哀を来いと

おばあちゃんが、お夕ご飯にお寿司準備したのにわさびが切れてしまったと背中を丸める。足腰の悪いおばあちゃんが買い物に行こうとするのを止め、私が家から最寄りのコンビニまでおつかいに向かう。わさびを買うためだけに、夕食の買い物をしている主婦で溢れたスーパーに入っていく勇気はなかった。

で、ほら、私はきっと、かっちゃんに「いなくなって」なんて言った日から天罰を食らっているみたいだ。私の個性は宝石の析出だよなあ、なにも、言ったことと真逆のことが起きるスーパー個性ではないよなあ。いなくなってなんて言い過ぎたにしても、同じ高校で数年ぶりにご近所さんになったとしても、今じゃなくていいだろうっていうタイミングで会ってしまう。コンビニに入ってすぐ、アイスケースを覗き込んでいる後ろ姿を見つけた。最寄りのコンビニだ、しかたない。ばれないようにと、加工食品売り場に回り、で
わさびチューブが入った箱を手に取る。会計を済ませてしまおう。商品一つとお財布片手に、レジに並ぼうとする。しかし、スッと横から彼が入ってきて、レジカウンターに商品を置いた。気づいてない。きっと並んでいた人に気づかないで横入ってきた。隣のレジに移ってしまおうとするも、店員の優しげなおじさんが「お先に並んでいたお客様がおりますので」と、かっちゃん越しに私を指した。

「やっ、いいです、急ぎじゃないので……」

店員さんの気遣いはありがたいものだけど、この時ばかりは血の気が引く思いをした。不機嫌ではない顔が振り返り、私を見下ろした途端、鬼の形相。
私が首を横に振り続け得ると、申し訳なさそうな顔をした店員さんはかっちゃんの会計を始めた。お待ちのお客様どうぞ、と隣のレジから呼ばれて、私はさっさと会計を済ませた。

「おいブス」
「な、なに」

先にコンビニをでたところで、後ろから襟首を掴まれて引き止まった。乱暴。いちいち乱暴なんだ。しぶしぶ振り返ると、かっちゃんは口で器用にアイスの袋を開けていた。2個入りのパピコ。繋がりあっているそれを二つに割ると、まさかとは思ったけど、私に突き出した。

「やる」
「別に割り込まれたこと怒ってないよ……」
「ちげぇよ。溶けちまうだろーが、はよ食え。二個も要らねえんだよ」
「だったら買わなきゃいいのに」
「何を買おうが俺の勝手だろが」

見るからに不機嫌で、急かすように今一度パピコを突き出す。への字に曲げた口で、かっちゃんは早速咥えていた。まだアイスの季節には早い4月下旬。とはいえ、今日は何を祝うか、晴れ晴れとした夕方の日差しが暖かい。突然の出来事に私は驚きと疑いを押し殺しきれないまま、それを受け取った。

「そうですね……ごちそうさま」

かっちゃんの手の温度でゆるくなったアイスは、まあまあ食べ頃といえる。コーヒー味。嫌いじゃない、むしろ好き。かっちゃんはあっという間に食べきって、スタスタと家に帰る道を行く。

「ついてくんな!」
「帰り道同じだってば!」

かっちゃん情緒不安定かよ。私はおもわずアイスの容器口に歯型がつくほど、歯を食いしばった。がっかりだ。かっちゃんの厚意だとでも思った自分の、都合のいい自惚れぐあいに。

私たちは一定の距離を保って、お互いに、一刻も早く別れ道に着くために足取りを早めた。そんなに遠くないはずの十字路は、夕方の影の長さのせいか、うんと遠くに見える。

「A組って楽しそうだよね」

私がひとりごちるように呟くと、目の前を行くかっちゃんがわざわざ足を止めて振り替えった。鬼みたいにつり上がった目。私の言動を不審に思うように眉をひそめて、舌打ちをひとつ。

「仲良しごっこしに行ってるわけじゃねえんだよ、クソこれっぽっちも楽しかねえ。好き放題騒ぎやがって」
「騒ぎ声聞こえてたよ、今日みんなに祝ってもらえてたね」
「余計なお世話だっつーの。大体クソデクが言ったりしなければよォ……!」

そうか。でくは、ちゃんと覚えてくれている。4月20日。A組の人たちはかっちゃんの誕生日であることを当日に知り、大騒ぎしていた。愉快なことになってるなあ。A組の前を通り過ぎた時に、丸聞こえであった。「うわ、A組体育祭テンション?」一緒にいたすずめちゃんが生き生きとした顔でいう。「かっちゃんの誕生日だから」私が言うと、すずめちゃんはまたもびっくり。「"同じ"なの?」そうだ、同じだ。でくはちゃんと覚えてくれている。4月20日。私にも、おめでとうって、メールがきた。嫌でもかっちゃんも覚えてくれているだろう。私も、嫌でも忘れない。

「知ってる? 4月の誕生石」

空になったアイス。捨てる場所もなくて握りしめた。

「ダイヤモンドだろが知っとるわなめんじゃねえ、その言い方腹たつ」
「なら4月20日の誕生石知ってる?」

かっちゃんがぐっと口ごもる。私は、バッグの中から小さな巾着を取り出して、かっちゃんのビニール袋の中に押し込んだ。手に持たせたら、とっさに爆破されてしまいそうな気がしたのだ。

「アイオライト。"拾った"からあげる。いらなきゃ売って」

私は小走りでかっちゃんを追い越して、別れ道を曲がった。うちの団地が見える。ベランダでおばあちゃんが私の帰りを待っている。

「いい気になってんじゃねぇぞ成金」

「誕生日おめでと」

「自分に言っとけ」

背中で会話した。今日は、お互いに機嫌がよかったのだ。私の向かいから近所の寿司屋のバイクが走ってくる。出前のお寿司なんて奮発しているなあ。そーっと振り返れば、バイクはかっちゃんちの前で止まった。

「おかえりヒロ、母さんからプレゼントも届いたよ」
「ただいまおばあちゃん、すぐいくよ」

16年前。私たちは同じ日に同じ病院で生まれた。元々、家もすぐ近くで、母親同士も仲が良かった。環境が環境だったから、私たちはずっと一緒だったという。かっちゃんは早くに一人歩きできるようになって、まだおぼつかない二足歩行しかできなかった私の両手を引いてくれていたらしい。そうして、私は物心ついたときだってかっちゃんに腕を引かれていた。すすめー、ばくごーひーろーじむしょのめんめーん。へんな歌を思い出して口ずさんだ。
同じ日、同じ病院、家が近所で、親も仲がいい、ありがちのコミックみたいな幼馴染だ。それだというのに、彼に誕生日おめでとうって言ったのは、いつが最後だったっけ。


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