え、笑えと、葵は心で唱える。過去と未来を繋ぐ、架け橋であれ。


「一つだけお願い……。10年前の私と、仲良くしてやって」


 沢田葵は、彼らの元へ戻れるこの時を心の底から待っていた。そうして葵が必死に手を伸ばして綱吉に差し出したのは、今日の日のために用意した白いアイリス。花言葉は、吉報。


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