最初の選択

 中学進学を期に伸ばし始めた髪が、ちょうど首をくすぐる。既に鬱陶しく思い始めていた。まだ子供らしさが残る丸い頬を、結ぶにはまだ短い髪が縁取った。雑誌のモデルはこぞって長い髪をふんわりと巻いている。そんな姿にあこがれる、彼女はふつうの中学1年生だった。
 勉学に励む。あるいは、部活動に熱を入れる。そういった中学生の規範に沿うことを、窮屈に思う。伸ばしかけの髪は、肩に付くなら結べとしつこく指導される。着方が決められた制服も、指定のベストもスカートも、オーバーサイズなのに窮屈だった。

 放課のチャイムが鳴れば学校に心残り一つなく、例えば補習を命じられていたとしても家へと帰る。入学後初めての定期テストでは勉強できない後ろめたさを味わったが、なんだかもう向上することを諦めていた。唯一のとりえ、あるいは救いと言いえる運動神経の良さは、気持ちが冴えないばかりに持ち腐れていた。自覚しながら、こんな毎日に不満はなかった。時々テレビで目にする好きな歌手とか、日本と遠く離れた国の映像とか、そんなものが自分の傍にくるわけもない。だけどもし、非・日常が舞い込んできてくれるなら、明日は休校になってしまえばいいと願うような、沢田葵、13歳。


「葵ちゃんは家庭教師なんてどう?」


 リビングのソファでくつろぐ葵は、首だけで後ろを向く。彼女の育ての母である奈々はさっぱりとしたショートボブがとても似合っていた。お玉を片手に、チラシを片手に、ご機嫌な笑顔を咲かせている。
 葵は少し顔を引きつらせ、体を半回転。奈々に向き合うようにソファの上で正座をした。母親から家庭教師を薦められて、後ろめたさがよみがえってくる。定期テストの結果は"同一"ワースト1位であったのだ。

「……いや、私は要らないや。綱吉には?」
「そうなの!ほら、今日もあの子学校途中からサボったんでしょう?だから少しはきちっと!してもらいたくて今日から綱吉に家庭教師つけることにしたの!」

 奈々は、一人息子の綱吉を怒る顔を見せたのに、家庭教師の事を話すとすぐに笑顔に戻った。葵はもう一つ苦笑い。学年成績同一ワースト1位が同じ家から出てしまったのだから、奈々をがっかりさせてしまうんじゃないか。先日、葵と綱吉は帰ってきた答案用紙を机の奥に隠しておいた。まだバレてないといい。葵は何より、奈々伝手に生みの親へ自分の成績が伝わることを恐れていた。

「綱吉には言ったの?」
「まだよ。これから伝えてくるからその間ちょっと火見ててね」
「はーい」

 夕食の準備中であった奈々から、お玉を受け取る。葵は台所に立った。3人家族の食事にしては、いつにまして量が多いのは一目瞭然。この家の主人が帰ってくるのだろうか。葵は自分を養ってくれている人の顔を忘れ気味でいた。


 並盛町に一戸建てを構える沢田家。出稼ぎでここ数年家に戻っていない主人・家光を除き、妻の奈々、一人息子の綱吉が暮らしている。そこに8年前から預けられている葵は、同じ沢田姓を持ちながらも親戚と呼ぶにも遠い血筋の人間だった。彼女の記憶はあいまいだ。並盛に来たばかりの頃には、葵の母親が家系図を見せて説明してくれた覚えがあるが、当時の幼稚園児が理解できた筈もない。一方、奈々は血縁なんて気にしないと大きく構え、快く葵を引き取った。

 沢田葵、沢田綱吉。一つ屋根の下、偶然にも同い年だった二人は兄妹のように育ってきた。兄妹だと思う人の方が大多数だ。当然、容姿は似つかないが、自然と行動は似てくるものだった。同一ワースト1位の成績を収めた二人を、同級生たちはこういった。

『"ダメツナ"と"アホイ"』

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