瞼が重い朝

ついにこの日がやってきた。憂鬱な朝が、いつに増して気分の晴れない月曜が来た。いつもの制服を着ているのに、気分はほんの前の入学の時みたいにドキドキしている。いつもと違う目覚め、おばあちゃん手作りのお弁当、今日から使う電車の定期券。起床時間は1時間も早め、準備はできた。地下鉄乗り継ぎ、40分。学校は随分遠くなってしまった。
階段を駆け下る。何分に出ればちょうどいいのかわからず、早めにでることにした。3年ぶりに戻ってきた昔の住まいは、何にも変わらない。古い団地も、どこか心地よい。小さい頃、階段だって遊び場にできた私たちは、もう見当たらないけど。


「「あ"」」


きっと、電車の時間にちょうどいいのだろう。でも、明日からはもう少し遅めに出ても大丈夫だろう。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたかっちゃんは、しばらく私を見て目をぱちくりとしていた。そんな驚いた顔は久しぶりに見る。
怒鳴り散らされる!身構えたけど予想は外れ、かっちゃんはさっさと駅の方へと歩いていく。かなしいかな、目的地は同じだ。

「今日からしばらくおばあちゃんのところにいるの」
「……そーかよ」

振り向かれないまま、返事がきた。話しかけんじゃねェブス!とでも言われるかと思っていた。先週の別れ際も散々だったから。

「文句言わないでよ…? 私が1人になっておかあさん心配させらんないから」
「言ったところで失せねェだろ。つかてめェ、前どこに越したんだ」

私のことなんて、興味ないから知らなかったんだろう。幼馴染というには、私たちはお互いを疎みすぎた。今も、その前も。知っているのは、君の乱暴から垣間見える高い目標と、"記憶にない"ことにしている小さい頃の思い出だ。何を言ったって、どうせお互い都合よく忘れることができる筈だ。あと3年間を辛抱すれば、私は君にとって顔がないも同然のモブになれる。

「……学校のすぐそば」
「ハァ!? あの一帯の地価……」

突然、前を行くかっちゃんが振り返った。私は慌てて俯いた。プスプスと爆破しきれない音がする。殺られる。学校に行く前に燃えカスだらけにはなりたくない。
全く何が気に食わないのか! 私の涙は、お金となり、それが果たして君の脅威になりうるのか。君が、私にあらゆる敵意を向け続ける限り、君の知らないところで泣く私だ。


「成金が」



反論はできない。私も、被害妄想が過ぎることを自覚している。もちろんかっちゃんとは別々の車両に乗った。朝の通勤通学ラッシュで揉みくちゃの満員電車。不慣れさが仇となり、命からがら乗り換えの駅に着く。なんだかもう、これで疲れてしまった。更にここから雄英方面の電車に乗らなきゃいけない。すでに同じ雄英生も多く見かける。満員電車を覚悟し、乗り換えの電車が入るホームへ−−

「そっちじゃねェ、表示も見れねえのか」
「う"っ」

襟を掴まれ、きつく引っ張られる。無愛想で、余計な一言が足されているこれは、親切と言い切れるのか。かっちゃんは私が行こうとしたホームとは別のホームへ1人で行ってしまう。彼についていけば間違えはしないのは、そりゃそうだけど……。かっちゃんが背負ったスクールバックを目印に、人混みで見失うか見失わないかの距離を保った。



「てめェもかよ」
「いいでしょべつに……」



飲み物を買うためにコンビニに行こうとしたら、かっちゃんも同じくコンビニに用事があるらしい。通学途中の雄英生で店内は溢れかえっていた。

初めての電車通学は散々だ。これが夏休み前まで続くのかと思うと、心は粉砕しかけていた。ガマンガマン。心は粉砕しても、うっかり涙を"落としたり"はできない。

「ん」
「ンだよ」

コンビニを出たところで、私はビニール袋ごとかっちゃんに突き出した。かっちゃんは登校前に2度目の朝ごはんをしていた。唐揚げを一気に2個口に含んでいたのを、ごくりと飲み込んだのか喉が大きく上下する。

「……お……! お詫び ……嫌いじゃないよね、こーゆうのなら」
「ハァ? 詫びられる覚えはねェ、詫びるつもりもねぇ」
「! かっちゃんがいつまでもそんなだから私までキツく……」

言いかけて、堪えた。

「……ならこれ乗り換えの、お礼」

私たちはまともに話すことができない。会話が成り立たない。同じ言語を持つはずなのに、別の文化圏の人間なのではないかと時々思う。実際はそんなことなくて、ただ単に、私たちは相容れない。小さい頃からの不仲を引きずり続けているだけなのだ。
だからこうして私は一方的に、後悔を清算しようとする。お礼でもお詫びでも、これでチャラにしてしまいたい。すべては自分を慰めるためだった。
かっちゃんの手に、ビニール袋を滑らせた。彼に何かをもたせておくのは、気休めも兼ねていた。今日は日差しが強くて、首筋まで汗ばむ。

「「……」」

店前で佇む私たちを避けるように、同じ雄々英生たちが出て行く。「おいあいつ、ヒーロー科の爆豪」「見たか?この間啖呵切ってやがった。体育祭で全員を敵に回したな」聞こえる声で言われていた。ああばか。ブチぎれるに決まってる。私は肝が冷える思いをする。ちらりとかっちゃんを窺うと、聞こえていなかったのか、聞こえてないフリをしているのか、ふと時々見せる、冷静な顔をしていた。

「おーい、爆豪!はよっす!」
「クソ髪」

切島くんが大きく手を振って駆け寄ってくる。一緒に、ピンク色の肌の女の子もやってきた。かっちゃんはギロリと目を吊り上げたけれど、喧嘩するつもりではなさそうだ。
切島くんはかっちゃんの隣に私を見つけてにっこりと笑った。

「切島な。てか、あれあれ、お二人さん」
「なんでもないの、ぐ、偶然会っただけ」「偶然もクソもねぇだろ。腐れ縁だ」
「腐りきらないかな……」
「文句あんのか死ね」
「ほらまたそういう……」
「なになに?あれーっ爆豪彼女?!」

ピンク色の子が切島くんの肩から身を乗り出した。まずい。

「んなわけあるか!誰がこんなブ……」

まずい。今度こそ殺られる。


「ヒロちゃんならもう、あっち」


全力で駆け出していた。変な誤解をされた時、かっちゃんの怒りの矛先は私に向くに決まってる。「誰がこんなブス、コイツだけはあり得ねえーよ」嘲笑混じり、ブチ切れ混じり、鮮明に思い出してしまったのは、小学生の時のことだ。よくある話だ、かっちゃんは私ばかりいじめるから、「ヒロのことすきなんじゃねーの」とからかわれてた。その度、私は私の全てを否定され続けてきた。ブスって罵倒は、もう聞き飽きた!



「うわ足はやーい」
「グズのくせに中学んとき陸上で県2位とってやがる」
「同中じゃねえっつってたのによく知ってんな」
「うちのババアが知らせてくんだよ!!」
「てか爆豪、それ、スポドリ3本って。体育祭に向けて気合い入ってるね」


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