08

 次の日からコザァートは私たちの日常に溶け込んだ。私たちはそれぞれの仕事の合間に集まっては、コザァートを町中に連れまわした。本当にコザァートとはあの日が初対面だったのだろうかと疑ってしまう程、私たちは小さい頃から一緒に育ったように考え付くアイデアも似ている。たとえば逃げ出した鶏の効果的な捕まえ方とか、ゴロツキ達と穏便に交渉する話術だとか、今日の晩御飯のメニュウに悩まない方法だとか。できようもない奇想天外なことまで大真面目に話し合っていた。それでも海育ちのコザァートの体験談は私たちにとっては刺激的で、この夏、彼がもたらしてくれたのは好奇心だった。
 取っ組み合いの喧嘩をしなくなって、農場や家事手伝いを強いられる生活をしている中で、私たちはどこか窮屈になってきていたらしい。そんな中で特にジョット、彼は一番にコザァートと意気投合していた。

『……私さ』
『ん?』

 私はぽろりと言葉を零す。声にするつもりはなかったのに、すでにコザァートが反応してしまって、私は何でもないとは言えなくなる。

『ごめん、私、いじが悪いや、コザァートにやきもちやいてる』
『どうしたんだ突然、オレ嫌われてる?』
『嫌いなんてまさか、こんなに素直に話せる相手も珍しいぐらい』
『なら光栄だ、エルザになら素直に話せるのはオレも同じだしさ』

 夕暮れ時の広場で、私たちはジョットとGの帰りを待っていた。
 コザァートがこの町に来てから変わったことと言えばもう一つ。私は毎日のようにちゃんと、ちゃんと女の子らしい服を着るようになった。毎日のように絹の服は着ないけど、ふんわりとした綿のスカートが涼しさを覚えてしまったことに始まる。彼らのさっぱりとしたシャツとは違って、飾り気のあるブラウス。もうずいぶんと伸びだ髪が、結んでいても首筋の汗に絡んで肌に張り付く。女性らしくしていようと思ったのは、いつだったかジョットに『女の子だって自覚してくれ』と言われたから。それから、コザァートが加わったことでいよいよ私は先陣を切って強くいる必要がなくなったから、だ。
 ジョットに背を越されることはないと思っていた筈があっけなく越されてだいぶ経つ。『危ないから下がってろ』とごく自然に後ろでに回され、ジョットとGの背中を眺めることが増えた。彼がちゃんと私を女の子として扱ってくれるようになって、頼もしさを覚えるその度に息が詰まる。息が詰まる原因が、ジョットに守られるという安心感を喜んでいる自分にあるのだと気付いて、私はどうしようにもなく、女の子になってしまったんだな、と思う。昔、女の子を小馬鹿にしていた私は、こうなってしまってからというもの、一歩先行く同年代の女の子たちの見様見真似の毎日だ。髪のまとめ方から歩き方まで、ジョットに熱い視線を送る彼女たちの真似までは――しないけど。

『私が女の子らしくしないほうがいつまでも二人と対等かな』

 ジョットが、Gが、私以外の女の子と仲良くしていようと、そんなことどうでもいいんだ。私は本来、彼らに女の子扱いされなくてもいいのだから。私達は一番居心地のいい場所をしっている。だからこそ、ジョットと特別仲がいいコザァートへのこの気持ちがきっとやきもちだ。

『俺が来たことで男子3人だけで団結しようとしてるんじゃないかって、か?』

 にんまり。ばつが悪くて俯く私を隣のコザァートが覗き込むようにしてくる、その表情がにんまりとしていた。見事に図星をつかれてしまってコザァートになにも言えなくなる。私は膝を抱えて唸った。

『でも勘違いしないで! コザァートにももちろんここにいてほしいの! ただ……』
『ただ?』
『これをコザァートに言っていいのか』
『なんでもいいよ、構わないさ』
『どうもありがとう』

 もう10年一緒にいる幼馴染は家族も同然だ。なのにGにも、ジョットにも言えないことがある。誰にも言ってないこの気持ち。もう舌に乗りそうなほどに言葉がせりあがってきてる。私の話をちゃんと聞いてくれようとするコザァート。コザァートになら言えちゃうんだ。不思議だな、ジョットと似ていると思ったのに、そりゃそうだ、同一人物ではないのだから。


『私、ジョットのことがすきみたい』


 するりと言葉にしてしまえば、やきもちを焼いていた胸のあたりがすっと楽になったような気がした。顔を上げたら広場から見る町の風景はいつもどおりで、私の言葉は隣にいるコザァート以外には届いていないようだった。いつもどおり、人はそれぞれの家路を行く。

『あっははは! エルザ! 君ときたらわかりやすいんだよな、ずっとそうだったんじゃないのか? 自覚したの今?』
『ごめん。……え、察してたってこと?』
『Gが一番に気付いてるだろうな、アイツは二人をよく見てるし』
『えっ、えっ、ええ?』
『でも肝心のジョットときたら鈍い、エルザの熱烈な視線に気づきもしないんだ』
『そんな視線送ってな……』

 熱烈な視線なんて、向けてない。と言い切る自信がない。最近の私ときたら、ジョットの気を引こうと必死だ。こんな不慣れなかわいい服、自分のためになんて着ない。
 なんで野花を摘んじゃうのかな。女の子が理解できない女の子だった。夏の太陽を浴びた鮮やかな花を耳にかけて、見てほしい相手がいるんだ。今ならなんとなく分かる気がする。
 ジョットのことがすきだ。自覚して、一人で抱えていたけれど、ふわふわとした感情がいっきにぎゅっと強くなった。本人に言えるわけないな。私達は家族のような幼馴染で、そしてジョットは私の服装の変化になんて興味もないようだから。

