グリーンピース

 入学後初の行事でありながら、日本全国各地から注目される雄英高校体育祭。体育祭の結果次第ではヒーロー科への編入も検討されるということで、私達普通科も一部では盛り上がりを見せていた。一部でだけ、だ。特にヒーロー科を落ちて普通科に入ってきた人たちの中でそれは割れている。諦めずに闘志を燃やす人、諦めてしまってひねくれている人。元々普通科を志望して入ってきた私のような人たちは、体育祭の大目玉であるトーナメント出場など考えてもいなくて、レクリエーション種目を楽しめればいいか、という心構えである。
 今年はかっちゃんやでくのいるA組が早々に注目されている。それも先日のヴィラン襲撃が大々的に報じられ、無事に危機を乗り越えたヒーローの卵として既に有名だからである。そんな状況では普通科は霞む。これでもかというほどにモブ。それでもかまわないと思うあたりが、ヒーローになる人たちと一般市民となる人たちの本質的な違いだろう。

「軍対抗! クラス団結! って感じじゃないのがさみしい」

 同じ中学から経営科に進学した友だちのスズメちゃん。個性は≪すずめ≫、異形型ではなく発動型なので普段はほぼ人間の姿だ。お米が好きなようで、購買でもおにぎりを買う。

「スズメちゃん体育祭どうするの?」
「わたしは観客用に売り子する。食が多様化したけど、やはり日本人としてお米を推していきたい」
「買に行くよ」
「やったあ。……でもヒロ、またオムすび?」

 私は購買のおばちゃんからおつりとオムすびを受け取る。オムライスおむすび。ケチャップライスを薄焼き卵でくるんだ定番である。スズメちゃんは邪道だというような顔で、梅干しおにぎりを選んでいた。

「だって、オムライス食べたいけど食堂行きたくない」
「なんでえ。あ、爆豪勝己?」
「うん」

 やはりランチラッシュの作り立てのふわとろオムライスは格別なのである。誘惑に負けそうになることもあるけれど、彼と学校で会いたくない気持ちがまさっていた。

「あの目立つ人、滅多に食堂行かないと思うけどね」
「一度会ったところは二度三度会う可能性あるかと思って避けてる」
「幼馴染なのに?」

 スズメちゃんは大きく首を傾げた。同じ中学に3年間通っていたけれど、爆豪勝己が幼馴染だなんんて話すわけもない。彼女にそれを伝えたのは、この間かっちゃんと登校したところを目撃されたからだ。その時の彼女の驚きようは、……すずめが豆鉄砲を食ってしまったと言えるだろう。

「幼馴染だろうが苦手なものは苦手。例えばオムライスの具だろうがグリーンピースが苦手なように」
「変なたとえ。苦手な人にスポドリ3本もあげるの?」


*


 少しだけ、昔の話。楽しい思い出だってあったはずなのに、鮮明に覚えてる瞬間というものは決まって嫌な思いをしたときのことだ。だからかっちゃん、彼は私の古い記憶に付き物である。それだけ昔は一緒にいたからという理由では弱い。おなじくらい一緒にいたはずのでくについては、泣いてるところと、一度私をかばおうとしてくれたときのことだけを覚えてる。しかしかっちゃんに関する記憶は桁が違う。数えたことなんてないけれど、パーセンテージにすることができるのなら、きっと思い出総量の過半数を超える。


『こいつ小1になってもグリーンピースも食えねーんだぜ!』


 給食のお皿の片隅にグリーンピースの山を作った。指差しで笑われた。グリーンピースぐらい食べれなくたっていいじゃないか。たしかに、かっちゃんが食べ物の好き嫌いをしたところは見たことがない。みんながきらいなピーマンだって、人参だって、誰よりもはやく食べられるようになった。給食のカレーが辛くてみんながヒィヒィ言いながら食べた日も、かっちゃんがぺろりと完食したことでクラスの残飯なしの記録は保たれた。でも、みんながみんなそうじゃない。誰だって好き嫌いはあるじゃないか。


『"せーさんしゃ"に失礼だとおもわねーの?』
『せいさんしゃってなに……』
『しらねーのかよ! たべもの作ってる人だぜ』


 かっちゃんにとって私はいじめがいのある子だったんだろう。私はムキになって、お皿を手でもってグリーンピースを口に流し込んだ。どういう解釈もとれる拍手が教室中に響いた。苦手な味と食感が、口の中に満たされる。まだ涙の抑制ができなかった頃のことだ。すぐに私はこらえきれなくなる。床に宝石を散らばしながらトイレへと駆け込んで吐き出した。トイレに流れていくぐちゃぐちゃのグリーンピースを呆然と眺めて、悲しくなった。
 小1だった。ただ決まり文句のようにいただきますとごちそうさまを言い続けてきた当時の私にとって、生産者のことなんて考えられるわけもなかった。かっちゃんの何気ない言葉が鋭いナイフになる。いつだって、痛みとともに彼の言いたい事を理解した。
 トイレを出たところで、歯ブラシをくわえたかっちゃんがいた。「もったいねえ」とぼやいた。罪悪感に苛まれながら教室に帰ってきたときには、空になったはずのお皿の上に私が落とした涙が盛られていた。それをやったのはかっちゃんではなく、かっちゃんが私を責めるのを面白がってみているクラスの子たちだ。先生はなんでもかんでも子供のたわむれだって解釈して、見て見ぬふり。
 泣くことが恥ずかしいと初めて思ったのはその時だ。人の手でもてあそばれる私の涙。人前で泣いて宝石を散らばすことは、粗相と同じようだと感じるようになった。


『カツキー、これも食わせようぜ』


 ほらまた、男子が調子にのる。席に戻ることもできなくて、教室の入り口で立ち尽くす私をかっちゃんが押し入ってくる。私の席を囲んではしゃぐ男子たちの中で、かっちゃんは一発ボンッと爆発した。先生の中途半端な叱責じゃ治まらなかった騒ぎも、かっちゃんの威嚇で一瞬で静かになる。


『面白くねえ』


 あの日のグリーンピースの食感と味なんて、正直もう忘れてしまった。私を笑い者にするクラスの雰囲気の中、彼だけがもう飽きのだとでもいうように冷静だったのが印象的なのだ。かっちゃんが飽きたといえば、皆にとってももう面白いものではなくなる。かっちゃんは自分が先陣を切ってからかってくるのに、他の人までも調子にのると面白くないらしい。なんなんだ。かっちゃんは身勝手だ。大嫌いだ。思い返したって、彼は間違ったことなんて言ってない。図星を突かれるから、嫌いになるのだ。ほんとうは、私、そんな惨めな自分が一番嫌い。
 そして、分からなくなる。その日はたしか、汚れた宝石を一緒に洗ってくれた。奇妙なことになった経緯は、記憶から抜け落ちた。たぶん、私達の間に会話はなくて、覚えているのは水道から流れ出る水と宝石が光に反射する光景。夏だった。薄暗い廊下で、壁に宝石の光が映って、涼しげに見えた。となりのかっちゃんは、私を見向きもせずに大真面目な顔をして洗ってる。
美味しくないのに、嫌いなのに、ケチャップライスの中にあるとハッとさせられるような鮮やかなグリーンピースみたいなんだ。優しくないのに、嫌いなのに、思い出してみたりすると、ときどき優しくなくないかっちゃんが居る。


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