まだ青く寂しく

現役ヒーローでもある先生たちを招集する校内放送が流れたのは、私たち普通科にとってごく普通の現代文の授業の最中だった。セメントス先生は板書の手を止め、授業を中断する。私たちはそのまま、先生たちの引率に従って体育館に集められた。きっとネズミが校長先生だなんて雄英以外にないだろう。そんな根津校長と、数人のヒーロー教師陣だけが、全校生徒を押し込んだ体育館に残った。

ヒーロー科A組が実技授業の最中にヴィラン襲撃を受けた。そのことを知ったのは、ホームルームに戻ったあと、明日の臨時休校を告げられたのと同時である。
「は、まじかよ、雄英のセキュリティどーなってんの」誰かがぼやいた。「夏休み1日短くなるね」言われてみればそうだった。担任も参った顔をしていた。胸がザワザワする。でく、切島くん、上鳴くん、かっちゃん。知り合ってしまったからには、気にしないようにはできなかった。「ヒーロー科の人たち無事ですか」ざわめいてる中、私が声を上げた。だれも私が言っただなんて気づいてない。「私はまだ確認できてません」先生がいう。ヴィラン襲撃の現場からは離れた私たちのいるところは無害で、彼らが遭遇した被害の全貌を、想像することもできなかった。


「……、あっ」
「あ"?」


校内には警察の人たちが多くいた。普段と違った雰囲気が、私はここにいていいのかわからなくさせる。早く帰ろう。靴を履き替え、玄関を出たところで、私は今日もまた巡り合わせの悪さに、寿命が縮まる思いをする。かっちゃん。普段よりハリがない声だったが、私を見つけるとすぐさま心底嫌そうな顔をする。

「か、かっ、……バクゴーくん、無事だったの」
「誰に向かって言ってんだブス」

その態度は、自分がやられるわけないだろうというものだった。言葉はいつも通りトゲだらけだけれど、やはり大人しさから、疲労が見て取れた。

「でくは、切島くんと上鳴くんは」
「……知るかボケ、クソ、んなに気になんだったら自分で確かめろや!!」

胸ぐらをつかんでかかってくる、これがいつものかっちゃんだ。鬼の形相がすぐそばまで来て、私は両手をあげていつも通りの抵抗をした。あっけなく、突き飛ばされるように離されて、かっちゃんは私に背を向ける。振り向きざまにもう一度、険しい顔が私を見下ろした。

「足も首も突っ込んでくんな、甘ったれ」







「ヒロ、相談があるんだ」

夕食後、テーブルにはイチゴのタルトとホットミルクが並べられた。いつもこうではない。母による、私のご機嫌とりだ。

「ん」
「急な話だけどおかあさん、7月まで中国に赴任しないかって話があるのね」
「うん」
「ヒロのことも心配だし、あんたがいま、学校始まったばかりで不安だらけなら、行かないでそばにいようかなっともおもってるの」

不安だらけだ。入学1週間目。かっちゃんを回避しきれずに過ごしている。小学校6年間の二の舞である。けれど、イチゴのタルトが並べられている時点で、母の意思は明確だった。

「うん、や、行きなよ。出世コースでしょ」「大丈夫?」
「うちのこと1人でできるし」

お金には困らないし。そう付け加えて、私はクリアケースを母に渡す。クリアケースの中は仕切られていて、ひとつひとつ、宝石を並べ入れてある。母は手袋をつけた手で、箱を開け、真赤な石をつまみ出した。
毎晩泣いている。かっちゃんに「いなくなって」なんて言ってしまった日から、夜は決まって泣いている。後悔してる。赤い石が落ちてくる。ルビーだ。今は海外市場で色石が人気だからといって、馴染みの鑑定士は喜ぶだろう。
母は黙って箱を閉じた。普段より析出する石の多さに、怪訝そうにしていた。

「あんたはおばあちゃんのところに行ってもらいたいっておかあさん、考えてるの」

イチゴタルトの底をつつく。硬くてフォークにささらなかったそれも、母の一言を受けて力んだ弾みにたやすく切れた。

「……わかった」

つまりは地元に戻るということ。つまりはあの団地に帰るということ。つまりは、近くにかっちゃんとでくがいるということ。

「あっちなら近くに勝己くんもいるでしょ」
「ん」
「安心ね」
「そっ……?! そんなわけないよ」

私とかっちゃんの確執を、母は知らない。のんきな笑顔が、真っ白な歯を見せた。母の認識では、"私たち"は、仲のいい幼馴染だ。私は大きく首を横に振る。安心? 真逆だ。急に不安がこみ上げてきて、今にも泣きそうになる。母の前だと涙脆くなるのは、日中こらえている分である。

「あら、あんた、小さいころ、かっちゃんかっちゃんって毎日くっついて回って、かっちゃんに守ってもらう〜って言ってたじゃない」
「いつの話! 個性出る前でしょそれ! 覚えてない!」

その時視界が歪んだ。照明の明かりに反射して、青がちらつく。目頭、下瞼の違和感にはもう慣れてしまった。こぼれ落ち、硬いテーブルに叩きつけられる、それはサファイア。「顔は赤いわ」母の言葉は、私にとって嫌味にしか聞こえない。


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