『オレはジョットのために必死な君がすきだよ。これでエルザに言うのは何回目だっけ』
『3回目、コザァートのその勇気、やっぱりただものじゃない!』
『惚れなおした? いや、今回で決定的にフラれちゃったな』

 腰をかけてた塀から飛び降りて、コザァートは陽気に笑ってる。農場の方から歩いてくる仕事上がりのジョットとGを見つけ、大きく手を振った。『負けだなぁ』とつぶやいたコザァート。そんなコザァート相手じゃ、臆病者の私のほうが負けた気分だ。





 日差しはまだ強い夕方。町中へと戻れば、今日もエルザとコザァートは崩れた塀の上に肩を並べて座っていた。最近はそこで俺とGの帰りを待ってくれているが、夕日が包む広場で、はたから見ればふたりは恋人同士みたいだ。『案外お似合いなんじゃないか』なんてコザァートのおばさんは言っていた。コザァートがエルザに好意を寄せているのは全員公認の事実。だがエルザはコザァートのアタックをするりとかわす。

『コザァートもめげないよなあ』
『エルザに惚れるってところから大した奴だぜ』
『Gにはわかんないものか』
『女の趣味まで息が合うっていうのもこまったもんだな』

 とはいえ愉快げなGは俺を突き飛ばす。エルザとコザァートは何か真剣な話でもしているのか、まだ俺たちには気付いていないようだった。

『アイツもすっかり女の子らしくするようになったよなあ』
『……そうだな、ま、亡くなったおふくろさんが美人だったって噂なだけあるか、着こなせばそれなりに見えるな』
『お、可愛いとおもったんだろ、本人に言ってやれよ』
『馬鹿言えそこまで言ってねえ。ジョット、てめえこそ言うことあるんじゃねえのか』

 茶化すような笑顔でGが言う。さて、幼馴染、相棒、俺の思いに気付いたその日から本人のいないところで俺をからかうことを楽しんでいる。

『可愛いなんて面と向かって言ったら怒るだろ、着るのやめるとも言いだしかねない』
『……あー、まあ、そうだな?』
『昔からそうじゃないか。できない料理克服しようと頑張るから家庭的だなって褒めたらレシピを放り投げたぞ。それにもっと前、皆に混じって花を持ってきたから似合うといったら俺の頭に着けようとするし、そもそも、かっこいいと言って喜ばれたことはあってもかわいいと言えばひっぱたいてくるんだ』

 女らしさがそんなに嫌なのか。小さい頃から俺とGとばかりいたせいか、男勝りがまだ抜けきらない。俺が背を越したら、次は喧嘩したら自分の方が勝つと言い張る。もちろん実際はそんな喧嘩したことない。だからこそ女の子らしく振る舞うことに違和感を感じることもあるらしく、ぎこちない仕草がまた新鮮だった。大人になることを急がないこの町で、エルザ自身もわざとらしい立ち振る舞いが窮屈になっているのだろう。時々、Gにはありのままの態度をみせた。一方で俺に対してはぎこちない表情ばかりだ。

『……なあG、仮にアイツがお前のこと好きだったら泥沼じゃないか』
『何言ってんだ、それだけはねーよ』
『わからないじゃないか! ……最近エルザが一番自然体で接してるのはお前に対してだろう』
『ハハ、見てるようで見えてねえな、ジョット』

 何がおかしいんだか、鼻を鳴らすこの相棒。エルザがどんどん女の子になっていっても、態度が一貫しているGは余裕綽々であった。一つ屋根の下で育ってきたザイラからの熱いアプローチも、妹を愛でるようにごまかしていくものだから、Gは女に興味がないのかとコザァートが影で怪しんでいるのを、当の本人は知らない。

『そんなに大事なら俺らのことなんて気にするな、付き合っちまえ。背越されたらなんでもするっつってたろアイツ』
『まさか。それで付き合おうなんて考えてもないさ。あれはたしかグレーテのおつかいを代わりに行ってもらって終わったよ』

 そもそもそれでは、正々堂々としているコザァートに合わせる顔もない。この夏出会った親友とは負けても恨みっこなし、良いライバルでありたいものだ。もちろん恋愛に限らない。

『それにエルザは家族も同然だろ、いまさら気まずくなったりしたくない』

『てめえの恋は慈愛か!? 男じゃねえな』

 Gは唖然として、信じられないと言った様子で俺に疑いの目を向ける。いっそ、ちっとも女に興味を持たないお前に、その視線をそっくりそのまま返してやりたいところだ。

『急がなくたっていだろ、どうせ俺たちはこの町で暮らしていくんだ』

 今はまだ彼女の知らないところの風よけだ。いずれ大人になるその時に、彼女の盾でありたい。彼女の背を越しただけでは、俺はまだ不釣り合いで、本当に喧嘩をしたら負けるかもしれない。だから急がないことにした。Gの言う通り、これは恋愛なんかじゃなくて、慈愛のような家族愛かもしれない。俺は致命的な勘違いをしていたとしても、このままでいいと思うのだ。母親を亡くした夏が来るたびに黒い渦に足を取られている彼女を、失いたくない。一緒に居たい。笑っていてほしい。できればその笑顔を俺に向けてほしい。こんな気持ちが恋じゃないとしたら、一生涯誰かを大切になんてできないだろう。
 コザァートが俺たちに気付いて大きく手を振ってきた。夕日に包まれたこの町の景色は10年前から何も変わらず、そしてまた、10年先でも変わることがないのだろう。そう信じて、緩やに流れるこの時に、安堵のため息をこぼした。

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