12

「ナックル司祭、要件は手短に頼むよ」


 とても、娘を人質に取られている状況を深刻に思っているようには見えない。初めて対面した件の地主サンソーネは困ったような笑顔を作っていたが、しかし動作に苛立ちを覗かせていた。日没後に失礼を承知で押しかけたのだ。サンソーネの次女、アロンザがチェラーゾファミリーの人質に取られてから一向に進展がないままだった。俺達がナポリに到着してからこの数時間、規模を問わず暴動は止まない。しびれを切らしたナックルの提案だった。ナックルは気取らない態度で一礼する。

「連絡もなしに突然失礼した。うちの代表がナポリに到着したので紹介を」

 仲立ちをするナックルに促されてサンソーネと握手を交わす。想像していたよりは親しみやすさのある笑顔だったが、これまでに交渉が難航してきた相手である。ボンゴレをよく思ってないのは、明確だった。

「ボンゴレファミリーのジョットだ」
「重ね重ね話は伺っている、ドン・ボンゴレ。本当にまだ、お若いのだな。私がサンソーネ・メロイだ。だがあなた方が来て説得を試みたところで私は警察を呼ぶことなどしないよ。もちろんボンゴレ、あなた方に頼ることも、ここで何か提案されても乗る気はない」

 挨拶と同時にすべてを拒まれる。ボンゴレが直接チェラーゾに手を出せない状況を作られたのだ。ボンゴレとサンソーネは表面上今と変わらず、俺とサンソーネの個人的な協力関係の締結を測ろうとしたが、既に決裂を宣言された。
 俺達の目的は最初から何も変わらない。チェラーゾ勢力の抑圧と、サンソーネの土地で起きている農民の反乱の仲介だ。しかし事は大きくなりすぎた。別々の案件であったそれらは今一つになり、ボンゴレがサンソーネとも協力関係を結ばなければ同時に3つの勢力が争い合うことになる。

「儲けの話ではない、我々は人命救助を提案したい。お嬢さんが誘拐されてから2日が経っている。これ以上交渉を先延ばしにすればするほどお嬢さんの安全が保障できなくなるばかりだ」
「チェラーゾの山賊どもが提示した期限まではあと1日ある。それまでには決着をつけるさ、娘も土地も譲らないよ。娘はうちの大事な跡取りだ。どこかのボンクラ御曹司とは違ってね」

 サンソーネは笑顔を殺した。俺の手元に視線が注がれ、ボンゴレリングを睨みつける。

「それは、うちのランポウのことか」
「こまったものだねえ、腰抜けがいよいよ勘当されて、時に地主の敵に回る自警団につくとは」

 俺はふと思い出す。俺がシャーマンからこのボンゴレリングを譲り受け、この組織にボンゴレという名を戴いて間もない頃だ。あの頃はまだ雨月もナックルも、デイモンもアラウディもいなかった。たった一人の相棒であり、たった一人の守護者であるGと50人にも満たない仲間を引き連れて、ナポリに初めて来た。俺達にとっては故郷を飛び出した先で活動した初めての土地でもある。大地主の男と出会い、まだまだ泣き虫が治らない息子のランポウを紹介された。その後、家の名前を豪語してわがままを振る舞うランポウの体たらくが、実家へ災いを招いたことがある。ランポウが勘当宣告をされる原因となったあの暴動も、すさまじいものだった。実家が襲われる中、ランポウは泣きわめきながら、それでも襲撃から自分よりずっと小さい妹は守り通した。それも、大鍋一つで、立ち向かっていった。腰抜けという言葉がふさわしいほど、ランポウの"死ぬ気"は軟弱なものではない。

「自警団への批判は受け止めよう。だが私のファミリーの侮辱もそこまでにしてもらいたい。ランポウは私が認めた指折りの男だ」

「君は熱い男だね、農村部出身かな。だがご存じだろう、我が一家とあの家は昔から仲が悪い」

 サンソーネは窓の外を眺め、ソファーから腰を浮かせた。追い払われるな、と察したその時。外では野太い雄たけびが響き、一発の銃声が薄い窓ガラスを震わせる。それに合わせて廊下では、女性使用人たちの悲鳴が何より大きく轟いた。


「!? ……なんだね今のは!」


 動揺するサンソーネが窓に張り付くようにして外を見る。しかしそこからは何も見えやしなかった。

「ナックル、ついてこい!」
「ああ!」
「おい! ボンゴレ!」

 サンソーネの制止を振り切り、俺とナックルは迷わず応接室を飛び出す。音は邸宅の門前からだろう。万が一を想定してグローブを手に付け前庭を抜ける。数名の警備員すら立ちすくんでいた。思い当たるのはただ一つ、チェラーゾファミリーの襲撃だ。

