04

「ボスでしたら先ほどのお客様とお出かけになりましたよ……?」

 行先は聞いていないと付け足して、なぜかメイドが申し訳なさそうに眉を下げる。真っ当に勤めてくれている奴を俺が責めようもない。それとも俺の顔が寝起きでいかにも不機嫌だったのだろうか。いつまでも困り顔が戻らないメイドに、「悪かった」と頭を撫でてた。従順なメイドは、俺たちがこの屋敷を持った時から仕えてくれている。ファミリーの一人として受け入れた。

「ああ、それからコーヒー淹れてくれたのに口付けなくて悪かったな」
「のちほど淹れなおしましょうか」
「そうだな、頼んだぜ」

 深々とお辞儀をして、メイドは給仕室に引っ込んでいった。俺はこれ以上困らせるまいと表情を緩めていたが、一人になった途端にまた眉間にしわが寄るのが分かる。


 俺たちは子供じゃあない。それは分かっているだろう。

 童心を忘れないのは大いに結構だし、ジョットがエルザを大切にする気持ちは自警団としての根底にあるものだ。しかし、俺がたった15分の仮眠をとっている間にふたりは仲良くどこかに行ったというのだから、俺の気苦労は絶えない。しかも寝起きはランポウに叩き起こされたのだ。部屋に虫がでて仕事にならない、とか。向かっ腹を立てながらランポウの私室へ向かえば、そこにいたのは小さな蜘蛛でしかなかった。さらにジョットの仕事の進行具合を見に行けば、そこはもぬけの殻ときた。焼き菓子と、俺だけが手を付けなかったコーヒーが残されて、芳しい空間にふたりの気配はない。もはや水を差すように追いかける気力もなくなった。

 全く困ったボスさんだ。あいつは拳銃を携帯しない。ボスであることを象徴するマントも、今は椅子に掛けられて置いていかれている。一見丸腰だろう。俺たちはつい、生まれ故郷にいると気が緩む。悪い癖だ。いくつかの案件を抱えている今だからこそ、警戒心も強めなければいけないというのに。護衛もつけずに町中で襲われたとしたら、エルザを無傷で守れる保証もない。


「チェラーゾファミリーの連中の動きも怪しいって中で……」


 ジョットが机の上に置いて行った書類の一枚をつまみ上げる。サレルノで調査中のアラウディからの報告書だった。今朝方届いたらしい。普段の俺たちとのコミュニケーションの希薄さとは違って、分かりやすく手厚い報告書である。その手のプロ、国家諜報部なだけあった。

 土地争いを俺たちが仲裁したことにより、新興マフィアであるチェラーゾファミリーがあろうことか挑発をしかけてきている。今の段階では俺とジョットの出身地を突き止め、関係者がこの町に偵察に来ている。致し方なく現地の視察にやってきた俺達は、奴らからしてみれば「飛んで火にいる夏の虫」そのものだっただろう。一方でこちらも迎え撃つ準備はしているが、ジョットは自ら抗争を持ちかけたりなどしない。だがアラウディを調査に出したということで、首領であるジョットが相当敵に注意しているというのはファミリーの共通意識となっていた。

 俺とジョットが本部を離れてから1週間が経過していた。本部で留守番をしている雨月とナックルが、入れ代わり立ち代わりに使いの者を寄越して報告をいれてくれている。当面の問題はいかにしてチェラーゾファミリーを抑圧するかといったところだ。
 武力か、話し合いか。いくらジョットが穏便な解決を望んでも、相手はそうもいかない。膨大な量の武器を抱えたチェラーゾファミリーの勢力は、既にサレルノを把握している。土地争いも州を跨ぎに跨いでカラブリア北部にまで及ぼうとしていたところで、運悪くボンゴレ勢力と鉢合わせた。
 四方八方へ勢力拡大へ急ぐチェラーゾファミリーは、当然他勢力とも敵対している最中のようだ。アラウディは短い文章の中で、ナポリ方面の調査に移ると文を締めている。


 報告書を整え、ジョットの仕事の残量を目測する。この量なら、ここで片付けるには5日といったところだろう。当然、あいつがエルザを気にかけている時間と、追送されてくる分を考慮しての5日だ。当の本人はもっと余裕を持って考えているに違いない。だが、あいつが経験したのは戦闘だけではなく、机上のやり取りもあるのだ。昔なら片すのに1週間かかった取引や申請の山も、今のあいつなら5日は十分すぎる。今週中には、移動だ。

 何事もなければできるだけ故郷に居たいと思う気持ちは、俺も同じだ。ガキの頃から口にしてきた町の窯焼きパンは、他では食べられない。酒場で顔なじみの奴らと飲み交わすのも悪くない。町の大人たちがいつまでも俺たちをガキ扱いしてくることすら、今では居心地良く感じる。

