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 あの町の風景に目が慣れたのか、昼下がり、人で溢れかえるナポリの街は別世界のようにも感じた。ごく普通の住居の前で、馬車が止まる。ここはランポウの実家が所有する空き家の一つだった。人込みに紛れるように馬車から降りれば、既に玄関口ではナックルが待機していた。招かれて建物の中に入れば、こじんまりとした空間にはナックルの部下がすし詰め状態であった。既に負傷している者もいる。


「皆! プリーモとGもここで対応に加わる! 究極に頼もしいことだ!」


 さすがはボンゴレの日輪、晴をつかさどる男だった。家中に響き渡るナックルの力強い声に、負傷者までもが喝采をあげる。プリーモ。その呼び名で呼ばれて身が引き締まる想いだった。歓迎された俺とGは笑顔を作りながらナックルに案内されるがまま、奥の個室へと向かった。
 部屋には、窓を避ける位置に椅子が用意されていた。カーテンも閉め切られ、薄暗く、昼間でもオイルランプを必要とするほどだ。ナックルがドアを閉めると、Gは分かりやすく表情を一転。状況の険しさを表情で表した。

「おいG、景気の悪い顔をするもんじゃないぞ!」
「そのノリはテメェ一人で十分だ」

 Gとナックルの、この見慣れたやりとりも久し振りだった。覇気溢れるナックルに呆れながらも、Gの表情は少し和らいだ。

「それでナックル、状況は」
「まったくサンソーネは娘が大事じゃないのか。究極に人命第一だといっても奴は聞かぬ、通報もしない」
「人質をとって、チェラーゾファミリーの要求はなんだ」

 そして、ナックルも笑顔は絶やさずとも表情が硬くなる。手元のメモには文字が這っていて、ナックルがサンソーネと重ねた交渉の苦労が見て取れた。

「ボンゴレたちが介入しているサンソーネの領地と引き換えだそうだ」
「ご指名ってか、わかりやすい当てつけだ」
「ボンゴレが拠点に侵入してきた時点で次女は殺すとまでもいっている」
「同盟を送り込むのも危険だな」
「チェラーゾは脅威だ。本当に娘を殺しかねない。ここはサンソーネを説得するしかないだろう。だが、どうするプリーモ」

 俺はグローブを手にはめた。プリーモ。守護者達が俺に与えてくれたその呼び名を、当の守護者達はうまく使い分けていた。ボンゴレの紋章を背負う俺に決断を迫る時、俺をプリーモと呼ぶ守護者の声からは強い意志を受け取る。

「サンソーネとの交渉は引き続きナックル、お前に任せる。それからサンソーネは地主だ、チェラーゾファミリーに対抗するほどの武力がない。チェラーゾが侵略戦争を広げるなら、俺たちがその抑圧をするしかない。お前のところの精鋭の力も借りたい」
「ああわかった。体勢を整えさせよう。だが……悪い知らせはまだある、傘下ファミリーも次々にチェラーゾによって潰されている。郊外ではチェラーゾが農民に武器をばらまいて暴動も起きはじめた、今は鎮圧しているが、これ以上は俺たちだけでは手に追えん。お前たちの町はどうだったのだ?」
「チェラーゾの末端で数日前に仲間割れがあった。俺たちが経った時点では特に目立った動きはしていなかったが、チェラーゾの本拠地が騒がしくなっている今、新たに一報が入らないことには状況を把握できないな」

 Gが眉をひそめるものの、ナックルは何か思い出したように手のひらで拳をうった。俺達に報告する一覧の中に、メモし忘れたのだろう。ナックルは卓上に散らばった紙類の中から、一枚を引っ張り出した。

「それなら先刻、ランポウとリディオから電報が届いている。お前たちの故郷周辺に点在するチェラーゾ勢力は、町に損害が出る前にアラウディがとらえたと」
「つまり動きがあったということか」 

 俺とGは顔をあわせて頷き合った。やはり、命令などしなくてもアラウディは頼れる男だった。本人がボンゴレに帰属するつもりはないのだろうが、一度仕事を依頼すれば期待以上の有益な情報をもたらしてくれる。報酬は出来高という契約上、その分はしっかりと徴収されるが、アラウディの仕事はそれだけの価値があった。
 
「だが、チェラーゾの行動が思ったよりも遅い。プリーモの暗殺に慎重になりすぎたようだな」
「他には」

 被害があればその状況は。町の皆は。手が届かなくなった途端に心配でたまらなくなるのは、チェラーゾがそれだけの脅威であるからだ。俺が、その矛先をあの町へ向けさせてしまっているのだから、尚更。
 ナックルは紙に顔を近づけ、細かな文字を読み取るのに必死だ。

「アラウディはチェラーゾファミリーに追われていたエルザ=イリデ、という女を保護したともあるが、町娘か?」
「なんだって!?」

 エルザ=イリデ。真っ先に、あの町で別れた幼馴染の顔が浮かぶ。

 反射的に、椅子を転ばす勢いで立ち上がる。目を丸くするナックルから電報を受け取り、印字された文字を追った。確かに彼女の名前を見つけ、眩暈に襲われる。間違いない、その名前の者は、二人としていない。俺は電報をGへと渡す。Gも眉間にしわを寄せては大きく舌打ちをかました。

「……彼女が俺たちの、例の幼馴染だ」
「なんてこった、俺たちを誘き出すエサとして狙われたに違いねえ」

 してやられた。奴らは俺たちと直接交渉するよりも、ボンゴレの気質を知ってか知らずか人質を取る方が効果的と考えたのだろう。やってしまった。俺が直接襲撃されるより、俺にとっては一番望ましくない結果だ。
 髪は、肌は、心は。彼女のすべては無事だろうか。あの強がりが変わらないのならば、恐怖を感じても、それを声に出して甘えたりしない。冷静さを取り戻して頭が回るのならば、周りに目を向けて、自分より町を気にする、町の人達への被害を心配する。そんなだから、時に危うくて、手の届くところにいてほしいと、思ったのだ。ピオが護衛についていたはずだ。アラウディが保護してくれた。分かっていても、もどかしさで前のめりになる。

「プリーモ、G。案ずるな、アラウディの保護下ならまだ安全だ。あやつもようやくボンゴレの一員として、自ら市民の救助に動くようになったということだ」
「あ、ああ……取り乱してすまない」

 冷静なのは、ナックルだった。まあ、座れ。と俺たちの裾を引っ張り、場を整えた。張り詰めた空気をほぐすように、ナックルは笑う。

「アラウディの行動は究極に喜ばしいが、これでは明日は雨が降りかねんな」

 冗談を交えたナックル。俺もGも賛同すると同時に、アラウディに作った借りの大きさを実感する。

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