並盛町の日常

 葵は綱吉に羨ましがられることが三つほどある。一つは、勉強はダメダメな葵も、一般的な体育ならば同級生の女子に負けることがないこと。中学1年生の段階では体力テストも男子に勝てるほどだ。二つ目は、綱吉にとってあこがれのマドンナである京子ちゃんとも仲がいいこと。とはいえ、いつも一緒のグループにいて仲良くしているほどではない。葵は学校で特定の誰かとだけつるむようなことはしなかった。一番仲のいい友だちを訊ねられても、葵は答えることができない。それに関しては綱吉にも同感される。そして三つ目は、綱吉が憧れる男子、野球部のエースで皆からの信頼もあつい山本武と仲がいいことである。


「……クッ、危なかった……反射があと0.04秒遅れていたら死を意味していたわ……」
「ハハッ、相変わらずテキトーな分析だな!」


 山本武はおおきく振りかぶって、息を飲む一瞬の感覚を研ぎ澄ませる。そして、豪快な投球後の爽快感を噛み締めた。キャッチャーのグローブの中に収まったボールは、まだ回転を止めない。野球部の先輩だって、山本武の全力投球に怖気づく人がいる。にもかかわらず、帰宅部の女子・葵はこれまで眉ひとつぴくりともさせずに、山本武の球を取り続けてきた。

 今日は平穏な昼休み、校庭。山本武は制服のまま、葵もスカートの下にジャージを履いている。二人のキャッチボールは、昼休みに適当な頭数を合わせてサッカーをするノリで行われていた。山本武は葵を良い練習相手だと思っている。腕に磨きをかけていく山本武の全力投球に怖気付かず、気軽にのってくれる貴重な一人だった。
 しかし最近は葵もその威力の高まりを感じているのだろう。顔面へのデッドボールを恐れて、キャッチャーマスクを装着して挑むようになった。キャッチャーミットを使い始める日も、そう遠くはないだろう。

「山本ォ、私そろそろあんたの投球取れないかも、明日にはデッドボールしそう」
「マジかよ、けっこー早くなっただろ!」
「マジマジ、オリンピックも夢じゃないわー、誇らしいわー」
「いいや目指すなら、プロだろ」
「大きくでたね、ヨッ、未来のメジャーリーガー! まずはこのスランプ脱出だね」
「!」

 山本武は驚いた。何の気もなしに笑顔のままの葵が、自分のスランプを見破ってきたことに。実際、山本武はここの所伸び悩んでいる。期待の新人としてスタートダッシュをきり、誰よりも遅くまで残って練習している筈だ、野球への思いは誰よりも負けないはずだ。それでも、結果がついてこなかった。監督もチームメイトも、山本武のスランプをスランプと意識していなかった。山本武は、スランプであることを葵には打ち明けなかった。葵どころか、監督やチームメイトにも、父親にも打ち明けていない。誰も山本武のスランプを見破れなかった。

「おまえ、どうして俺がスランプだって気付いたんだ」
「……勘?」
「勘って! ……そーだよな、こうやって毎日球取ってくれてる奴は気付くよな!」
「みんな気付いてるんじゃないの」
「それがそうでもねーな。だから頼む! 黙っててくれないか」
「ほーい」
「サンキューな」

 二人は中学入学で知り合った。意気投合のきっかけは野球でもなんでもなく、補習の時間に目玉焼きには醤油派で一致したことがきっかけである。綱吉はソースはであった。

 葵はキャッチャーマスクを外す。平均的な身長、黙っていれば大人しそうな見た目。山本武は、それでいて怖いもの知らずの葵のパワフルさを買っていた。先日は、転校生初日から目立っていた獄寺隼人と対等に渡り合っていた。それどころか、綱吉をめぐって口喧嘩になっても物怖じしなかったのである。山本武は遠目にそれを見ながら、感心していた。

「山本はマジ頑張ってるけど、肩壊さないようにね、これはマジ、ソフトボールでオリンピックを目指したところ、寝返りで肩を脱臼して夢を断った私の経験談」
「おまえソフトボールやってたのかよ! 初耳だぜ!」
「体験入部の次の日に脱臼した」
「笑えねーぜ」

 といいつつ、山本武は腹を抱えて笑っていた。山本武は葵のでたらめと冗談の見分けが付くのである。脱臼したというのは本当のようで、大笑いする山本武をムスっとした顔で睨んでくる、これが冗談ではない証拠である。

「ん、あいつは……」

 山本武は校舎2階の窓から顔を出して、こちらを見ていた人物に気付く。さえない表情をしている彼は、同じクラスの沢田綱吉だ。今日の小テストでも、ものの見事に50点満点中の0点を取っていた。同じテストで、山本武は10点、葵は2点だった。

「綱吉じゃん、おーい」

 葵はグローブをはめたままの左手を大きく振った。綱吉はそれに気付いて慌てて姿を隠してしまう。山本武にとって、"双子にしては似ていないふたりの沢田"は、テストの点数こそ争えたものではないが、性格は真反対のように思えた。

「引っ込んじまった」
「照れ屋なんだよ〜山本にあこがれてんの」
「ハハ、マジかよ、ツナ様の憧れなんて光栄だな!」
「ツナ様?なにそれウケる」
「皆いってんじゃねーか。最近のツナ、なんか変わったって。持田センパイとの対決とかすごかっただろ!人が変わったみたいだぜ!」

 綱吉は数日前、剣道部主将の持田センパイと、学校のマドンナである笹川京子を巡って対決をした。ダメツナと言われてきた綱吉が見事な勝利を決め、男子たちはダメツナをすこし見直している。山本武も、居残り仲間だと思っていた綱吉に一目置くようになった。
 ただ、葵の反応は微妙なものであった。視線を泳がせて、ワケありげだった。

「ああ、あれねえ……」
「ん?」
「なんでもない。へい、山本、バッターやってよ。あ、キャッチャーがいないなぁ」
「おうよ!」

 山本武はまだ知らない。この数日後、資本である腕を故障してしまうこと。野球ができなくなったことを苦にして、死の淵まで追い詰められること。自分がそれほどまでに野球が好きであること。"ツナ様"ではなく、ツナとして彼と親友になること。
 そしてやがては、殺し屋としての素質を見出されること。夢をかけた野球か、誇りをかけることになる剣の道か。自分が選び、その手に握るものを、彼はまだ知らない。

 沢田葵はまだ知らない。自分の中に流れるボンゴレの血が、彼女の勘を研ぎ澄まさせていることを。そして、後日のスポーツテストのソフトボール投げで、再び肩が外れてしまうこと。

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