花言葉は吉報



そしてその時はやって来た。深い森の茂みの中、木漏れ日を浴びる黒塗りの棺が、ひとりでに動く。Xの装飾が施された、それは先日死亡したドン・ボンゴレのためのものだった。葬儀をあげる暇もなく、棺に杭を打たなかったのは、沢田綱吉の母が息子の死を知らずイタリアから帰国していないため、守護者達が配慮したためだった。
中から現れたのは死人でも、ゾンビでもない。丸い瞳を巡らせた少年こそ、この世界最後の希望。10年前、ドン・ボンゴレになることを拒み続けた沢田綱吉その人である。誰もいるはずのない森の奥で、棺が開かれた音に気付いて、側にいた"右腕"は怒号をあげて駆けつける。今亡きボスの若かりし日の姿に信じられないといった顔で涙ぐむその男は、獄寺隼人だった。信じていた友人の裏切りと、敬愛するボスの死を受け入れるには、まだ日が浅い。
10年バズーカによりやって来た過去の沢田綱吉にすがりつき、獄寺は許されるその5分間で沢田綱吉に望みを託そうとした。

「過去に戻ったら入江正一を殺してください。そうすれば白蘭もこれほどには……」
「どういうこと?!」
「それから、念のため……あなたに頼むのは酷なことですが……」

獄寺は血が滲むほどに唇を噛み締め、覚悟を決めて口を開いた。「この時代のあなたを殺した沢田葵を殺してください」それだけ言い残して、獄寺隼人は煙に包まれる。綱吉が言葉の意味を理解し、喪失感が彼を包むころには、同じ時代から14歳の獄寺隼人がこの時代へとやって来た。


―― 同刻 メローネ基地 ――



「しきりに時計を気にしているようだが、デートの約束でもあるのかな」

γは向かいに座る沢田葵に問うた。彼女は食事の手をとめ、しばらく腕時計を眺めたままでいた。突然ボンゴレを裏切り、突然ドン・ボンゴレを殺し、突然新設された第18部隊の隊長になった元ボンゴレ虹の守護者。γは他の人間と同じように沢田葵を非常に警戒していたが、ブラックスペルとホワイトスペルの提携を強めるために隊長同士で会食をしてから沢田葵を気に入っていた。

「なんでもないわ」

沢田葵がミルフィオーレに加入してからもうすぐで1カ月になる。ミルフィオーレの者たちからも敵意を向けられていた彼女は、当初常に厳しい表情を保っていたが、ここのところ人に笑顔を向けることが増えたという。
なんでもない。決して考えは口にしない。ボンゴレに対する裏切りか、はたまた白蘭の寝首を掻こうとでもしているのか、沢田葵は覚悟を決めた目をしている。思えばアリアも、大事なことは最期まで黙っていた。


*=*=*=*


ミルフィオーレファミリー全18部隊長に召集がかかった。第18部隊長である沢田葵は、メローネ基地からイタリアのミルフィオーレ本部へ電話をつないだ。世界各地に出向している隊長たちは、沢田葵と同じように3Dホログラムで出席している。

沢田葵の隣には、ブラックスペルの前身であるジッリョネロファミリーボス、ユニの姿があった。整った顔立ちに、陶器のような肌。人形のような姿で、ユニは表情までも虚ろであった。
そして白蘭の傍には、南羽無の姿がある。沢田葵と同じホワイトスペルの制服を着ている彼女も、ボンゴレファミリーの守護者だった。ボンゴレ狩りが始まってしばらくすると、羽無は突如ボンゴレを離れ、ミルフィオーレに寝返った。沢田葵のようにスパイ業を任されたとは聞いていない。彼女の意思を知るものはいなかった。

白蘭に動揺を悟られてはまずい。羽無を意識することをやめ、沢田葵は手元のタブレットに送られて来た資料をめくった。

「いまだ信じられん」
「だがアフェランドラ隊からの報告書によれば信憑性は高い」
「第一、ジョークで全18部隊長ミーティングなどやらんでしょう」

ミーティングの資料が送られて来ても、しかし沢田葵は動揺しなかった。誰に見られていなくても、動揺するフリをしてみせた。その実、古いアルバムを見ている気持ちで資料を読み通す。

「しかし、いささか突飛すぎやしませんかね……過去のボンゴレファミリーが……この時代にタイムトラベルなど……」

ブラックスペル所属の部隊長は、ありえないような話に眉をひそめた。
沢田綱吉、獄寺隼人、山本武、ランボら守護者だけではなく、笹川京子、三浦ハル、イーピンまでもが10年前の姿でこの時代に来ている。現時点でミルフィオーレが確認を取れているのはこの6名だった。すでにブラックスペル、γ率いる第3部隊と衝突している。
処刑したはずの沢田綱吉が戻って来た。幼く、腑抜けた顔。沢田綱吉の資料には、同じく若い頃の沢田葵も腑抜けた顔で写り込んでいる。

