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 喫茶店の店主は私が子供の頃からここを営んでいるけれど、元警官というだけあって強面に気迫をまとっていた。だから昔は怖くて近寄りがたかった。それがどうだろう、ピオに連れられて逃げてきた私を快く引き受けてくれたのだから、私はまたも母の人脈に感謝した。他に客のいない店内で、入り口からは死角になる仕切られたスペースに案内される。「ジョット達はいつもカウンター席だ。君が帰ってくる日も、ここで君を待っていた」そういった店主はコーヒー一杯をサービスしてくれた。続けて言う。「君の母親は、この席を好んでいたもんだ」と。

 私を追っていた男達は警察を名乗った。だったら出頭するといった私を、元警官の店主は引き留めた。安心はできなかった、考える間があるほど罪悪感も増してくる。迎えが来るよと、ここを去ったピオのことも心配だ。

 店主が水仕事をする音だけが静かに響いていた。小さな二人用のテーブルで、母は今の私のように一人だったのだろうか。迎えって、誰だろう。ボンゴレのお世話にならないように気を付ける、とジョットに言ったのに、早速これだ。
 溢れ出た溜息をかき消すように、カランカランとベルが鳴る。重たいドアが軋む音。ただの来客なのか、迎えなのか、警察が来たのか。ここからもまた店内は見渡せない。私は思わず息をひそめた。店主が水を止め、一瞬の沈黙。続いたのは、「いらっしゃい」という店主の穏やかな声だった。


「めずらしいお客様だ」

「やあ、店主。悪いけど、エスプレッソを飲む暇もないな」


 今にも怒鳴り散らしそうな声ではない。淡々とした、若い男の声。喫茶店に来たのに、エスプレッソを飲む暇もないなんて、おかしな話。つまり彼は、迎えか、警察かのどちらかに絞られた。

「店主、今あの屋敷に駐在してるのは誰だったかな」
「ランポウさ」
「子供か。ならやはりあいつらは君にまかせよう」
「どうした、表沙汰ににできない厄介ごとか?」
「不審者を逮捕したところさ。町の治安を乱した上に、婦女を追いかけ回し、粗末な小道具まで用意して警察のフリをしていた次第だ。店主、今でも警察にツテがあるだろう。引き渡しておいてよ」
「その程度の手柄には興味ないって顔だな。いいのか、お前が追ってたやつらじゃないのか。ボンゴレの名誉にもなるだろう」

 ボンゴレ。その言葉を聞いて私はついに安堵の溜息を吐く。

「……ボンゴレ? 僕の業績とは関係ない」
「よくいう、この町に来たってことはジョットの仕事だろ。迎えを待ってる子がいる」
「ああ、だろうと思った」

 足音がここに近づいてくる。空間を仕切った柱からすっと現れた男は、そのまま私の向かいの席に腰を下ろした。この辺の人間ではないな、というのは一目瞭然だった。店内の薄暗さに引き立てられる白い肌と、プラチナブロンドの髪。私を見据えた瞳は冷淡だ。


「エルザ=イリデ」


 詰問するような口調が、私の名前を確かめた。口数は少ないのに、それだけでこちらを威圧してくるような風格。店主との会話に嘘がないなら、この男が、ピオが言っていた迎えの筈だ。だというのにボンゴレと関係ないとまで言い放ったこの男は、その恰好からでは身分を計り知れない。

「あなたは……ボンゴレの人ではないの?」
「僕はアラウディ。君の幼馴染の知人だ」

 そういってアラウディと名乗った男は金製の懐中時計を、まるで警察手帳のように掲げた。静かに時を刻むそれには、見覚えがある。ジョットとGが持っていたものと、同じだ。

「ボンゴレプリーモとは仕事の契約をしてるにすぎない」

<Giuro eterna amicizia.>
 私はつい、蓋裏の小さな文字を読み上げる。永久の……、そうか、この言葉はジョットのものだ。なぜだか、そう思った。はじめは、アラウディという男をひどく冷淡だと思ったけれど、ああ、悪い人ではないのだろう。さっさと懐中時計は仕舞ってしまったが、彼の表情もわずかに和らいだ。

「プリーモ。ジョットとGの、友人ね」
「僕はそんなつもりないけど」
「でもきっと二人はあなたをとても信頼してる」
「さぁね」
「きっとそう」

 私が言い切ると、彼はムッとした顔をする。私には蔑視するような視線が向けられたが、ジョットとGを心から嫌がってる筈もないことは使い込んだ懐中時計が物語ってる。私はそのまま言葉を続けた。

「お願い、助けてほしいの。このままじゃこの町にいられない、皆を巻き込んでしまいそう」
「君を追いかけていた男達は捕らえた。それでも何か、不満かい」
「……全員と言い切れる?」

 私は正面の彼を見つめた。彼の表情のない口元に、得体のしれない笑みが浮かぶ。

「もとより君をここから連れ出すつもりで来たのさ。さぁ行くよ」

 彼は早速立ち上がり、私には目もくれずに席から離れた。どこへ。問う間もなく、私も慌てて席を立つ。「店主、駅に電報を送って。次のナポリに通じる全ての列車で一両を貸し切ると」一両貸切るなんてそんな無茶な。彼の信じがたい言葉を、店主も引き受けてしまう。

「行先は……ナポリ?」

 店の前にはいつの間にか馬車が用意されていた。このまま駅に向かうのだ。つい最近、やっとの思いで戻ってきたこの町から、また遠く離れることになる。予想していた隣町どころではない。血の気が遠のきそうだった。


「冴えない顔だね」


 見透かすような青い瞳が私の表情を窺う。馬車の客室に乗り上げるため、彼に差し伸べられた手を取った。これ以上の迷いを、悟られないように。

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