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 買い物で気分転換でもできただろうか。そういうことなら、俺やGでも連れ出してくれればいいものをと悩んでいると、Gに鼻で笑われた。仕事がらみでないことで、やきもきしているのを見透かされたらしい。ナックルなら心配いらないだろうと、その帰りを待った。彼女が帰ってきたら、聞きださなければならない。町で襲われた詳細と、サンソーネのこと。昨晩の暴動からカヴィリェーラに一切動きはなく、チェラーゾの壊滅も決定的となった。束の間の静寂の中、皆それぞれが肩の力を抜いていた。

 そうしてエルザは帰ってくるなりナックルから箱を受け取り、ドタドタと階段を駆け上がっていく。「聞きたい事があるんだ!」「私もよ! でも着替えさせて!」そういって都会じみた服装に着替えてきたエルザは、迷わず俺の向かいの椅子に座った。唇をきゅっと結んで、その表情は少し固い。

「息抜きはできたか?」
「おかげさまで」
「そうか。……それで、だが」
「ええ、まずコイントスしましょう。どちらが先に質問に答えるか」
「先に決めていいさ」
「なら私は表で。ということで、Gお願い」

 エルザに目配せされ、Gはポケットから無造作に5リラ銀貨を取り出す。俺とエルザに裏表を確認させると、慣れた手つきで銀貨を宙にはじく。Gはコインを手の甲で受け止め、なんの細工もする様子もなく、コインを覆う手を離した。Gの手の甲の上に収まる銀貨。亡くなって間もないこの国の王の横顔が上を向いていた。

「表だな」

 つまりは、俺からエルザへの質問が先である。だが、エルザも俺達とサンソーネの関係については知りたいところがある筈だ。お互い、思いもよらないところで再会を果たしてしまったのだから。

「ジョットの聞きたい事って、サンソーネ様のことでしょう」
「ああ、なんだ分かっていたのか」
「あとで同じことを聞くから」

 エルザはサンソーネに肩入れしている様子もない。懐かしむような顔をして、わずかな間があった。

「前も話したから知っての通り、私はナポリにいた2年間、使用人をしてた。それが、サンソーネ様のあの邸宅よ。まさかあなた達とも知り合いだったなんて世間って狭いわね」
「それで昨日は立ち寄ったと?」
「奥様と偶然街で会って、取り乱してらっしゃったからお屋敷まで送ったの」
「次女の件でだろうな」
「アロンザ嬢ね。旦那様は彼女が居なくなったことを"冒険さ"なんて、大きく構えてたけど……奥様はそんな様子じゃなくって」

 夫婦間ですれ違いがあることに、怪訝な顔をしたエルザ。サンソーネは随分、昔の使用人に対して正直らしい。ボンゴレに対してはお節介だと言うだけだで、そんな砕けた話も聞いていない。サンソーネの真意は、散々手をこまねいてきた俺たちにすると腑に落ちるものではなかった。

「冒険? サンソーネの次女は誘拐されたんだ」
「誘拐!? 私はてっきり家出とばかり……」 
「おい、だとしたらサンソーネは娘が誘拐されたことを分かっていながら"冒険"だと? 冷静すぎやしねぇか。実際会ってみてどうだったんだ」
「落ち着いてたな。カヴィリェーラが必ず次女をチェラーゾファミリーから救出すると確信していたのならば……」
「我々の援助をお節介だと押しのけたのも究極に納得がいくな。カヴィリェーラはそれほどまでに強いということか」

 次女を誘拐したチェラーゾの目的は身代金の要求だった。サンソーネはそれに応じることもなければ、最初からボンゴレの援助も拒んだ。カヴィリェーラの男達が、サンソーネ邸宅の門番に止められることなく屋敷に入れたのも、あらかじめ繋がりがあったからだと考えれば自然だ。チェラーゾの壊滅を、カヴィリェーラの独断行動と決めるべきではなさそうだ。

「……待って待って、"カヴィリェーラ"? "チェラーゾファミリー"?」

 確かな情報も入ってきていない中、悩むことしかできない俺達の沈黙を破ったのはエルザだった。全身を大きく傾けて、疑問を身体で表している。しまった、と渋い顔をしたGが俺を見やる。

「あー……、ナポリの人間は知ってるだろうしな、どうすんだ」
「この際話そう」

 ボンゴレとサンソーネ、チェラーゾとまでも関わって、エルザはまだ何も知らない。隠し通すつもりでもなかったが、あえて言わないでいたのはエルザを深入りさせないためだった。だが、俺達が思っていた以上に、既に彼女は渦中の中にいる。言うか、言わないか。口止めしていたって、この家にいる限り、きっとどこかで知ってしまう。幼いころからエルザは周囲に敏感だった。今も、俺が言葉を選んでいる間に、何か勘ぐる様子だ。

「"チェラーゾファミリー"というのが、お前を追った男達の所属する組織だ。昨晩の暴動で、アラウディが捕まえてた男達も"チェラーゾファミリー"で間違いない。"カヴィリェーラ"は、暴動を抑え込んだ側。揃って赤い靴を履いていた男達だ」
「言われてみれば。……カヴィリェーラ、足飾りの製造でもしてるの?」
「そういう訳じゃない。名前の由来は本人たちに訊いてみないことにはな」

 俺はつい、エルザの足元を見る。床に付く程丈の長いスカートの裾で、足首は見えるはずもない。その視線に気づかれたか、エルザは椅子の下に足をひっこめてしまう。その時スカートの裾から、つま先が覗いた。見覚えのある深い茶褐色。服に合わせて靴も買ってくればよかったものを、自分がプレゼントしたものを毎日のように履いてくれているのは嬉しかった。

「たとえば、魔除けかしらね」
「魔除け?」

 ぽつりとエルザがつぶやいて、俺達は首を傾げた。


「悪いものが上がってこないように、って」


 何の気もないような0エルザの一言に、目から鱗だった。彼女の後ろ、壁にかけたイタリアの地図に目が行く。"イタリアのカヴィリェーラ"。このナポリはイタリア国土を脚と見立てれば、足飾りにふさわしい足首だ。カヴィリェーラによって壊滅させられたチェラーゾの本拠地は、ナポリより南にあった。勢力が北へと延びる前に、足止めされたのだ。まさか、それが奴らの大義だとしたら……。

「この話の流れで聞いていいかしら、こんどはジョットが話す番」

 地図からエルザへと視線を戻す。いつの間にか、彼女の表情から笑顔が消えていた。言葉をのどに詰まらせたかのように、少し苦しそうな表情だった。

「……まず、ナポリの人達は、ボンゴレを歓迎してないわ」
「究極に買い物するのも一苦労であったぞ! 商工会が口裏合わせでもしているのやら、ボンゴレと名乗れば門前払いだ。俺は他人のフリ、そうでもしなければ彼女まで会計にすら通してもらえん」
「どういうこった」

 ボンゴレを拒んだのは鉄道だけではなかった。いつの間にそんな動きが広まっていたのだろう。俺とGは顔を見合わせて、異様な事態に顔をしかめるしかなかった。チェラーゾが壊滅した今になって、なぜボンゴレが冷遇を受けているのか。


「チェラーゾ、カヴィリェーラ、いろんな組織があるのね。でも、"ボンゴレ"は、ナポリで一体何をしているの?」

「俺たちは……」


 ごまかせないところまで、エルザが来ている。

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