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 良い道を選んで走っていたのか、馬車は心地いい揺れで私達を駅まで運んだ。ジョットとGの知人の男は、その道中すっかり眠ってしまったものだから、私は沈黙を保つしかなかった。穏やかな馬車だから、眠ってしまったのではない。眠る彼を気遣って、馬車は穏やかだったのだろう。駅について、私が彼を起こそうとすると、騎手の男が身振り手振りで慌てて私を止めてきた。「まだ指定の列車の時間まで時間があります、その方を起こさないように」と。なんだか悪いことをした子供の気持ちになった。

 彼が起きたのは列車が駅に入る10分前だった。着の身着のまま、まさに手持無沙汰な私は、駅に到着してから彼が起きるまでの間、息を殺して待ち続けていた。退屈さが、不安を掻き立てる。景色を見るのは列車に乗ってからにするようにと、出発直前、彼にきつく言い聞かされていたからだ。

 私たちの間にそれ以降の会話はもちろんなかった。息を殺しているうちに声の出し方まで忘れてしまいそうになる。あくび一つ、二つ、切符はいらない、乗るのは先頭車両だ。彼、アラウディからの言葉は返事のしようもないもので、私はただ頷く。先頭車両の停車位置周辺で待機していた車掌は、彼に一礼する。一体何者なんだ、この人は。不思議に思っても、たとえ訊ねたとしても、答えてくれそうにないことは分かっていた。あの町から離れれば離れるほど強張る気持ちとは裏腹に、春の終わりを告げるあたたかな日差しが列車待ちのホームに差し込む。彼はまた、あくび。後ろをついてていく私を一瞥するときの、厳しい目つきとは違っていた。あくびをするときだけ、彼の素の一面がちらついた。
 もくもくと煙を上げて黒い列車が入ってくる。始点ではないこの駅からの乗車客は多くもなく、少なくもなく。けれど先頭車両には人が乗らないように車掌が取り仕切っていて、入ってきた列車もまた、先頭車両だけは空箱だった。
 
「乗って」

 いままでに、こんなに車両が広いと感じた事はない。私と、後から続いた彼以外誰もいない車両。車掌室までも遠く感じる。いつもは、座るところもないような列車に乗っていた。8年前だってそう、さすがに車両を貸切ったりはしなかった。切符代も払ったけれど、席を空けてもらうのに乗客にまでお金を渡していたのを、不思議な気持ちで見ていたのを思い出す。「闇で買えばいい、こうするんだ」と教えてもらったけれど、二度とそういうことはしないときめた。だから、この特別な状況に心がはずみかけた。迷わず座れる。どこにでも座れる。彼を窺えば、顎を使ってどこでもいいから座れと、私を急かす。

「早く座ったら? 転ぶよ」
「ええ、窓側に座りたいの。でもその前に、聞きたい事が」

 私が席を選んだら、この人はずっと離れた席を選ぶだろう。そう思って入り口で引き留めた。わかりやすく、めんどくさそうな顔。

「……なんだい」
「どうして私はあの男達に追われなければいけなかったの?」
「君がボンゴレプリーモとその右腕の幼馴染だからだろう」
「狙いは私じゃなくて、ジョットとG?」
「これ以上の事は内部機密だよ」

 彼は私の横をすり抜けるようにして、ボックス席の通路側に座った。向かいには自分の荷物まで置いて、遠回しに私が立ち入らないようにしているというわけだ。確かに、貸し切り車両を広々使わないのはもったいないかもしれないけれど。

「まって、二人は無事?」

 私は彼の座った席と、通路を挟んで隣に座る。列車が動き出し、緩やかに景色が流れはじめる。彼はもう目を閉じてしまって、私の言葉には答えなかった。

「ボンゴレ?自警団? そんなの、あなた以上に私には関係ないわ。私は幼馴染の、ジョットとGを心配してるの」

 私も、外の景色に目を向けて言った。口答えするなと、怒るような人だろうか。列車の揺れと自分の心臓の音が混ざって、区別がつかない。首をまわして彼を窺えば、相変わらずこっちは向かないままだった。溜息をついたのか、彼の肩が少し下がる。

「……確かなことは言えないが今のところは無事だろう。彼らの道中に有事があれば、必ず僕の耳に入ってきている」
「そう……よかった」

 あんなにも乱暴な男達に狙われてるのだ。自警団を創始した二人は、私の知らない世界で何に苦しんでいるんだろう。私が追われていたと知れば、自分たちを責めて、気に病んでしまわないだろうか。
 私なら大丈夫だと、伝えたい。責めたりしない。二人が無事ならそれでいい。

「君は大きなため息ばかり吐く。眠りの妨げだ」
「ああよかった」

 町がどんどん遠のく。戻れないと感じた8年前の日と同じように。

「話、聞いてる?」

 彼が、こっちを向いた。呆れた顔で、私を見た。

「本当によかった。アラウディさん、あなたが」

 行先を教えてくれなかった、二人はきっとまだナポリにいる。彼を見据えたら、そんな予感がした。

「女はすっこんでろ!!……とかいう人じゃなくて」

 返事はない。ただ、私の言葉のその後は、今までのような冷めた視線ではない、あくびをした後のような細い目が私を見つめ続けた。何かを見抜こうとする視線ではなかった。
 どんなに急いでも決まった速度でしか進まない。彼のあくびに、私もつられた。閑散とした車内。ナポリまでの列車の旅は、それ以降、穏やかな沈黙が保たれた。

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