Live in my head

 好きな人はいない。好きな友達が今どうしてる? か、なんて、気にならない。SNSの投稿を読み流す。
 嫌いな人がいる。好きな友達のことより、嫌いな人の方が気になってしまう。私はどんな陰口を言われてるのだろうか。苦しいだけだと分かっていても、気にしてしまって、嫌いな人のことばかり考えてる。こうして自分で自分の首を絞めている間にも、相手はきっと、全然私のことなんて考えてないんだろう。それとも、私の言葉に傷ついて、泣いたりするのだろうか。ずっと嫌いな人がいる。かっちゃん、今、どうしてる?


「諸石さん、ヒーロー科の人が……」


 お弁当を食べ終え、5限の準備をしていると、話したことのなかったクラスメイトの男子に声をかけられた。声をかけられたことに対して驚きはあったが、それ以上に、ヒーロー科と聞いて私は震え上がる。え、え、なに。挙動不審気味に答え、あえて入り口の方は見ないようにした。「ヒーロー科のやつが呼んでる」「えっ」声が裏返ってしまった。2クラス、たった40人しかいないヒーロー科に、知っている人はかっちゃんしかいない。恐る恐ると顔を上げ、クラスメイトが指さす入り口に目をやる。


「……でく!」


 椅子を倒しそうになる勢いで立ち上がる。緊張から解き放たれた私は、驚きと戸惑いと安心感をもって彼に駆け寄った。緑の髪と、そばかすと、へらりとした笑顔。幼い頃の記憶の中で自信なさげに丸めていた背中は、心なしかピンと伸びていた。雄英の制服が、そうさせているのかもしれない。

「ひさしぶり、ヒロちゃん」
「でくも雄英だったの? 全然気づかなかった。経営? 普通? ……じゃないの!?」
「A組、ヒーロー科だよ」

 私を呼び出したのはヒーロー科の人で、それがでくで。あれ、でくってこんな感じだったっけ? 声変わりと成長期。3年ぶりの会話であるにしても、なんだか少しだけ、記憶の中のでくと重ならない。華のヒーロー科だから? 秋に見かけたきりだった。ヒーローオタクで、小学校に上がるとインドアなイメージがあったでくが走り込みをしていたのだ。それにも、考えてみれば驚かされたけれど、雄英入学後のための体つくりだったとしたら、納得だ。

「で、でもでく無個性、って診断されたよね?」

 でくは、無個性だ。できそこないのデクだって、かっちゃんが馬鹿にし続けた無個性なのだ。こんな私の、コンプレックスになってしまった個性でさえ、かつてのでくは羨ましがった。ヒーローになれないと打ち付けられた現実に、早々打ちのめされていた筈だった。雄英ヒーロー科の入試実技試験だって、個性に頼るところが大きいときく。でも確かにでくがここにいる。筆記試験だけがものをいう経営科や普通科ではなく、倍率300越えの狭い門をくぐって、ヒーロー科だという。

「あっ個性はその〜突然変異的なやつ、で!」
「すごい、ほんとう? おめでとう、しかもヒーロー科に受かるなんて」
「ヒロちゃんこそまさかここにいるなんて思ってなかったよ。かっちゃんからヒロちゃんが普通科にいるって聞いてびっくりしたんだ」
「かっちゃんが……? ……かっちゃんが!?!? かっちゃんが私の話したりするの!?」
「(めっちゃ驚いてる……)あ、そうじゃなくて、今朝怒鳴られた時に……」

 どうやらでくはかっちゃんに石ころ呼ばわりされたときに、「てめーら」と複数形になったところに気付いたらしい。『どいつもこいつもガキん頃から俺の神経逆撫でしやがって』『まさかヒロちゃん?』『石ころ同士転がってたきゃ普通科でのんきにしてやがれ』という会話があったそうだ。ちなみにでくのセリフ再現は棒読みだったけれど、私の頭の中でブチ切れかっちゃんが鮮明に再生された。

「でくも相変わらずなんだ。よく中学耐えたね」
「ヒロちゃんだって! かっちゃんのあのキレっぷり、またなんかしたんじゃ」
「ついに口ごたえ」
「あちゃー」
「でも、昨日はさすがに言い過ぎたって反省してる」

 でくは、私が一番共感できる異性だ。石ころ、できそこない、でくの坊。石ころ、ブス、血も涙もないヤツ。私達はかっちゃんにいじめられてきた側の幼馴染だ。でくはヒーローになれないんだって、かっちゃんは昔言っていたけれど、残念、外れらしい。でくならなれるだろう。非力なことを分かっていながらも友だちを庇って、かっちゃんに立ち向かうことをしていた。そんな記憶が私にもある。絶対に、かっちゃんは、私との喧嘩に限ってでくに手出しを許さなかったけれど。


「いたいた緑谷少年!」


 効果音を付けるなら、びゅーんと。私達の目の前に風を切って、俊足のその人は急ブレーキをかけた。目立つ黄色のスーツ。教師として雄英にいるとは聞いていたけれど、ナンバーワンヒーローはそうそうお目にかかれない。

「オ、オールマイト!」
「あ、オールマイト」

 初めて生で目にするナンバーワンヒーローを前に昂る私とはごく対照的に、でくは私との会話となにも変わらない様子でオールマイトに答えた。あれれ、小さい頃から熱心なオールマイトのフォロワーだったでくにしては、普通だ。

「ん。お邪魔しちゃったかな? 緑谷少年、次の授業は実技だから早めに教室戻っちゃいなさい」
「はい!」

 そしてまたびゅーんと、周りの生徒の惜しむ声を背中で浴びながらオールマイトは去っていく。サインをもらう暇さえなかった。

「そっか、ヒーロー科だからオールマイトとももう接点があるんだね」
「ま、まあそういう感じで、ははは」
「でくも、ヒーローになるんだね」
「うん」
「応援してる」

 きっと、数年後には、近いようで遠いヒーローの世界の中に彼らはいる。でくやかっちゃんを連日テレビで見る日だってくる。いなくなってよ、なんて言わなくたって、彼はいなくなるんだろう。罪悪感がチクチクとして、私はうまく笑えなかった。


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