最初の選択

 奈々の料理に手を加える勇気は、葵にはなかった。ぐつぐつと煮えるスープを一口、味見して火を止めた。間髪入れずに玄関のチャイムが鳴り、葵は慌てて前髪を整えながら玄関に向かう。家庭教師はもう今日から来るといっていた。男だろうか、女だろうか。なんせ来客は担任でさえなければいいと願いながら、葵はドアを開けた。

「ちゃおっス、ここが沢田綱吉の家か」

 成長途中の彼女の視線の先には、見慣れた向かいの家。挨拶ととっていい声が聞こえたが、それは彼女の足元近くからだった。小首をかしげながら足元を見やる。ボルサリーノをすっかり見下ろして、一瞬。葵の頭の中が疑問符で埋め尽くされる寸前、足元の小さな小さな訪問客は顔を上げ、鈍く光る拳銃を彼女に向けるのであった。

「う"っ、ぁああああああ!!!!てっぽう!!」

「るせぇ。オレはリボーン、沢田綱吉の家庭教師に来てやったんだぞ」


 足の力が抜けて玄関先で崩れこむ葵。葵は赤ん坊と目線が合い、吸い込まれそうなほど真っ黒な瞳を前に、息をのんだ。赤ん坊が手に持つ拳銃がモデルガンなのか、そうでないのか、じっと見つめた。モデルガンこそ手にしたことはあるが、本物の銃を触ったことなどない。だが、テストの終了1分前に冴えわたるような思考回路が、葵の中で警鐘を鳴らす。モデルガンと決めつけてはいけない、と。

「てめーは誰だ。沢田綱吉に妹が居るとは聞いてねーが」
「私!? 私は……沢田葵。苗字が同じでも、私はとおい親戚で、妹じゃないから……」
「沢田葵だと?」

 赤ん坊が口角を吊り上げて笑う。スラックスのポケットに突っ込んでいた片手を突然、葵の目の前に突き出した。鈍い黄金色に光る。白く小さな手に不釣り合いな、弾丸だった。その時葵は、思わず一歩後ずさる。


「葵ー? 何騒いでんだよー!」


 葵と赤ん坊の間に流れる沈黙を打ち破る、綱吉の声。その声にすぐさま反応したのは、葵ではなく赤ん坊だった。玄関に靴を脱ぎすて、赤ん坊はさっさと上がり込んでしまう。呆然とした葵は、それを引き留めることもできず。

「オレの本当の目的は、沢田綱吉をマフィアボンゴレファミリーの10代目ボスとしてふさわしい男として育てることだぞ」

「マ、マフィアぁ……?」

 階段を昇っていく赤ん坊・リボーンの背中を見送った。マフィアってなんだろう、ボンゴレファミリーってなんだろう。中学1年生の知識では、そんなこともさっぱりであった。自分が小学生だったころはピンポンダッシュが流行っていたけれど、今は家にまで乗り上げる遊びでも流行っているのだろうか。そうして理解が追い付かない葵は頭を抱える。いたずらか何かなら、気に留めることはないだろう。あっという間に気持ちを切り替えて、冷静に台所へ戻っていくのであった。二階から綱吉の悲鳴が聞こえても、既に彼女は110番通報も諦めていた。

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