15

 サンソーネに招かれ、邸宅を訪れていた。もちろん、"アラウディ"としてではなく、"アルバート"としてである。
 手のひらの上の懐中時計は6時を示す。暗くなる窓の外。いっそう警戒心を強めた。この街にいる限り、神経をとがらせ続けていなくてはならない。
 サンソーネをはじめ、ボンゴレに対する風当たりが冷ややかだ。きっと誰もが感じ始めた頃だろう。昼に立ち寄った喫茶店では、併設されたタバコ屋へ買い物に来たGの部下が追い払われていたのを目にした。ボンゴレに対する"制裁"だとしたら、この程度のことは想定済みだ。日常生活に差し支える程度の制裁なら、序の口。奴らはまだ、本気を出していない。

 応接室に閉じ込められ、待たされること数分。ドアがノックされると同時に、懐中時計を仕舞った。ポケットの中で、リングと懐中時計がぶつかって微かな音を立てる。

「やぁ、待たせてすまなかった。アルバート君、昨日の暴動でケガはないかな?」

 サンソーネと、秘書風の男2人が入ってきた。サンソーネに握手を求められて素直に応じる。今日もツイードのスーツを着たサンソーネは、しかし昨日と違ってみるからに上機嫌さが表情ににじみ出ている。邸宅前は暴動によって破損したというのに、そんなことはお構いなしというようだった。チェラーゾファミリーに誘拐された次女・アロンザの生還、または、チェラーゾファミリー壊滅を喜んでいるのか。どちらもだろう。チェラーゾファミリーとカヴィリェーラの締結は、とうに見抜いている。

「今日は君に相談があって呼んだんだ」

 サンソーネは席に着くよりも前に、本題を切り出した。笑顔の裏には、少し焦りも見える。サンソーネの調査に長い時間を割くつもりはない。手持ちの情報から考えれば、サンソーネに招待されたその時から本題が見え透けていた。
 エルザ=イリデという娘のことだろう。部下から聞いた話じゃ、彼女は汽車の切符を買えず、故郷に帰れずにいる。馬車を使って山道を抜けるには時間がかかりすぎる。そんな状況なら、プリーモやGのことだ、安全が確保されてからでなければ彼女を手元から離すことはしない。

「君と友人だというエルザは、そういえば暴動の後にボンゴレが保護していったね。訳あって、できれば彼女を連れてきてほしいんだ、ボンゴレに一般人を任せるには少し心配がある」

 早口になるサンソーネ。たかが、6年も前に雇っていた元使用人をそうまでして心配する必要は、本来ならば無い。ただ、都合が悪いのだろう。昨日の暴動で、サンソーネまでもがエルザ=イリデとボンゴレプリーモの関係性を知ることになった。世間は狭いと嘆いたに違いない。揉めている相手であるボンゴレの下に彼女がわたってしまえば、幼馴染という関係をいいことに彼女がどう利用されるかもわからない。プリーモが幼馴染を人質に取る筈もないが、サンソーネにとっては予測できたことではなかった。

 僕はあくびを一つ。ここまで焦っているとは、想定以上だった。今やサンソーネにとっての問題は、領地ではない。いかにしてボンゴレを追い込むか、である。

「訳あって身分を偽ったけど、もうその必要はなさそうだ」
「そうかい。だったら今からアラウディ君と呼ぼう」
「やはりね。昨日気付いたはずだろう、アルバートとして招待したのは不自然すぎる」

 裏を掻いたつもりでいたのだろうか。サンソーネは表情から笑顔を殺し、僕に鋭い視線を突き刺す。

「ボンゴレファミリー雲の守護者と名指しして招いたところで、君に用心されても困る」
「その呼ばれ方は好まない。僕が、彼らと足並みを揃えてここに来るとでも?」

 今頃、カヴィリェーラの襲撃を受けているであろう奴らのことなんて、別問題だ。実際僕も、はなからボンゴレの守護者としてこの一連の問題に関わってるつもりもない。僕個人の仕事として、プリーモにはいくら請求してやろうか。彼にとっては幼馴染の保護もしたんだ、別料金をとってもいいぐらいである。

「君が一貫してその態度ならば、好都合だ。ボンゴレプリーモの目を盗んで彼女を連れ出しておくれ。私はね、本当に心配しているだけなのさ」

 はたして、どうだろうか。彼らがエルザ=イリデを心配しているのは、手駒としての心配だ。知らないままに振り回されているエルザ=イリデを、つくづく哀れに思う。

「プリーモの裏を掻くことも、あの女を騙すのだって簡単さ。引き受けたって構わないけど、僕がボンゴレを敵に回すだけのメリットはあるのかい」
「君が望むものを差し出そう。金でも、土地でも」
「考えておくよ」
「孤高の浮雲とは、よく言ったものだな。君はボンゴレでありながら、ボンゴレに影をおとす雲、ボンゴレプリーモの敵のようにも見える」

 嘲笑の混じったサンソーネの言葉を、僕は鼻で笑いかえした。それはそうだ。僕はプリーモの味方になったつもりなど、一度もない。
 また、サンソーネは言葉を否定しなかった僕の態度に、気を良くしたのだろう。「そうだ」となにか思い出したかのように声を弾ませる。後ろの男から、紙袋を受け取った。

「これをエルザに渡してやってくれないか。彼女の兄から預かったプレゼントだ。ガサツな男でね、包装するということをしない」

 サンソーネはその僕に紙袋を手渡した。口が開いていて、中身が見える。男の手の平では小さく収まる、しなやかな女性用の手袋だった。


「エルザの兄は私達の仕事仲間でね。手袋を大量生産する工場を起こしたんだ。妹がボンゴレに保護されたと知らせたら、それはもう、使用人のようにこき使われることをひどく心配していた」


 昨晩出会った、ベルナルドという男を思い出す。兄妹といったが、あの女とは似つかない。血の繋がりが疑わしいが、エルザ=イリデ本人は特に何も言わなかった。
 手袋。奴は、妹に労働をさせないようにと釘を刺したつもりなのだろう。傾向として、ああいうお喋り女はなにかしていないと気が済まない。ボンゴレの男達のために、拠点の家事だってやりかねない。


「私からも言っておこう。彼女に粗末な扱いをするようであれば、メロイ家の総力を挙げてボンゴレと戦う」


 そして、サンソーネの言葉に合わせて、サンソーネの両脇に立つ男二人が拳銃を取り出した。僕は男達の足元を見る。赤い靴。間違いなく、カヴィリェーラに属する者たちだ。


「彼女は、大企業を抱えるメロイ家が必要とするような女ということだね」
「否定はせんよ、仕事仲間の、大事な妹だ」


 サンソーネ=メロイとカヴィリェーラの接点は、今のナポリで最も力を持つ"メロイ家"だ。金融、貿易。表向きの事業を通じて、駅や商工会もメロイ家の息のかかった者が流入しているんだろう。メロイ家の分家であるサンソーネもまた、息がかかった駒にすぎない。エルザ=イリデは自分の知らないところで、手駒になっている。

「明日の昼が期限だ。ベルナルドがやっている工場へ、エルザをエスコートしてやってくれ」

 たかが知れていたチェラーゾファミリーの調査を、プリーモから引き受けたのにだって訳がある。チェラーゾファミリーが治安を乱せば、カヴィリェーラが台頭する。そうすれば、メロイ家の裏の顔を炙り出せる。僕は、初めからこの時を待っていた。

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