 何より、あのエルザがいる。ジョットの仕事の手を止めているようで、この再会は救いだった。肥大化した組織の首領としてジョットにだけの葛藤がある。上下関係ではない、幼馴染として肩を並べてきたあいつだからこそ、ジョットの緊張を解いている。その証拠が、肩書を外すように置かれていかれたマントだろう。


 仮にずっと腐れ縁で育ってきていたら、今頃エルザも俺たちと同じ物を抱えていただろうか。どうしようにもなくなった日には、3人で飲み交わしてきただろうか。
 冴えない頭で思い描いた。ありもしなかった現実に入れあげそうになった自分に気付いて頭を振る。そうはならなかった。それだけが事実だ。

 鈍い思考を叩くように、音を立ててドアが開く。部屋の主がノックをする筈もない。机の傍らに立つ俺に気付いて薄く微笑んだ。

「ああ、G起きていたか」
「起きてたかじゃねえよ。どこほっつき回ってたんだ」
「エルザとおばさんの墓参りに行って、そのあと夕市で買い物して、イルダ婦人のところへ」
「イルダ婦人のとこってことは靴でも変えたか?」
「あいつに誕生日プレゼントを買いに行ったんだ」
「……充実したデートだったようじゃねえか」
「そうとってくれて構わない。悪かった、悪かったからその顔はよせ」

 ジョットは俺のからかいをしれっとかわして、流れるように席についた。ポケットから無造作にグローブを取り出して手にはめる。決して拳銃は携帯しない。だがグローブ一対で十分であることを示すような素振りだった。わざわざ外していくのには意味がある。グローブの甲に刻まれた紋章をエルザに見せたくないのだろう。案の定、リングもデスクの中にしまっていた。
 ケースの中の大空のリングだけをつまみだして指にはめる。ごく自然な動作だったが、俺はいつまでたっても持ち主が決まらずに埃を被ったリングの方に目が行った。

「……、どうした?」
「仕事の話だ。アラウディからの報告書を読ませてもらった」
「チェラーゾだな。動き出すのも時間の問題だろう。今日も町中にいたぞ。見たところ5人ぐらいが張り込んでいるようだ」
「そりゃ大胆に目撃されたじゃねーか。エルザに護衛を付けるか?」
「あいつが帰ってきた日からランポウの部下に見張らせている」
「おいおいそればっかりは仕事が早いな……」

 俺たちの幼馴染であるばかりに、エルザにもいつチェラーゾファミリーの手が及ぶかわからない。この町自体、襲われる可能性もある。ジョットと俺が本部に戻る隙か、手薄になったその後を狙われるか。既にこの町の警備体制そのものを強める命令は下されていた。一刻も早く増援が到着してほしいところだ。

「ここのことも気がかりだが、G、ひとまず1週間後には本部へ戻ろう」
「いいや、遅くて5日だ」
「……5日? それは急ぎ過ぎじゃないか。2日も違いがあればチェラーゾが新たな動きをするかもしれない」

「だからこそ、だ。

ここの警備には優秀な人員を割くんだろ。その分本部が手薄になることを考えろ。勝つ確信をもって他方の制圧をおっぱじめたチェラーゾなら、確実にボンゴレとの実弾戦は一番後回しにしてくる。この町を戦場にするのは俺も避けて通りたい。チェラーゾの目的はこの町の制圧じゃあない。常に守護者がいることが周知されてるこの町で襲撃してくることはまずないだろう。やつらは俺たちが拠点から離れる隙を探している。チェラーゾが体勢を整える前に、隙を与えるな。俺たちも戦力が集中している本部で待ち構えるべきだ」


 ナックルからも別件で手紙が届いていた。簡潔に内容をまとめれば、やはり本部も統領の一刻も早い帰還を望んでいる。もちろん俺たちも仕事をだらだらとやっているわけではない。南イタリアでの案件が難航することを承知したうえでの、守護者からの催促だった。上下関係が確立した組織の中では、ジョットの一言がなければどうにもならないことが多すぎる。

「わかった、お前の言う通りにしよう。ではG、寝不足のところ悪いが無茶をいうぞ。明日にでも件の農民と話しをつけてきてくれ。地主とこちらが交渉をする前に地主に対して暴動を起こされてしまっては、手の出しようがなくなる」

 俺たちがこの町に戻ってきた理由は、二つ。一つは本人にも伝えたように、エルザの出迎え。次に激化するチェラーゾの動きが地元にも及んだことで、ジョットが自身の目で確かめたがったから。そして、この町のすぐそばに土地を持つ一族との交渉に先立つ現地調査だ。ボンゴレは繁忙期である。

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