「正チャンが頑張ってくれたから実現したんだけどね。そりゃあもう10年バズーカを膨大な時間をかけて研究してくれてさ」

この会議室の中でただ1人終始笑顔の白蘭が答える。一方、賞賛された第2ローザ部隊長の入江正一の表情は厳しいままだった。

「10年バズーカ?!」
「あの辺鄙のボヴィーノに伝わるという10年バズーカのことですか?!」
「バカな!あれはあくまで言い伝えレベルの架空の兵器のはず!」
「疑ったところで、過去の沢田綱吉らが実際にこの時代にきている結果は変わらない。白蘭サマは事実を示しています。私は10年バズーカの実例を昔からこの目で見ていますし、私自身も被弾経験がある」

沢田葵は発言の機会を窺っていた。全18部隊長の中では、ミルフィオーレのNo.2であるユニを除いて沢田葵が最年少であり、最も立場が弱い。しかし、ホワイトスペルとは折り合いの悪いブラックスペルの部隊長たちに向かって物申す。白蘭の意思を後押してみせた。
「貴様の言うことは信じられん!」案の定意見を跳ね除けられても、沢田葵は動じなかった。

「いーや、葵チャンの言う通り。ボンゴレの死ぬ気弾も言い伝えだと思われてたし、匣だってつい最近まで夢物語おとぎ話だったんだよ?」
「ならば白蘭様、入江殿に問いたい。沢田葵とそちらに居られる南羽無様は10年前どころか、つい先日まではボンゴレの守護者だった。今後二人が入れ替わるということはないのでしょうか」
「いずれは入れ替わってもらわなきゃかな。ね、正チャン?」

入江正一は頷くだけ。代わりに沢田葵が再び口を開いた。

「仮に私が過去の私と入れ替わるようなことがあり、ミルフィオーレに反逆するようであれば拘束して殺しても構わないません。10年前の私相手であれば、今のあなた方になら赤子の手を捻るほど容易」

沢田葵は嘘を貫き通すことが上手くなった。白蘭に頼まれても頼まれなくても、沢田葵は10年前の自分自身と入れ替わる。そのために綿密なスケジュールをこなしていた。
沢田葵の発言に入江正一が眉をひくつかせたのを、彼女は見逃さなかった。10年前の自分が殺されるのはごめんだが、ミルフィオーレの内部にいるうちに過去の自分と入れ替わることはないはずだ。沢田葵の命綱は、入江正一が握っている。

「では、白蘭様はそれほど重要な問題をなぜ一部の人間、しかもホワイトスペルの人間の一部とだけ共有しているのでしょうか?」
「タイムトラベルの話をしたところで君達、信じないから。既成事実を示したらすぐに教えようと思ってたんだ。本当だよ、ユニ」

ユニは答えない。白蘭とユニで権力分散されているミルフィオーレも、ユニが口の聞けない人形であれば実質白蘭の独裁だった。

「まだわからないことがあります。その技術をもってしてなぜボンゴレなんです?わざわざ狩っている連中を…」
「彼らを一度消したぐらいじゃ物足りませんかな?」
「ざーんねんだったな、沢田葵! せっかく腹を決めて殺した相手がまたやってきた。それとも、血を分けたドン・ボンゴレとの再会に感動でもするか?」

隣に座る第16部隊長のデンドロ・キラムが渾身の嫌味を言う。沢田葵は冷静に首を横に振った。沢田綱吉との再会を感動できるほど、罪悪感が無いわけではない。

「まるでわかってないねえ」

これまで黙って様子を見ていた男が口を開いた。第8グリチネ部隊長グロ・キシニア。六道骸を倒したと賞賛されているが、それは骸の芝居であることを知っている者は限られている。

「この計画の狙いは幼いボンゴレファミリーなんてカモではなく、むしろ奴らの背負ってくるネギのほうでしょう」

グロ・キシニアの舐め回すような視線を向けられ、沢田葵は嫌悪感を露骨に示しながらも頷いた。10年前の沢田綱吉たちがカモならば、ネギはこの時代失われたボンゴレリングだ。

