06
「ボス、ほんとに3日後に戻っちゃうの?」
まだ書類に手を付け始めるには頭も冴え切らない頃、俺の部屋を訪ねてきたランポウが切り出した。決定事項を覆そうとしているのではない。単に、確認なのだろう。俺は「ああ」と短い返事をして、頷いた。ランポウは釈然としない表情で、デスクの前のソファーに腰を下ろす。
「昨日は迅速な対応をしてくれて助かった」
「だからぁ、チェラーゾが内輪揉め始めたんだからボスとGにはもう少しここにいてほしいものね」
「ああ、そうしたい気持ちも山々だ。すまない」
昨日、昼下がりの町中に響き渡った銃声。ランポウが巡察へ向かうと、チェラーゾファミリーの偵察隊が潜伏している廃墟から負傷した偵察員が出てきたという。撃ったのも撃たれたのもチェラーゾファミリーの人間だ。民間人が巻き込まれた様子もないことから、俺達は内輪揉めと判断している。
「抗争もしてないし、本部って他になんか案件抱えてたっけ」
「資料を送っていたはずだぞ」
「げっ、それボスたちがここに来る随分前でしょ。俺様この町の何でも屋みたいな仕事ばーっかりやってるから忘れちゃったものね」
ランポウはソファに寝そべった。Gが居れば間違いなく叩かれていたところだろう。俺は自分の前に積んだ書類の中から、以前ランポウにも送った資料と同じ物を引っ張り出し、ランポウに手渡す。しかしランポウは読む様子もない。書類を顔にかぶせて、それでは寝入ってしまいそうだ。
「ナポリに住むサンソーネという領主と、地元農民が揉めてるんだ。俺達はその仲裁をしてる」
「あーはいはい、そんなことあったあった。俺様思い出したものね」
「……本当か?」
「サンソーネの一家と俺様の実家は仲が悪いものね」
それもそうだろう。ナポリに住む地主たちの中でも、ランポウの父親とサンソーネが現在の二大権威だ。おかげで交流のあるランポウの父親からは、ボンゴレに苦情が入っていた。「地元住民を顧みないサンソーネの肩を持つ必要はない」、と。
「……現地でも反領主派とサンソーネに付く一部の人間とで対立を起こしている。我慢の限界らしい。直接領主と話し合いたいそうだが、サンソーネは頑固な奴だそうでな」
「それでボスが行くって?」
「ナポリ経由で本部に戻るんだ。書面ではなく直接説得するしかないだろう」
「まー大変。ほんとにボンゴレって何でも屋みたい」
この町に来ている間は、守護者とはいえど大きな戦闘の機会が自然と減るものだ。本部でよほどの抗争を抱えない限り、呼び出すことはまずない。となると現在のランポウ達は、町の人たちにとってはまさに自警団でしかない。川が氾濫すれば土嚢を積みに、ボヤ騒ぎがあれば消火活動に、子供が遅くまで帰らないなら探しに。はじめの頃に俺とGがやっていたのと同じことを、日々の勤めとしている。
それでいいと思っている。この町の人たちのために、ボンゴレは自警団であり続けるべきなのだ。
「ああそうだ、チェラーゾのことなら、直にアラウディがこちらに顔を出すだろう」
「えー!? あの人来るの!? アイタタタ……考えただけでも胃が痛い……」
「ナポリでの調査が終わり次第だろうな、まだ連絡は取ってないが」
アラウディをここに呼ぶのは、取り決めたことではなかった。驚いてソファから転げ落ちたランポウは座り直し、怪訝そうに首をかしげる。
確信に近い直感のうちだった。守護者からも独立して動くことが大半のアラウディが、ボンゴレに関わってチェラーゾファミリーの調査を行ってくれているのすら稀なことである。しかし一度引き受けたのなら、抜かりない調査をするだろう。アラウディは間違いなく、この町にチェラーゾファミリーの偵察隊がきている真の意味も突き止め、捜査のために足を延ばしてくる。
「じゃあまだ当分先?」
「いや、あいつの仕事の早さを見くびらない方がいい」
「……俺様は出番ないものね」
安堵のため息を吐くランポウ。俺がその肩に手を置けばびくりと跳ね、次には口元を引きつらせた。
「引き続き町民の安全のために尽力してくれ」
笑えたつもりだった。こうして仕事を頼む度に、自分の中で焦燥感がこみ上げてくるのを押し殺している。できるなら俺がこの町にいて、この町の人達の力になりたかった。こんにちも俺がボンゴレのボスであり続ける誇りを、部下に任せるしかないことを、単純に悔いている。今俺にできることは、俺に向けられる悪意をこの町から遠ざけることしかない。
そうしている間も、ランポウはじっと俺を見つめていた。まだ、俺達のようにはくたびれていない瞳。幾度と戦いを強いてきたが、ランポウは巷間の悪意に毒されることがない。その純粋な童心で、何かひらめいたかのように、にやけた。
「特にボスの幼馴染のために、って?」
生意気さに磨きがかかったものだ。俺は片手でランポウの髪を掻き回した。ぎゃあと悲鳴を上げて身をよじるランポウ。幼い頃もこんなことがあった。町の年下の奴らにはエルザのことで散々からかわれ、その度に恥ずかしい思いをしてきた。からかわれる理由を自覚していなかった俺は、Gからしてみたって馬鹿にみえただろう。
特別扱いしてしまうことは、この年になって自覚した。
「俺の幼馴染だからといって彼女が傷つくなら、俺は耐えられそうにない」
「ボスの弱み知っちゃったものね」
ああ、味をしめただろうか。幼い頃散々俺をからかった年下たちのように、満足そうにして席を立っていった。
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