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「エルザ、昔のよしみで今回だけはまけてやるけどな、アンタ気を付けなさい、この街で買い物するならあの神父様と一緒に一緒にいちゃぁ、何も買えないよ」

 婦人服店の女店主はすっかりシワが増えて、声もガラガラになっていた。昔のよしみ、なんていうけれど、私がこの店で服を買ったのは今日が初めてだ。昔は、サンソーネの奥様の荷物持ち役として連れられたことがあるだけ。まさか店主が私の顔と、名前まで覚えていたことに驚いた。面と向かった会話だって、おつりを受け取ったこの瞬間が初めてだった。

「……なぜ?」
「なぜ? なぜってお前は、何に対してなぜなどと問うんだい?」
「まず、なぜ私の顔と名前まで覚えてらっしゃったの?」
「なぜって、お前はサンソーネの奥様とよくうちに来ていたじゃないか。『エルザ〜エルザ〜これはどうかしら?』ってあの奥様ときたら、お前の意見を求めてばっかりだった。覚えてしまうもんだよ」

 店主はふんふんと、おもしろくなさそうに鼻を鳴らして服を箱に詰めていく。まだ子供だった頃、奥様の荷物持ちとして来店したときはこんな高い服、手が届くわけないと思っていた。
 婦人服はよくわからないから、と、ナックルさんは通り沿いのこの店に私を押し込んだ。財布を私に預けて、彼はお店の外で待っている。既に何件かの買い物を終え、そのほとんどの荷物を持ってくれていた。
 婦人服店のガラス戸は張り紙だらけだ。張り紙の隙間から、外で待っているナックルさんの様子を窺った。婦人服店の前で立っていることを、なんだか恥ずかしそうにしている。

「おや、すでに他の店もみんな、アタシと同じようにお前さん方に売っちゃってるね」

 しぶしぶという感じで、店主は服の入った箱を差し出した。
 そう、"この反応"ばかりなのだ。どのお店に行っても、ナックルさんがお金を出そうとすると会計まで通してもらえない。こっそりと耳打ちをされ、私の名義で支払うのなら買わせてやる、と。ナックルさんも、私も、何が起きているのか分からないまま、会計の度にそうしてきた。歓迎されていない雰囲気は、確かであった。

「あの方がどうかなさったの? 神父様に対してあんまりよ」
「あの方は悪いこと一つもしてないさ。問題はボンゴレの御一行そのものさ」

 ふざけた口調の中に棘を含んでいた。ジョットを、Gを、私を助けてくれた人たちを、悪く言われているようだった。

「彼ら"ボンゴレ"は、市民のための組織だって聞いてる。悪いことする人たちじゃないわ」

 思わず声を上げて反論していた。店主はぽかんと口を開けて、強く言い切った私をじっと見る。私を疑うような視線に負けじと、私も見つめ返した。

「……悪いことしてるとは言っとらんだろう。だから売ってるのさ、正直、ボンゴレはこの街の商店からしてみればいい顧客なんだ。逃すワケにはいかんね。ま、見て見ぬふり、見て見ぬふり、頭堅くしすぎたら商売なんてできやしないよ」
「だったらどうしてこんな真似を」
「タイミングってのがあるんだ。そこらで血の気の多い男達が連日連夜騒いでやがる、こんな今だからこそ、正義のボンゴレ様に目立ったことしてほしくないねえ」

 その言葉に、昨晩目の前にした暴動を思い出す。アレが単発的なものではないというのなら、普段は陽気なナポリの人達が苛立ってるのも納得ができた。この街の異変に、皆気付いていて、見て見ぬふりなのだろうか。

「頭は堅くなくても、口は堅いのですね。誰が言い出しっぺか教えてくださらないの」
「客のプライバシーは守るものさ」

 店主は気だるげだった。食い入る私の態度を露骨に嫌がった。

「……ただ、昔のよしみで一つ忠告だ。あんたがなぜ、ボンゴレファミリーと関わってるかはわからんが、できるなら昔の通り、サンソーネの側に居た方がいいとおもうよ。アタシはね」
「まさかサンソーネ様が、こんな呼びかけを?」
「得意先の名誉のために言っておくが、断じてそれは違う」

 さぁ、出てった出てった。と、店主に背中を押されて私は店から締め出される。唖然、呆然。ドレス一着が入った箱が、余計に重く感じた。みんなうまくはぐらかされてしまう。曖昧に濁された言葉が気に入らなかった。口が曲がってしまいそうになるけれど、そうもしていられない。私はナックルさんの傍に寄った。

「お待たせしました」
「おう! 気に入ったのはあったか?」
「ええ、おかげさまで。いずれ、ジョットを介してお金をお返ししますね」
「なあに、あなたのためのことは、ジョットから頼まれていることだ。気にするな」

 そういうとナックルさんは歯を見せて笑う。今日の空はよく晴れていて、太陽がまぶしい。同じぐらい、ナックルさんもまぶしく見えた。尚更、このような人が行く先々で厄介払いされているのが理解できなくなる。それが、ボンゴレの人間だから、という理由であっても、ジョットやG、ナックルさんのような人がいる自警団が悪いものであるはずがないのに。

「そういえば、今は"プリーモ"とは呼ばないんですね」

 ナックルさんが片手を差し出してきたので、私は服の入った重たい箱を渡しながら問う。これぐらい持たせてくださいと言いたいところだ。けれど、男女2人が並んで歩いていて女が荷物持ちをしているようであれば、ナックルさんの体裁もよくないのだろう。それにしても、相当な力持ちらしい。朝着ていたキャソックでも、十分に肩幅が強調されていた。ワイシャツに着替えられると、いっそう筋肉のたくましさが見てとれた。
 いくつかの箱を積み重ねなおし、私の質問に対してナックルさんは頷く。

「ああ、仕事の時でなければな。幼馴染からしてみればプリーモというのは究極に違和感があるのだろう?」
「ええ、別の人みたいで」
「アイツの愛称だ。当人も気に入ってるようで、付けた側の一人としては喜ばしいな」
「彼の人望は厚いのですね、神父さんまで仲間にしちゃうぐらい」

 背の高いナックルさんを、空を仰ぐようにして見上げた。温厚な顔立ちをもとに、時にキリッと眉を吊り上げる。

「俺たちは、プリーモの守護者だ」

「守護者? あ、指輪……」

 唐突にそういったナックルさんは、見るからに誇らしげだった。箱を抱える右手には、太陽の光を浴びてきらめく指輪があった。その指輪を私に見えるように向けてきた。宝石の色は違えど、そのデザインには見覚えがある。Gも、時々つけていたものだ。ナックルさんのはまるで黄色のトパーズのようで、Gのは、ガーネットと似ている。男二人がお揃いのアクセサリー? 私は疑念を抱き、首をかしげる。

「そして、俺達は究極に対等な友」

 ナックルさんのジャケットのポケットからチェーンが飛び出していた。彼はそれを掴み、引きずり出す。指輪と同じように太陽光によってキラキラと金色に光る、それも、見たことがある。

「懐中時計」
「これはジョットが特注で、俺やG、守護者に作ってくれたものでな。リングは守護者の象徴だ」

 ボンゴレの紋章が刻まれた懐中時計、そして色違いの指輪。なるほどと、腑に落ちる。まさかリングはGとお揃いで、懐中時計はアラウディとお揃いだなんてことがあったら吃驚仰天。そうでなくてよかったと、ひそかに胸を撫で下ろした。

「なら、アラウディ、彼もその守護者の一人ですか?」
「アイツ、これを見せたのか。ハッハハそうかそうか、究極によいことだな。全くもってその通り、あいつも守護者だ、俺達の友だ。ところで、ヤツと初対面でふたりきりとは疲れんかったか」
「いえ、彼には感謝しています。ジョットとG、それから兄までもいるナポリにつれてきてくれて」

 あのひとは指輪をしていなかったけれど、きっと大事に持っているのだろう。懐中時計も、何年か使い込まれたふうだった。

「エルザ、究極にあなたは気丈な人だな。ジョットとGと共に育ってきただけの事はある」
「ありがとうございます。とはいえ、二人と一緒だったのはナポリに来る16歳のときまでですから」
「ん、そういえば昨日サンソーネの邸宅におったな」

 ナックルさんの声色が、突然変わったような気がした。アラウディとサンソーネ邸宅に訪れた時、ジョットとナックルさんとは入れ違っていたのだ。ジョット達ボンゴレと、旦那様は仕事で関係があるらしい。邸宅前の暴動でジョットと再会したとき、世間の狭さを思い知った。

「ええ、サンソーネ様の家には2年間勤めていました。だから昨晩は、あそこで……」
「究極に世間は狭いな。ジョットも驚いていたぞ」
「まだ彼とは、その話をしてないんです」
「なぁにアイツは気が長い、Gや俺の気長さを奪ったのかと思う程な! 気持ちが整理できたら話すといいさ」

 まさか、ジョット達がこんな仕事をしていたとも、私がかつて務めていた一家と交渉していたとも、知る由もなかった。私は、どこまで話したっけ。きっとナポリに2年間したとしか言っていない。昨日、ジョットが何か言いたそうにしていたことには気付いていた。もちろん旦那様との、アロンザ嬢とのこと、大きく言えばサンソーネ一家のことだろう。あえて私から切り出すことができなかったのは……、"逃げ"だったのだ。

「次はどの店にいくとするか? 俺はまだまだ持てるぞ!」

 ナックルさんはずんずんと進んでいく、生憎その先は商店街の終わりだ。私は立ち止まり、自分のつま先を見る。ジョットがくれた靴を履いて、逃げてきた。そうでなくとも、私は逃げてばかりいた。ヒールで、パンプスで、ブーツで、裸足で。日陰、日陰を選んで、歩いてきた。言葉にできない言い訳を、いつも探してた。曖昧に濁された言葉に苛立つのは、自分だってそうしてきたからだ。


「ナックルさん、その先右に曲がれば、家に戻れる近道ですよ」


 ジョット、G。私は言おう、サンソーネ一家との関わりはやましいものではない。旦那様のことも、おだて方も、よく知っている。彼らの知りたい事があるのなら、微力でも力になろう。なんせ私は、信用第一の商人とは違った。屋敷使用人という女たちの小さな世界の中で、噂話を退屈しのぎに生きのびてきた。それから、教えてもらおう。ボンゴレファミリーのこと。私を守ると言った、ジョットの切実な表情の理由を。

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