「何が起きた!」
「……いや、我々も何が起きたのか……男達が暴れだし、銃声が一発、その後はわずか一瞬で……」

 邸宅から漏れる灯りが敷地前の全貌を見せた。山賊風の土汚れた服装の男達が倒れている。辺りには国内製の古い銃が散乱し、ほのかに硝煙の匂いも残っていたが、激しい銃撃戦があった様子ではない。見覚えのある、チェラーゾファミリーの紋章を描いた旗は引き裂かれ、男達は肉弾戦でやられたと見えた。
 俺達がここに駆けつけるまでのほんの短い時間で、暴動を収める? 俺とナックルは唖然として顔を見合わせた。チェラーゾ勢力と思われる男達はうめき声を上げながら、しかし起き上がれる様子はない。そこに、カシャンと小気味良い音が鳴る。はた、と視線を向ければ倒れこむ男達の中に混ざって一人、彼らに手錠をかける男がいた。真っ先に反応したのは、ナックルだ。


「アラウディではないか!」


 戸惑いと喜びが混ざった声でナックルが声を上げる。俺が雲にふさわしいとした、どこにもとどまらないその男。手錠をかけた男達を、乱暴に道の横に寄せながら振り返った。驚く俺とナックルとは違い、普段通りの落ち着いた様子であった。

「やぁ、サンソーネの望まない来客は君たちか」
「究極に久しいな! この暴動を抑えたのはお前か?」

 アラウディは諜報を専門職としながら、守護者の中でも卓越した戦闘能力を持つ。もちろんこの程度の人数なら一度に飛びかかられたとしても、応戦してしまうのだろう。不思議ではなかった。だが俺は守護者との、ナポリでの再会を素直に喜べずにいた。各地でチェラーゾファミリーを追い続けていたアラウディがここにいる。心がざわつき、想い浮かぶのは幼馴染の顔だった。


「アラウディ、お前はカラブリアでエルザを……いや、だとしたらなぜ」


 俺はあたりを見回した。アラウディは邸宅前の植え込みを指さす。ナポリの夜が更けていく。光の当たらない邸宅前の植え込みに、身を丸めている女性が、いた。頭を手で守るようにしながら、びくりともしない。
 ああ、間違いない。都会の風景の中、ひどく小さく弱々しく感じる。それでもその人は、エルザだった。とっくに別々の人生を選び、だからあの町においてきた筈の、思い出そのもの。だが見送られたのは、ほんの2日前のことだ。

「ジョット……、」

 歩み寄り、思わずグローブのままその手を取った。顔を上げたエルザは、思っていたのとは違い、俺を見るなり強い眼差しになる。巻き込んだ俺を責めるのが普通だ。

「……ナポリに連れてこられた理由、分かった気がする」

 そういうとエルザは俺の手を自分の顔まで持っていき、その顔を覆い隠すようにした。時に人を傷付けるこの手で触れてしまうことを恐れてきたのに、そんなことを知る筈もないエルザは躊躇わなかった。グローブ越しでは何もわからない。何も気付けない。同時に、振り払うことなどもできなかった。

「感傷に浸るのもそれぐらいにして、プリーモ、アレをみな」

 アラウディに声をかけられ、振り返った。暗闇の中からまた別の男達が浮かびあがるようにしてこちらへ来る。倒されたチェラーゾファミリーの男達とは極対照的なスーツ姿の男3人だった。何かが異様だと、すぐに気付く。原因は足元にあった。3人男は足元を鮮やかな赤い皮靴で統一している。まるでそれを、シンボルだとでもいうように。
 そして背丈のある彼らが取り囲むようにしている中に、まだ幼い顔立ちの少女がいた。ギリシャ風の顔立ちに、長い黒髪。ふんわりとしたワンピースを少し土で汚しながらも、口元にしっかりとした笑みをつくっている。男達に「お嬢様」と呼ばれた少女は、サンソーネの邸宅を見上げ、安堵の表情を浮かべて屋敷の中へと走っていく。少女が俺達に目をくれることはなかったが、3人の男は俺達をじっと見つめ、何も言わずにその場を去っていった。

「……まさか彼女がアロンザか」

 チェラーゾファミリーに誘拐されたはずの17歳の次女。顔写真がボンゴレに提供されることはなかったが、サンソーネ・メロイの娘であるアロンザ・メロイの特徴と何もかも一致していた。俺のつぶやきに、ナックルやアラウディが答えることはなかった。誰も確信を持てなかったからである。しかし、エルザの手が俺の言葉に答えるように握り返してくる。色白な素手に筋が浮かび上がるほど、強く。

「彼女がアロンザ嬢で間違いない、とても大人っぽくなった……、……だけど、あなた達、どうして彼女を?」

「エルザこそ、なぜ彼女を知って……」

 言いかけて、気付き、言葉を飲み込んだ。自警団ボンゴレ、山賊マフィアのチェラーゾファミリー、地主サンソーネ。なんということだろう。複雑に絡まり始めたこの中に、エルザまでもがいる。全てがこのナポリに集まったことを、偶然と呼ぶには出来過ぎていた。

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