沢田綱吉は過去の自分に可能性を見出し、彼らと白蘭を戦わせることにした。もともと白蘭はボンゴレリング略奪のためにボンゴレファミリーを襲っている。争いを止めるためにと沢田綱吉は守護者達にリングの破棄を命じたが、彼にはもう一つの思惑があった。
この時代に来ている沢田綱吉たちは、正確には9年と10ヶ月前の彼らだ。ヴァリアーとのリング争奪戦を終えたばかりの彼らこそ最適であるとして、10年に満たない今へ連れてくるには入江正一の技術力は不可欠だった。
だか、入江正一は表向きにはミルフィオーレの人間。そこで、ボンゴレリングをあえて破棄することで、白蘭が是が非でもボンゴレリングを必要として過去に存在したボンゴレリングを手に入れようとすると読んだのだ。結果、入江正一はミルフィオーレのなかでも自然な流れで10年バズーカを用いて過去のボンゴレファミリーを連れてくることに成功した。

「リングリングボンゴレリーング」
「さすがグロ君鋭いなぁ。僕が欲しいのは究極権力の鍵――……トゥリニセッテだよ」

世界創造の礎、トゥリニセッテ。ボンゴレリング、マーレリング、アルコバレーノのおしゃぶり。大空、嵐、雨、晴、雲、雷、霧の7属性が核となり、風と雪と花がその強大な力を制御するために必要となる。白蘭はおしゃぶりを奪うためにアルコバレーノすら殺した。

「この時代の沢田綱吉がボンゴレリングは全部破棄させちゃったからね。こうして取り戻すしかないんだ。でも、葵チャンには過去から来てもらったところで、用はないけど」
「なぜですか?確かに、沢田葵にボンゴレに戻られても問題ですが……」
「彼女の持つ虹のボンゴレリングと、僕が持つ虹のマーレリングはトゥリニセッテの均衡を壊す。虹(イリデ)の虹(アルコバレーノ)なんてふざけたものは存在しないからね」

沢田葵は表情を保ち、隣のユニを窺い見た。
もともとマーレリングは、ユニ達ジッリョネロファミリーの家宝だった。ジッリョネロにはボンゴレと同じように守護者が居たそうだが、虹のマーレリングのホルダーは存在しないことは沢田葵も掴んでいる。今や白蘭の手に渡った虹のマーレリングが、トゥリニセッテ均衡のために破棄される前に奪還しなければならない。
破棄せざるを得なかった虹のボンゴレリングとて、ボンゴレファミリーには必要なのだ。
たとえ白蘭に求められなくても、入れ替わらなくてはならない。沢田葵はいつでも自分を信じていた。自分の片割れのように思って来た沢田綱吉のことも、まるで自分のように信じていた。幼く未熟な過去の自分は、それでもボンゴレ虹の守護者の使命を全うするに相応しい。今の自分にはない虹のボンゴレリングとともに、来る。

「君に用はないそうだよ、沢田葵くん」
「大体、ボンゴレを裏切っただけで隊長になれるなんていいご身分だ」
「まあまあ、葵チャンいびりもその辺にしときな。僕はボンゴレの情報を流してくれる今の葵チャンの働きは必要としてるよ。……それとも君達、僕の人選に文句ある?」

 白蘭の笑顔は変わらないままだが、多くの男達が萎縮したのはよくわかった。だが、沢田葵がボンゴレのスパイであることを、おそらく白蘭は既に悟っている。だが、他の者には言わず、ボンゴレ狩りの仕事をわざわざ第18ジャッジョーロ隊にも回してくる。白蘭は、沢田葵の反応を常に窺っているようだった。沢田葵はボンゴレの裏切り者を演じ切るため、与えられた仕事は淡々と部下に命じてこなす。白蘭の手の届かないところで夜な夜な吐いては、懺悔し、新しい朝が来るたびに昨日の自分を殺そうとした。それでも立ち止まれないのだ。二人はお互いに、手のうちを探り合っている。


議題も煮詰まってきたところ、白蘭の隣に居た羽無が突然椅子ごと倒れたことで、会議は中断となった。喋れるはずだが、今日は一言も発しなかった羽無。羽無が倒れた瞬間、赤いマフラーと栗色の髪がふわりと舞うのをみて、沢田葵は焦りを覚えた。白蘭に抱きかかえられて眠る羽無の姿が、あまりに弱々しく、今にも壊れてしまいそうだったから。

「きっと寝不足かな。それじゃ、今日はここまで」

白蘭の一言で通信は切れてしまった。個室でカメラに囲まれていた葵は、その場に膝から崩れ落ちた。お互い裏切り者で、近くにいると思っていた羽無すら、実は遠いところに行ってしまっていた。今の沢田葵にはどこにも味方がいない。縋りつく相手もいない。何かを掴もうとした手は、むなしく床をひっかいた。

「羽無……、帰ろうよ。恭サンも、今ならそんなに怒ってないって。きっと、ちょっと抓られるぐらいで済むよ」

 彼女の声が羽無に届くことはない。


top


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -